そしてタバコ畑に風が吹く
陽が沈む。
薄紫色の夕焼けが、タバコ畑を静かに覆っていくのを右に見ながら、俺は大量の段ボール箱と、自転車を積み込んだ赤いピックアップトラックを走らせる。
助手席には、長い髪を一つに束ねて、胸の形がきれいに見えるグレーのカットソーに、ピッチリとしたデニムパンツを穿いた女が、脚を組んで座っている。
狭くて乗り心地の悪い後部シートには、髪にカラフルなビーズを編み込んだ、生意気なガキが横になって眠ってる。
俺は水色の古着のアロハシャツの胸ポケットから、茶色いキャラメルの箱を取り出して女に渡した。
コレのお陰で、なんとか俺の禁煙は続いている。
女は箱を受け取ると、中から一粒取り出して、白い包み紙を剥き、形の良い唇の中に放り込んだ。
それからひと舐め転がして、それを舌の上に乗せ、
「 んー・・・」と言って、俺の方に差し出した。
俺はチラッとそれを見て、バックミラーを確認し、素早く女に顔を寄せると、その小さな四角い粒を奪い取った。
そしたら何だかそれよりも、もっと甘てく柔らかい舌の方が欲しくなり、片手で女の細い首を抱き寄せた。
車が大きく蛇行して、同時に後ろから運転席の俺の背中に、ドスッ!と蹴りが入る。
「危ないじゃんか、ちゃんと前見て運転しなよっ!」
後部シートで寝ていたガキが、バックミラー越しに俺を小憎らしい目で睨んで言った。
「なんだ、起きたのかよ?オマエも食うか??」
俺もミラーに向かってそう言うと、クチャクチャと音を立ててキャラメルを噛んでから、それを嫌がらせのように、ベーっと舌の上に乗せて出して見せた。
「もう、サイテー!!」
「ちょっとアンタやめなさいよ、だから嫌われるのよ!」
後ろからまたガキの蹴りが入り、横から女に頭を引っぱたかれた。
「はいはい、すいませんねー」
俺は肩をすくめて、キャラメルを口の中に引っこめた。
どうやら俺は、やっぱり殴るより、殴られる方らしい。
なんだか妙にホッとして、遥か遠くに見える青信号に向かってほくそ笑む。
あれがゴール地点でもあり、スタート地点でもある。
そして思い切りアクセルを踏み込んだ。
その気になれば、抜けられる。
タバコ畑に風が吹く
それはどっち側から吹いてくるのか?
それは行ってみないと分からない
そこに立ってみないと分からない
ー完ー
最後までお付合いいただき、ありがとうございました。