記憶と認識と迷々【14】
開いた口を閉じ、俺達は家に帰宅する。家と言ってもシャフレヴェル騎士学園が所有する寮の一つ。
「鍵開けるからちょっとこれ持ってて」
「おぅ……って! 後少しで俺の手が蜂の巣になるとこだったじゃねーか」
俺に持っててと頼んだ物は言うまでもなくフルーツの国王様だ。
これは、身に染みて理解させられた凶器。悪気も迷いさえ感じさせず普通に渡すこの行動はあたかも安全な物を渡しているかのようで気を抜いていたら今頃、俺の手が串刺し刑に処される事なんて考えていない。俺は苦笑の笑みを浮かべた。
まあ、そこまで俺も馬鹿ではない。朔乃から枝越しに受け取ったから何て事はない。
家の中に入るやいなや、何処かで聞いた事があるような声が部屋の中から聞こえてきた。
懐かしいとまではいかないが、近頃聞いたような声。その声は今、何かの歌を歌っているようで、明るく元気にはしゃいでいるような……見ている訳ではないから断定はできないけど、この声はあの光の中にいた少女だ。
少ししか喋っていないから絶対とは言いきれないが、多分合っていると思う。
にしたっておかしい。鍵してあったのにどうやって入ったんだ? これじゃ完全に空き巣じゃないか。まずいよな? もし、俺の予想通りあの少女だったら……つか、俺も名前知らねぇは。あはは……じゃねーは! 俺! 少女は絶対俺に話てくるに違いない。俺の知り合いが勝手に部屋に入り込んでるとかあり得ないよな。常識的に。ここは朔乃を先に行かす訳にはいかない……よな?
「何か歌が……」
「ああ、歌だな……」
俺はいったい何やってんだー。目茶苦茶ぎこちなさすぎだろ。何が「歌だな……」だよ!
「何で歌が?」
冷静に対処するんだ俺……どうにか阻止せねばって! 考えてる暇ねぇ-。
気づくと朔乃は少女が居るであろう部屋のドアノブに手をかける寸前だった。だから、俺はとっさに滑り込み朔乃の前に立ち塞がった。
スゲー漫画やアニメでよく見るパターンをやってるとかマジ何なんだよ俺は。
「何よ。何で私の前に居るのよ。何か私に見られちゃまずい事でも?」
心なしか、朔乃の声はやや俺を疑っているように聞こえた。
「いや、別に何も……」
俺が前に居るにも関わらず朔乃の手はドアノブに届く。俺はその手が回らないように押さえ込む。これじゃ本当に俺が何かを隠してるしか見えないな。
「よく考えてもみろ。ここに歌が鳴る物があったか?」
「あるわよ?」
……そうだよな、あるよな普通は。じゃない!
「あるにしても勝手に鳴らないだろう?」
「鳴るわよ。たまに鳴ってるもの」
えぇー!? 何でたまに鳴ってんの? 何、ここわけあり物件なの?
「で、何が言いたいの?」
「つまりだ! もしかしたら、ここに侵入してる者がいるかも知れないだろう。知らない奴が自分の部屋に居たら朔乃も嫌だろ? だから、男の俺が先に行ってだな」
「君がそれを言う? 朝の事ぶり返すようだけど、君は私が寝ている隣で寝てたんですけど?」
……俺、立場なくない?
「なにいきなり悄気ちゃってんのよ。とりあえず入るからそこどいて。それとさっき下に落とした国王様の棘が出たり引っ込んだり暴走してんだけど」
「ほんとだね……」
無情にもほっとかれた国王は暴れていた。
それより……俺はいったい何をしたかったんだろうか。男として格好がつかないまま、ドアが開いたのだから、俺が居ても居なくても結果は変わらないと言うやつか……。
予想通りあの少女だった。
助けてくださいと言ってた。自称天使の少女が液晶に向かって躍りながら歌っている光景がそこにあった。
俺達に気づいた少女はパタリと動きを止めこっちにゆっくり振り向いた。
「クレハさん!?」
「やっぱりか……」
「ちょっと待って!」
はい? ……。
「可愛いー」
あれ、可愛いい? まあ俺もそう思うけど、思ってた反応と違った。
「この子何でケモ耳生えてんの?」
んなわけない。俺が見た時はなかったぞ? 再度、目線を朔乃から少女に戻すが、俺には耳が見えない。すると、俺の頭に直接少女の声が流れてきた。
(誰ですかこの女の子は)
これはテレパス。朔乃と忠誠の儀とやらで体感したからだいたいやり方は分かっている。
俺も口には出さずに思った事を言ってみる。
ーー彼女、朔乃はここであったのだけど、ところで俺には君にケモ耳がついてるように見えないんだがなんかしたのか?
ーー朔乃? 何で呼び捨て何ですか。どういう関係ですか! 親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってますか!
ーーよく知ってるな。俺怒られてんの?
ーー怒ってませんよ。この方には紅刃さんに見えてる姿ではなく。紅刃さんの好きなアニメキャラクターに見えてます。だから平気です!
ーーなんと! そんな事ができるのか。是非とも俺にもその姿を見せてはくれないか
ーー嫌です! 恥ずかしい。ところで、今日は無事に話に行けました?
ーーああ、勿論だ。だが、流石に異世界は凄い。とんでも世界だ。それでいて意外と馴染みやすかったり、元の世界との共通点は結構多くて助かる。ここにも朔乃みたいに日本人の名前が普通にいるから喋りやすい。
ーーそれは良かったです。私、疲れたので紅刃さんの中に入らせてもらいますね。何かあったら呼んで下さい。後、この世界で起きる出来事から救う事を忘れないで。
ーーちょっといいか? 君の名前聞いて無かったからさ、教えてくれないか?
ーーそうですね。実際、私にも決まった名前はないんです。紅刃さんが付けてくれればなんでも。
(なら、アレクサとかどうだ?)
(どこぞで聞いた事のあるネーミングですけどいいでしょ。再会そうそうですけど、おやすみなさい。それと、彼女にはくれぐれも卑猥な事しないで下さいよ)
大丈夫だよそんな事しないから。
(そうですね。紅刃さんにはそんな勇気ないですもんね)
(るせー)
(じゃーおやすみなさい)
アレクサは俺の前から消えた。そして、朔乃は突然消えて落ち込んでいるようだ。
「このークズハがどいてくれないから抱いてあげれなかったじゃない」
「そうだな。わるい」
消えた事には動揺しないんだな……。
そんなこんなで、俺の異世界初日は朔乃が焼いたクソくせーコボルト肉と斧でたたっ切た国王 (やたらうまいフルーツ)を食べ、朔乃が生活空間を区切るように床に引いたライン内で自分の私物を整理して、シャワーを借り、色々あった一日は終わった。
くっそ狭い。俺の空間ほとんどないじゃないかほんと。