無能騎士 【5】
(会長、外の様子はどぉ?)
(困ったものです……出入口にいるのはガルム。それも、一、二、いや、その後方に複数見受けられます。飼育小屋にいるはずですのに)
「紅刃、会長から状況報告だ。外にいるのはガルムの群れ。出入口の近くには二頭。その後方にまだ複数いるそうだよ」
シリルは忠誠の儀の思考共有によってアリスの思考を俺に言葉で伝えた。
「ガルム。昨日の残りか? それにしても昨日のは学校で訓練ように飼っていたんだろう?」
「そのはず何だけどね」
「そうです。紅刃様」
シリルとの会話に割り込んできたのは理事長のメイドだよな確か。
俺が鈍感なのか背後に立たれても全然分からなかった。これじゃいつ後ろから狙われても分かんなかったりして……。
(どうしたのクズ?)
(いや、何でもない大丈夫だから)
「えーと確か理事長のメイドの……」
「はい。アリシアと言います。今の状況について紅刃様に伝えておこうかと思いまして」
昨日のクラシックなメイド服から一変。軍服って……イメージできないにも程が……認識するのに時間かかったわー。ほんと、合ってて良かった。と、俺は心の中で胸を撫で下ろしたのだった。
「ところで何で俺に」
「今この場で最も冷静に対応できるのが紅刃様だと思いましたので、すべてはセシリー様のご判断ですので」
「俺、結構テンパってますけど大丈夫ですかね」
「大丈夫です紅刃様なら乗り越えられます。あのガルムは間違えなく学園の飼育小屋から逃げ出したものです。となると、誰かしらがガルムの飼育小屋に手を加えたかもしくは、操られていると考えられます」
アリシアの見解に俺は頷いた。
先生達の方に駆けつける朔乃と葵に俺の考えを伝える。
(二人ともいいか、外にいるのはガルムの群れだ。今から会長にそいつ等の動きを止めてもらう。その間にガルムを放った奴を探し出し、そいつを捕らえる。いいか)
(そう言う事なら私の魔技、絶対氷囲領域でガルムの動きを止める。アリス様のお手間をかけさせるわけにはいけないからな)
(了解だ)
「シリル。葵が駆けつけるからと伝えてくれ」
「オーケー」
「それで、紅刃その後は?」
「葵がその後ガルムの動きを止めてくれるから、俺と朔乃、シリルと会長。四人で怪しい奴を捕まえる」
「了解」
(葵にガルムをあてるから僕達と合流だよ)
(そう言う事なら、分かりましたわ。葵さんによろしくと伝えて)
◼-集会が始まる前の校舎裏の森
白銀の長髪を紐で束ね、どこかの紋章を左胸に付けた軍服の男はシャフレヴェル騎士学園の集会所を監視していた。
また、それとは別に苛立ちを表情に出しながら軍服の男は口を開いた。
「ノエル!!」
「何ですか、私はジキルに言われた通り接触してきましたけど、何か問題でも?」
ノエルと呼ばれ、一人の少女が木の裏から軍服の男の背後に現れ、気だるげに自己主張をした。
「それは分かってる。木に隠れて俺を狙おうとしてただろうが!」
「そんな事してねぇよー」
(何でわかんだよ)
「だったら何で目を反らすんだよ!」
「反らしてなんかねぇーし! ビューヒュー……」
「ぜんぜん口笛になってないから」
ノエルは意地を張りながら鳴りもしない口笛を吹き誤魔化そうとする態度にジキルは、呆れた感じに肩の力を抜き、やや頭をうつむかせできてない口笛に対してツッコんだ。
「なっ!」
「そうだよーーノエルちゃん。ジキルを狙っても何も出て来ないんだから、昨日だって街で食事したけど結局全部私がお金払ったんだからね」
ノエルの隠れていた木の側からもう一人、少女が姿を現した。その少女の言葉にジキルは愕然とした。
「うそ!? ほな、それ本当? マジありえないんですけど」
「うるさい。たまたま持ち合わせが切らしてたんだよ。それより、そろそろ奴等が動き出す時間何じゃないか?」
「そうだねジキル。もうそろそろだね」
泥沼話しになりかねないだろう金の話題を早めに終わりにできてジキルは安堵した。
「今日の任務は観察だ。あくまで俺達は傍観者に徹する事。だから今日は直接動かない。いいなノエル」
「へいへい、わかってますよーだ」
「一条もしっかり頼むぞ」
ノエルは軍服のポケットから携帯デバイスを取りだし時間を確認する。
「えーただ今の時刻は九時五十七分。ミッションスタートまで残り三分ほど。……五秒カウントスタート・四・三・二・一・ミッション開始」
ノエルの宣言とともに、ジキルは帽子をかぶり直し、ノエルと一条は乱れた軍服を直し、それぞれの監視位置に分散した。
ジキルは集会所前実技用具倉庫裏。
ノエルは昇降口の門横の壁。
一条は飼育小屋わき用具倉庫裏。
各自は携帯デバイスを通して情報を共有する。
『こちら、ノエル・アークライト。昇降口に到着』
『こちら、一条穂波。無事に飼育小屋に到着』
『俺も実技用具倉庫裏に到着。では、これより監視に入る。各自、奴等の行動を記録し今後の作戦を有利に進められるよう分析を頼む』
『頼むって。ジキルは私たち道化師のリーダーじゃないから』
ノエルは冷めた感じにツッコんだ。
『細かいところはいいだろうが! この任務は結構大事なんだからな! 他の事気にしてたら巻き込まれるからな!』
(ジキルが怒った……と言うより、すねた)
『つか、ジキルのセリフ失敗フラグたってるだろ!』
時間は配置についてから十分が過ぎた頃。一人の何者かが訓練用に飼育しているモンスターの檻の前に姿を現した。その者を監視するのに一番近い一条は、湿気で濡れた地面の上を音を立てないようにゆっくりと、かがとから爪先へと力を入れ忍び寄った。
一条は相手から死角になりそうな檻の裏側にある山なりに積まれた牧草に背を向け腰を落とした。そして、自らの魔技を展開する。
監視をするのに気を付けなければいけないのが、音と光そして気配だが、難しいのが魔技の展開時に発光する大気の粒子だ。それをいかに隠せるかでこの監視は成功するか失敗するかが決まると言ってもいい。
一条の魔技の展開は落ち着いていた。使う粒子を減らし、手元だけの最小限の発光で現れた物は情報を記載する紙に羽根ペンだ。その紙とペンは浮遊し、一条の見た必要な情報を手を使う事なくひとりでに文字や絵で記していく。
檻の前にいる者は白いフードをかぶり顔を隠している。その者は檻の中のガルム達に向かって人差し指を向け、暗示のように言霊を唱え始めた。
「我らの信仰の下、天界から堕とされし神の御使いの慈悲を知れ。我が魔技を受け入れし魔獣は解放され忠実な獣と成り果てよ」
ガルム達は体毛を逆立て興奮を剥き出しに鉄格子に向かって突進を繰返し傷つきながらも破り抜け出した。
白いフードの者はそのガルムに命令した。
「身が朽ち果てようとも我らの王を我らの元に。行け神話の獣の名を有する獣よ!」




