トンネル
古ぼけたリゾートマンションが立ち並ぶ、海辺の小さな港町を通り過ぎる頃には、辺りはすっかり明るい朝の光に包まれて、車の往来も多くなってきた。そして国道は徐々に上り坂に差し掛かる。
目の前に立ちはだかる高い崖に、ぽっかりと口を開いたトンネルをくぐる前に、左後方に広がる、弓形の白砂の湾をチラリと見る。波は明らかに小さい。
暗い長いトンネルを通り抜けると、光の射す崖の中腹に出て視界が開け、またすぐ先に、次のトンネルが待っている。いつもならそのまま、よそ見をしないように通り過ぎてしまう場所だけど、今日はここに用がある。次のトンネルの右の手前に、アスファルトで固められた公営駐車場と、トイレがある。その駐車場に入って、国道の方に前を向けて、赤いピックアップを停めた。
駐車場の向こうは、国道を挟んで切り立った崖だ。その先に、目も眩むような素晴らしい海が広がっているのを、俺はもちろん知っている。でも、敢えてそれを見ないように、キーを回してエンジンを切った。
キーホルダーにぶら下がった、4本の形の違うカギと、ヘンプの紐に巻貝を編み込んだ、手作りのストラップが揺れている。俺はしばらく、それらの揺れが小さくなって止まるのを、じっと見つめていた。
数台の車が、トンネルからトンネルへと走り去って行く音が聞こえる。
こうやって車内に意識を留めているつもりでも、俺の視界の右端に、どうしても、灰色の塊りが割り込もうとしてくるのを感じてしまう。深いため息を漏らし、俺はようやくゆっくりと、顔を上げて前を見た。
空が青白い光を放っている。
その光を浴びて、海は深いエメラルドグリーンに輝いて見えた。
そして輝く景色の右端の、崖っぷちに建つ、
平べったい鉄筋コンクリートの廃屋。
それは、確かにあった。
まだ、今も……
俺は思わずハンドルを両腕で抱え、その上に顔を突っ伏した。
胸が詰まる
歯を食いしばる
悲しいわけじゃない
泣きたいわけでもない
涙なんか出ない
そしてあるはずのないタバコの箱を探すように、俺は左胸のポケットをさすり続けた。