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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
2.鬼の為に
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2-2

 入学式から数ヶ月が経過し、新入生達も新たな学び舎、環境に馴れ始めた頃。

 夢姫の親友、風見(カザミ) 梗耶(キョウヤ)は自席で次の授業の予習をしていた。

 二人はクラスが異なる。その為、昼食や登下校といった余暇以外は基本的にそれぞれの教室で過ごしており、梗耶はもっぱら予習や復習と言った勉学に時間を割いていた。


「風見さーん」


 ――そんな少女の元へと舞い込んできたもの。それは明るく弾けるような女子の声。

 その声は夢姫ではない。……どうやら、同じクラスの女生徒、川島 瑞穂が呼びかけているようだ。


「……え、はい。なんですか?」


 川島は男女ともに友人の多い、俗にいう“カースト上位の存在”。縦巻きのパーマを高い位置で二つに束ねたヘアスタイルに化粧で身を飾った、華やかな外見だ。

 入学早々問題児として名を広めている夢姫とは違い、川島は校則違反とならないギリギリの範囲内で自由を謳歌しているのだ。

 模範的に目立たない振る舞いを心がけている梗耶にとっては決して相性の良い相手とは言えない。


 必要最低限、悪印象を与えない程度の交流を心がけていたがゆえに川島がどこか楽し気に声を弾ませて笑いかけてくる理由がどうにも読めない。

 梗耶が首を傾げていると――


「――どうも」


 川島が指さした先、開け放された教室の入り口の外には――灯之崎(ヒノザキ) 和輝(カズキ)が立っていたのだった。


 親しくもない間柄の少女が心躍らせている理由がようやくわかった。

 男女ともに友人の多い川島ならばいざ知らず、梗耶のように真面目で慎ましやかに振る舞う少女を見ず知らずの男子生徒がたずねてくるのだ。……おそらく“色恋沙汰”を想像しているのだろう。


「……今日は最低だ」


 無論、年頃の女子が想像するような甘い関係などない。それどころか梗耶にとって彼は“疫病神”――


「何しに来たんですか? 馴れ馴れしくしないで、私は夢姫みたいに馬鹿じゃない。貴方と仲良くする気なんか全くありませんけど」


 川島が注ぐ好奇の視線から逃れるようにして廊下に出ると、梗耶はそうまくしたてる。反論の余地も与えたくないと思ったのだ。


「……だろうね」


 だが、和輝ははなから反論するつもりもなかった様子でそう息をついたきり黙り込んでしまう。


「……」


 少しだけ沈黙が続いただろうか。

 何分も経ってはいなかったはずだが――梗耶にとってその沈黙は煩わしさと嫌悪、そしてほんのわずかな罪悪感をかき混ぜたような居心地の悪い時間となっていた。


「……俺も、誰かと仲良くしたいなんて思わない。……風見さんに頼みたい事があって」


 もうじき小休憩の時間も終わる頃合い、にわかに教室内がにぎわい始めていた。

 逃げたい気持ちに背中を押され“話がないなら”と梗耶が引き返そうとしたとき、意を決したように少年は口を開いた。


 ――梗耶が和輝の力になってやる必要性など、そもそもないはず。

 だが、彼女にはその“頼みたいこと”が何であるのかがすぐに理解できた。

 同時にその頼みを聞くことが、()()()()()()()()()()()()()()()という事も――


「……放課後、また教室に来てください。出来るだけみんなが帰った後に」

「……分かった」



 ―――



 放課後。梗耶は約束の通り、教室で一人待っていた。

 部活動に所属していない梗耶はいつものように夢姫と共に帰る予定だ。

 だが、先ほど教師の続木が夢姫を探し歩いていたことから、この日も恒例の“居残り”があるはずだと梗耶は踏んでいたのだ。


「きょーや! かえろー!」


 ――だが、そんな梗耶の予想はどうやら外れてしまったようだ。

 入口の引き戸が悲鳴をあげ、聞き慣れた甲高い声が室内に飛び込んでくる。今日の居残りが予想より早く終わったのか、あるいは逃走中であるのか……。

 バタバタと駆け寄ってくる夢姫を見上げると、梗耶はため息を落とした。


「……夢姫、悪いけど今日は用事があるから先に帰ってて」

「えーっ用事? は、もしかしてデート!? デートなのねきっとそう! あたしの知り合い? イケメン?」

「違います、デートじゃないです。用事って言ったら用事です」


 好奇心旺盛であり、興味を持ってしまったら最後。他に興味が移るまで食らいついて離さないのが夢姫という少女である。

 そこに“色恋沙汰”が加わると俄然楽しくなっていくのだろう……。

 夢姫は新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせていた。


 平静を装っていた梗耶だが、その内心では焦りの感情に苛まれていた。

 ――そう。梗耶が待ち合わせている相手――和輝と、このままでは二人が鉢合わせとなる。

 例えるなら火にガソリンでも注ぐようなもの。デートなどと言った甘い想像をしている夢姫の好奇心が大爆発してしまうことが目に見えていたのだ。


「風見さ――」


 ――梗耶がそう思った矢先である。

 それなりに人目を気にしていた様子の和輝が扉から静かに姿を見せる居合わせていた夢姫の姿を見るや大きなため息を落とした。……嫌な想像は当たるもの、恐れていたことが起きたということだ。


「……何で和輝が此処に? あー! まさか!!」


 面倒そうに頭を抱える和輝と現状をどうしてくれようかと思い悩む梗耶。二人の顔を見比べていた夢姫は先ほど否定されたばかりであるはずの“答え”をもう一度組み立てなおすとその目を輝かせる。


 まさに水を得た魚……楽しそうに華奢な体を揺らしながら歩み寄ってくる夢姫を、和輝はしばらく眺めていたが――やがて何か思い出したように手を打ったのだった。


「……そういえば、水瀬の担任(続木)が、水瀬を探してたけど」

「いっちーが? ……なん……あ! 呼ばれてたの忘れてた!」

「ええ……」


 ――どうやら夢姫は担任である続木に居残りを命じられていたらしいが、そのことをすっかり忘れて帰ろうとしていたようだ。つまり梗耶の予想は外れていたわけではなかったらしい。


「サボったら、翌日課題が倍になるとかじゃない? ……まあ、俺には関係ないけど」

「ぐぬう……きょーや、ちゃんと待っててよ?」

「……はいはい」


 夢姫は国語の勉強が特に苦手だ。担任であり国語教諭でもある続木の授業には全くついていけていない。

 そんな夢姫にとって、課題を増やされることは鬼の所業のように感じられていた。

 半ば八つ当たりのような捨て台詞を投げると、そのまま夢姫はとぼとぼと教室を後にしたのだった。


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