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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
22. 誰をか父とし、誰をか母とせむ
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22-3


「――そっかー! 君は灯之崎和輝くん、って言うんだね! 良かった~本当に生きた人間だ~」


 その頃の和輝は、佐助の父による盛大なもてなし(?)を受け、鳥井の(タモト)でジュースを飲みほしていた。

 空気は読めなさそうな人物ではあるが悪意はないのだろう。和輝は、その傍らで極めて不服そうな佐助を一旦見ないふりをして頭を下げた。


「おいこらボンクラ。いい加減あっちに行け。話が進まん」

「こら佐助くん、ちゃんとお父さんの事は“お父さん”って呼びなさい。全く、お母さんにはちゃんとしてるのにどうして俺には冷たいのかな~この子は」

「うるさいといっておる。このボンクラ」


 父が歩み寄ろうと手を伸ばすと、佐助はそれを叩き落としまたそっぽを向いてしまう。

 中々話が進まない板挟みのこの状況下に困り、和輝が言葉を紡ぎかけた時。


 境内の奥の方、夢姫と摩耶がいるであろう方角から聞きなれた甲高い叫び声と、木材の割れる音、そして何か大きいものが水に落ちる様な音が三人の耳に届いたのだった。


「今の声は……水瀬?」

「あの馬鹿女! 摩耶様にちょっかいでも掛けたのではなかろうな!? 小汚い買女の分際で高貴な摩耶様に」

「そこまで言わなくても……っておーい」


 摩耶の事になると他の一切を気にしなくなる佐助が毒々しいため息を吐き捨てると、きょとんとした父を置き去りに音の方へ走り去る。

 後に取り残されたのは口を閉じることも忘れてしまった佐助の父と、この状況をどう扱えば良いのか困り果てた和輝だけであった。



 ―――



「摩耶様ご無事ですか! ……ご無事ですね、良かった」


 佐助が池のほとりに辿りつき目にした光景。

 それはとうとう壊れてしまい足が折れたベンチと、そのまま背中から池に落ちてしまったであろう夢姫。

 そしてその傍らで夢姫に手を伸ばす摩耶の姿があった。


「ちょっと! ボロ神社の子供! まずあたしの心配しなさいよ!」

「知らん! ……摩耶様、この馬鹿に何かされましたか? このまま池に沈めましょうか」

「いや違う。……ひとまず、この子を引き上げてやってくれ」


 摩耶の命令は絶対。

 だが、余程気乗りしないのか……汚いものでも触るかのような嫌悪の表情を浮かべたまま、佐助は夢姫の手を引き池から引きずり出す。そして、今一度摩耶の元へ駆け寄ると仰々しく(ヒザマヅ)いた。


「……で、摩耶様。何かされませんでしたか」

「だから私は大丈夫だと言っておろう。事を急ぎ過ぎたようだ、荒療治……」

「荒療治?」

「……何でも無い。それより、このままでは風邪をひいてしまうから、拭くものか何か持ってきてくれ」


 “そこまで親切にしてやる必要ない”と言いたげな佐助に背を向けると、摩耶は未だ状況が呑み込み切れていないままであった夢姫に歩み寄り頭を下げる。


「一気に何もかもやろうとしなくてよい。……そうだな、お主はまず自分自身の心と向き合う所から始めると良い……話ならいつでも聞く」

「う、うん……?」


 戸惑いを露わにしている夢姫に微笑みかけると、摩耶はそのまま境内の外へ向かい去っていった。


「摩耶様……貴女は一体」

「ねえ、ちょっとあくまでもあたしを無視しないでよ」



 ―――



「和輝君ごめんね、君も大変だろう? あの子は口は悪いけど根はいい子なんだよ……」


 取り残された静寂の中、佐助の父がぽつりとつぶやく。

 そもそも友達になった覚えもないしそれは佐助も同じ事だろう。その事実は揺るがない事なのだが……。

 目の前で肩を落とす寂しげな男性の背中に、“友達じゃない”なんて冷たい言葉を吐き捨てる気分にもなれなかった和輝は、首を横に振った。


「うちは……今のお母さんとは、縁があっての再婚なんだ。本当のお母さんはあの子が小さい頃に事故でね」


 木々の奏でる音以外何も聞こえない静寂の中、佐助の父は肩を落とし言葉を紡ぐ。

 急に身の上話を語られても困るのが正直な感想なのだが……佐助のような邪険な対応を取る勇気もなく、和輝はただ黙って耳を傾けた。


「きっと色々葛藤もあったはずなんだけど、あの子はちゃんと受け入れてくれたんだ。だけど……その反動なのかなあ? 俺の事は嫌いみたいでね。いつも一人で抱え込んでるんだ」


 いや、全く抱え込んで見えませんけど。

 喉まで出かかった言葉を呑み込む和輝を余所に佐助の父は息をつき柔らかな笑みを浮かべた。


「……なんだか、君は話しやすいなあ。素直そうな雰囲気だからかな。きっとご両親の教育の賜物だね」


 和輝は自身の記憶に微かに残る年の離れた兄の面影と、温かく取り囲む両親の姿を思い出し、小さく息をついた。


「……どうなんでしょうね。俺には……分かりかねます」




 その頃ようやく事が落ちついたのだろう……厚手のパーカーを借り、不服そうにそれを羽織る夢姫と、やはり不服そうな佐助が境内の奥の方から歩いて来る姿が見え、和輝は小さく声をあげた。


「あれ?! あの女の子誰! まさか佐助くん目に見えるタイプの彼女まで出来たの!?」

「いや、違いますよ……って言うかそれ本人に向かっていったら傷害事件に発展するので止めて下さいよ」


 佐助が聞いたら烈火のごとく怒り狂いそうな想像を払拭している傍ら、ふと和輝は先程から引っかかっていた違和感の正体に気付いた。


「あの、失礼ですけど……もしかして、佐助って幽霊か何かと話出来るんですか?」

「ん? ……んー、多分ね。佐助がいつも言ってない? “摩耶様”って呼んでる子」

「……見えないんですか?」

「見えるの? ……俺にはさっぱりなんだよ。だからあの子に“ボンクラ”なんて言われるんだろうなあ……」


 軽そうな口調ではあるが、嘘をつきそうには見えない佐助の父親の言葉に和輝は息をのんだ。


 ――然も当たり前に接していた摩耶。

 それは自分だけじゃない、夢姫も梗耶も同じである筈。


「和輝聞いてよ! 佐助のやつが――」


 駆け寄るなり甲高い声で怒りをぶつけてくる夢姫の腕を引くと、佐助の父から離れ声をひそめる。


「……なによ」

「なあ水瀬。摩耶さん、見えてるよな」

「はあ? なによいきなり……えっ和輝見えなくなったの? ホラーなの?」

「……いや、なんでもない」


 不審げに首をかしげる夢姫に返す言葉を見つけられず、和輝は抱いた疑念をも胸に閉じ込めたのだった。



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