五話
私が参加するということで、なぜか男側が妙に張り切り始めたらしい。ここでも珍獣扱いされるんだろうか。
とにかく愛想笑いだけして、話に混ざらない方向で行こうと私は初合コンに向かうことにした。
一応、心配させないために悠にぃには飲み会で遅くなると連絡しておいた。できるだけ早く帰ろう。
合コン会場は大学に程近いダイニングバー。私は、あまり飲みすぎなければなんとかなるだろうぐらいの軽い気持ちでいた。
男女五人ずつ交互に向かい合って座り、私はすぐに出られるように通路側を陣取る。楓も通路側に近い場所を確保していた。
ほぼ初対面の顔ぶれに、ぎこちない空気が流れる中、幹事担当の男女二人が率先して進行を始める。互いに自己紹介していくところから始まり、まだ会話が成立しない雰囲気を壊してくれたのは、店員によるドリンク注文取りだった。各々周りの雰囲気を気にしながらアルコールを頼んでいく。私もとりあえずは女の子らしく酎ハイを頼んだ。
人数合わせとはいえ、明らかに楽しんでません的な態度を取れば場が悪くなるのを一応理解しているつもり。ドリンクが届くまで、どんなお酒が好きなのかとか、学部の講義の内容、はたまた趣味など話に花を咲かせる人たち。もちろん例外なんかない。
「智海ちゃんは普段どんなことして過ごしてるの?」
隣に座っているやや軟派そうな茶髪の子が話しかけてきた。ワイルドを目指しているのか、お洒落の一部として取り入れているのか、髭を伸ばしている彼に私は心底嫌悪感を抱く。似合っていたならば多少は許せるんだけど、どう見ても身の丈に合っていないセンス。それ以前に初対面の相手にいきなり下の名前で呼ぶのが気に入らない。とにかく嫌な顔はしてはダメだと自分に言い聞かせて私は愛想を振り撒いた。
「家事かな」
「え?」
「私のところ兄弟しかいないから、掃除とか洗濯とかやってるよ」
髭チャラくんの質問に私は嘘なしで答えた。
「え、お父さんとかお母さんは?」
「ちょっと前に事故で」
極力朗らかな笑顔を浮かべて訊かれたことに答えるのだけど、その答えがダメだったのかみるみるうちに髭チャラくんが「聞くんじゃなかった」という顔になっていった。私たち二人にぎこちない空気が流れる。
嘘は言ってないもん。訊かれたから答えただけだし。
もしかしてこういう場では空気を読んで嘘も吐くべきなんだろうか。
内心心配する私。初めてだから何が正しいかなんて分からない。
微妙な空気を漂わせている髭チャラくんを横目に、私はようやく来た酎ハイに手を伸ばす。
合コンだと思わずに単なる飲み会だと意識すれば、それなりに楽しめるんじゃないのだろうか。なんて思いながら酎ハイに口をつけた。
「樋口さん、結構アルコール強いんだ?」
場もアルコールが入ったことで雰囲気が軽くなってきたところに、向かいに座る黒髪の真面目そうな男が声をかけてきた。どうやら私が次々にアルコールを頼んでは飲んでいるのを見られていたらしい。
「うん、成人してから兄の晩酌に付き合ってるうちに」
おかげで、ある程度のお酒なら普通に飲めるようになった。お酒の銘柄やカクテルの名前が分かるほど酒好きではないけどね。
「お兄さんいるんだ?」
「そう、上に二人。下に妹もいるよ」
「兄弟多いんだね。僕、一人っ子だから兄弟いるって羨ましいよ」
彼は笑顔で言う。黒髪と黒縁眼鏡が特徴的な真面目そうに見える向かいに座る彼を、私は軽い会話をこなしながら見定めていた。見た目のままに真面目な人ならば、こういった席に参加するのか甚だ疑問ではあるけど、先入観というものもあると見積もって、隣の髭チャラくんに比べればマシかもしれない。
「アルコール強いのは悪くないけど、あまりピッチが早いと心配になるから、今日はそのあたりで止めよう?」
まさか私の体を心配してくれるとは思わなかった。
え、と。この人の名前なんだっけ。自己紹介のとき興味なかったから聞き流しちゃったんだよね。
「大丈夫、まだ酔ったうちには入らないから」
兄弟以外で異性に気遣ってもらうのは珍しいけど、まだ酎ハイ三杯に焼酎ロック二杯、日本酒二合だけだもん。平気平気。
「ダメだよ、倒れてからじゃ遅いんだから」
真剣な眼差しで言われて私は思わず押し黙る。これは本気で心配してくれてるんだろうか。あわよくば、とかの演技とかじゃないよね?
「急性アルコール中毒って、結構危ないんだよ。死ぬことだってあるんだから」
コンコンと説教みたいなことを言われはじめて私は一瞬名前も知らない相手と悠にぃを重ねた。
そうだ、悠にぃも起こると彼みたいにお説教しちゃうタイプだったなぁ。正座させられてさ、たっぷり一時間は怒られるの。
「なに笑ってるの樋口さん」
ふふ、と思い出し笑いをしたら目敏く彼に言われた。
「あー、始まった。羽鳥のお説教!」
私たちの話を聞いていたらしい男グループの一人が呆れたように口にした。
「羽鳥って酒入ると、おっさん化するんだよなぁ。アレしちゃダメ、コレしちゃダメとか、長々と説教始めんの」
「だから女にモテないんだよな、羽鳥。真面目すぎっから」
ケラケラ笑い合う男連中など、そっちのけで向かいにいる羽鳥と呼ばれた彼は未だに私に説教をしていた。
お酒が入ってても、こうやって真剣に相手を思って怒ってくれる人なんて最近見ないよ?
むしろ私、好感度上がったんだけど。悠にぃ見てるみたいで。
「樋口さん聞いてる⁉」
「は、はい!」
完全に酔っぱらいの目になっている羽鳥くんに凄まれて、私は姿勢を正しくした。
私よりも羽鳥くんの酔いの早さが心配になってきた。一応、心配されたことだしアルコールはここで抑えておこう。
今もなお羽鳥くんの説教が続く中、私はそう決めてテーブルに並ぶ食事に集中することにした。
次回で長女編一旦終わります。