一話
長女のお話。
私の名前は樋口智海。21歳の大学生。お母さんの連れ子として樋口家に十六年前にやってきた。
当時はまだ小学校に上がる前で、前のお父さんのことはあまり記憶にない。ただ酒に飲まれてよくお母さんや私に手をかけていたどうしようもない人だったことだけは覚えている。
お母さんが離婚したのは私が四歳のとき。その後に出会った男の人が今のお義父さんだ。
お義父さんにも私と同じように連れ子だった。当時十歳だった悠にぃこと悠真さんと八歳だった遊にぃこと遊馬さん。初めてのお兄さんという存在に私は嬉しさと恥ずかしさと照れ臭さから、かなり緊張していた。お母さんの後ろに隠れて挨拶した私に、悠にぃと遊にぃは笑顔で迎えてくれて、そんな兄さんたちとお義父さんと家族になれることが本当に嬉しかった。
翌年には妹の文乃が生まれて、本当に幸せな毎日を過ごしてきた。
それなのに……。
一本の電話が、私たち家族を引き裂いた。
「父さんと義母さんが……死んだ」
呆けていた悠にぃが、ようやく口にしたのはそれだった。私だけじゃなく、遊にぃも文乃もその言葉をまるでドラマを見ているような感覚で聞いていた気がする。少なくとも私はそうだった。
お母さんたちが死んだなんて、信じられるはずがない。だって、つい少し前に兄さんたちからのプレゼントで温泉旅行に行ってくるって、嬉しそうに出掛けていったじゃない。帰りは三日後だって。兄弟全員で見送ったばかりよ。
「高速道路で事故に巻き込まれて、さっき搬送された病院で死亡確認された……」
電話に出た悠にぃ自身も、まだ信じられないといった顔で状況を説明していた。隣にいた文乃が泣き崩れ、私は慌てて彼女を倒れないように支えた。
嘘よ。
誰か冗談でしたって言って。
こんなのドラマだけの話なんじゃないの?
脳裏に笑顔で旅行へ出掛けていくお母さんたちの背中が浮かんだ。
お母さんとお義父さんが死んだ。
少しずつ現実なんだと実感し始めて、私は堪らず涙を溢した。大声で泣き叫ぶ文乃を抱き締めて、私はただひたすらに静かに泣いた。
葬儀は悠にぃが喪主を務めて、しめやかに執り行われた。ひしゃげたバスの中にいたせいで、お母さんたちの体はかなり損傷がひどく、見るに堪えられない状態だった。死因は脳挫傷だと、駆けつけた病院で知った。
それでも綺麗に化粧をされたお母さんを見て、私は再び堪らず涙を溢した。
びっくりしたよね。怖かったよね。痛かったよね。
即死だと聞いていても、そう思わずにはいられなかった。
「お母さん、私ちゃんと頑張るから……」
生きられなかったお母さんとお義父さんの分も、ちゃんと兄弟で仲良く生きていく。そう自分で決めた。
なのに。
葬儀が終わった翌日になって、遊にぃが家を出るって言い出した。悠にぃがそれを止めようとしているのに。
「は? 冗談じゃない。俺らとアイツは血の繋がりなんて一切ないんだぞ。他人と一緒に住めるわけねーだろ!」
遊にぃの言葉が鋭く私の胸を突き刺した。
ずっと遊にぃは私のことを兄弟だって、妹だって思ってくれなかったの?
初めて会ったとき、あんなに笑顔で迎えてくれたのに。今までのことは全て嘘だっていうの?
心配そうに覗きこむ文乃を抱き締めて私は自分に言い聞かせた。大丈夫だと。血の繋がりなんか関係ないぐらいに、私たちにはちゃんと絆があるはずなんだ。
私はそっと苦しげに下を向く悠にぃを見た。
血の繋がりなんか。
そう思うのに、どうしても血が繋がってない戸籍という紙だけの関係であることに私は感謝している。
だって、血なんか繋がっていたらこの想いは絶対に報われない。禁断の愛なんか望んでなんかいない。心底、悠にぃと他人であることを喜んでる。
ずっと小さい頃から、私は悠にぃに恋をしている。兄弟愛じゃなくて、異性としてわたしは悠にぃを見ていた。それはこれからも変わることはない。たとえ周りに非難されたとしても。私は悠にぃが好き。
だけど悠にぃは私を異性として見たことは一度だってない。昔から私に対しては妹という目だ。今告白なんかしたって、断られるに決まってるんだから。だから、まだ言わない。
ちゃんと悠にぃと並んで歩けるぐらい良い女になった自信がつくまでは、アピールしながら女を磨くんだ。
遊にぃは本当に家を出ていった。部屋を借りる時間だってなかったはずなのに、いくつかの荷物を手に本当にいなくなってしまった。
遊にぃに、本当に出ていくのって聞いたら不機嫌そうに短く「ああ」ってだけ言って玄関から外へ出ていった。
「遊にぃ、無理してないといいな」
一緒に遊にぃを見送っていた文乃が小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「遊にぃ無理してた?」
「……うん、きっとね」
聞いてみても文乃はそれ以上何も言わずに自分の部屋へと戻っていった。
そういえば、お母さんとお義父さんが死んだって聞いたときから遊にぃが泣いているところを見たことがない。悠にぃは通夜のときに一人祭壇前で静かに泣いていたのは知ってる。私と顔を合わした時にはいつもの笑顔を浮かべていたけど。
そうだよね。遊にぃだってお父さんが死んだら、悲しいはずだもの。無理してみんなの前では泣かなかったのかもしれない。
「遊にぃ、無理してないといいけど」
私もまた、文乃と同じように呟いてからダイニングキッチンへと向かった