四話
お待たせしました
どうすれば料理上手になれるのかな。悠にぃの胃袋を、こうグワァシィって掴み取りたいんだけど。レシピ本通りに作っても必ずって良いほど失敗する。
「なにがダメなんだろう」
「どした、智ちゃん」
テーブルに突っ伏して独り言を口にした私に、向かいの席に座っている友人、平松楓こと楓が頬杖をついて聞いてきた。
「昨日も料理に失敗したんだよね」
「ああ、なる」
顔をあげて説明する私の話に楓が納得する。楓とは中学からの友人だ。ショートボブにスレンダーな体躯、身長だって160もない私より高い175。そして私より沢山食べるのに太らないという完全にモデル体型。羨ましい。
「智ちゃん才能ないんだから諦めればいいのに」
「くそぅ、楓まで文乃と同じこと言うし」
眼鏡の似合うインテリ美女にハッキリ言われて私は再びテーブルに突っ伏した。
「だってお菓子作れるのに料理できないとか、奇跡でしょ。天然記念物指定だよ」
「私は珍獣か」
五年以上も友達をやっていると、これだけ失礼なことを口にしても許される仲になるものだ。……たぶん。
「やたら工程の多い難しい菓子だって簡単に作ってみせるのにね。不思議だわ」
「味見してないのバレました」
「……ないわ」
私のカミングアウトに楓が間を置いてから、げんなりとした顔で言った。
「普通するでしょ。バカなの?」
「だってお菓子は味見しなくても大抵作れるもん」
「何年も培われた菓子技術を料理に使おうなんて、安直すぎでしょ」
「そうかなぁ」
納得いかない。料理よりお菓子のほうが難しいって聞いていたから、簡単だと思ったのに。私騙されたの?
「で、なに作ろうとして失敗したの」
気を取り直して、楓が改めて訊いてくる。
「肉じゃが。悠にぃの大好物だから」
「……ねぇ、まさかとは思うけど強火のまま鍋から離れたりしてないよね?」
「なんで分かったの楓! もしかしてエスパー!?」
楓の鋭い洞察力に私は心底驚いた。すると楓はため息を吐きながら頭を抱える。完全に呆れたといった顔だ。
「智ちゃんがバカすぎて私フォローできないわ」
「え、ひどい」
本日二度目のバカ発言頂きました。嬉しくない。
「やっぱ才能ないから諦めな? 料理は文ちゃんに任せろ。じゃないといつか死人出るわ」
「そこまで!?」
いくらなんでも死人なんて言い過ぎだよ楓。落ち込んじゃうよ、さすがの私も。
「智ちゃんはさ、笑顔で手作りお菓子振り撒いてるだけで男共が喜ぶんだから、そうしてなよ」
「まるでお菓子しか才能ないみたいな言い方だね」
「あら、よく分かったわね。偉い偉い」
バカにされてる、これ。
「他の男に好かれたいわけじゃないし、悠にぃに好かれたいの!」
「たぶん、いや。間違いなく悠真さんは智ちゃんを異性として見ないと思うよ」
「どうしてぇ!?」
悠にぃのために、悠にぃが好むファッションやヘアスタイル、化粧だって研究してきた。ルックスだって百歩譲っても悪くないと思う。なのに、なんでこうもハッキリと言われてしまうのか。
「だってバカじゃん?」
本日三度目の以下略。
待ってよ、よく聞くじゃない。バカな子ほど可愛いってやつ。バカ扱いは嬉しくないけど、悠にぃに可愛いって思ってもらえるならバカに成り下がっても良いかもしれない。
「なに考えてんのか手に取るように分かる顔ね。間抜けすぎて、こんな女に惚れてるヤローたちが気の毒だわ」
「惚れ……?」
「ああ、悠真さんばっか見てるから自分への好意には気づかないやつか」
ため息と共に告げられた単語にキョトンとしていたら、楓はますますげんなりとした顔をした。
え、だってしょうがないでしょ?
悠にぃより素敵な男なんていないでしょ。優しくて包容力があって頼り甲斐があって、手に職持ってる人なんて他にいるかしら。
「悠真さん見た目地味じゃん。尻に敷かれそうなイメージ。まだ遊馬さんのがかっこいいでしょ」
確かに悠にぃは、黒髪のやや冴えなさそうな地味なところはあるけど、好きになるのに外見は関係ないと思うんだよね。
楓は遊にぃのファンだからなぁ。絶対加味された発言な気がする。
「ああ、遊馬さん。なんでホスト辞めたんだろう」
夢見心地の楓がそう口にする。
遊にぃはお母さんたちが死んじゃうちょっと前にホストを辞めた。店のナンバーワンという肩書きを捨てて、何を思ったのかイラストレーターに転職した。ホスト時代に荒稼ぎしていたみたいだから、今なかなか仕事がなくても一人食べていけるぐらいの蓄えはあるみたい。
「知らないよ、遊にぃなんか。家出ていってから一度も帰ってきてないんだよ? 連絡もないしさ」
なんせ私を赤の他人呼ばわりしたんだもん。絶対許さないんだから。
「怒ってるなぁ智ちゃん」
鼻息を荒くする私に楓が感心するように言う。
「もしかしたら遊馬さんにだって事情あるかもしれないじゃん?」
「妹を他人扱いする人の事情なんか知りません」
たとえ楓が遊にぃをフォローしたとしても、遊にぃが私に言ったことは覆らないんだから。一生根に持ってやる。
「まぁ、あながち間違ってないじゃん? 智ちゃんと遊馬さん血繋がってないんだからさ。だから悠真さんを好きになっていられるわけでしょ?」
楓に諭されて私は口を紡ぐ。
「血の繋がりのない悠真さんを好きな智ちゃんがさ、同じく血の繋がりのない遊馬さんの言ったことを責めるのはお門違いってもんよ。分かってるでしょ?」
「……」
それでも納得できないものはできないんだ。頭ではちゃんと理解してる。遊馬にぃを責める資格なんて私にはないことぐらい。でも、ずっと兄だと思っていた人に妹じゃないって言われて悲しくないはずないじゃない。
「ま、私にはどうでもいいことなんだけどね。智ちゃんの恋愛事情なんか」
「ひどーい。話聞いてくれたって良いじゃない」
スパッと言い切られて私は頬を膨らませる。
「それよりも智ちゃん。一度くらいは合コンに付き合いなさいよ。今回人足りないって吉佐がウザいのよ」
「好きな人いるのになんで行かなきゃならないの。それって単なる数合わせじゃん。相手の男の人たちが可哀想」
「相手に女として見られてないのに、足掻くなぁ……」
「本当に失礼だな」
大学に進学するようになって、よく合コンに誘われるようになったけど、私は一度も参加したことはない。理由はさっき言ったとおりだ。
しかも成人してからは酒が解禁したっていうのがあって、やたらと誘ってくる人もいる。
楓も基本的には参加しない派なんだけど、頼まれると断れないらしくて何度か参加してるみたい。だからかな、参加しない私を誘ってくるのは。
「途中で帰ればいいじゃない。私も参加するからさ。一度くらいは、ね?」
珍しく今回は粘ってくるな。何かあんのかな。
「本当に途中で帰るからね?」
「充分充分。それでいいよ。んじゃ、吉佐に連絡しとく」
「はいはい」
嬉しそうにケータイを触り始めた楓を見つつ、私は今日の初の合コンのことに思いを馳せた。