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記憶と認識と迷々【1】

 王は民衆達に告げる――。


「民衆よ、我が王国の同胞よ。これは戒めだ。王国に反旗を翻した哀れな魔女に裁きを与え、天への供物とする。暗黒の時代は魔女の亡骸とともに終焉に至る。我が王国は繁栄の時を迎えるのだ。これより行われる処刑は異端信仰の愚者に墜ちた魔女の処刑である」


 泥や古びた血で汚れ、ズタボロになった処刑服の女は両手足に(かせ)をつけられ自由を奪われている。


 兵士は後ろを振り返ることなく女の両手首に繋がれた鎖を強引に地面に引き寄せ歩みを止める。後方の兵士は嘲笑いながら鞭を打ちつける。


 人を人と見ない非情で理不尽な空気感の中、何度も繰り返される兵士の趣向の道楽により処刑所へ進む。


 薄い布一枚しか隔てていない女には相当の激痛だろう。(にじ)み滴る血は街路の石畳を点々と赤の色を残していった。


 通りを囲むように集まった民衆は恨み憎みの罵声を浴びせる。子供でさえ大人達に混じり石を投げつける。


 女に何の罪があったかどうか民衆には関係ない。それどころか、大半は気にかける事もないだろう。


 女は叫び狂いたかった。しかし、この時は口を開こうともせずに自分の傷だらけの足先を見るように下ばかりを見つめていた。


 叫び狂わずにいたのはこの女の自尊心なのか、それとも縋るべき残された希望でもあったのか。


 何も語らずただこれからの起きる現実にゆだねているようでもあった。


 この日の処刑は異例だった。本来の処刑場とは異なり王の意向により城のエントランスに設けられた十字架の磔台(はりつけだい)で処刑が行われる。


 いくら苦痛の声をあげようとも今処刑されようといている女にかける慈悲の言葉は存在しない。


「王国を裏切り、偽りの神を信仰し、我らを愚弄ぐろうした悪しき魔女に神罰を下す。この聖剣に(まと)いし業火にその身を焼き果てろ!」


 バルコニーから王の側近は大勢の兵士、属領兵および民衆の目を掲げた燃え盛る剣に集めて見せた。


 無抵抗に淡々と女は十字架に縛られていく。


 女は鎖を巻かれ身動き一つ取れなくなってから閉ざしていた口を開いた。その時の表情にはプライドや仮面(つくられた)ものではなくただ、純粋に一人の少女としての泣き顔だった。


「神様。私は何を間違えましたか。幾年より貴方に使え(した)しみました。なぜ、私を二度も裁かれますか。もしも転生するのなら。三度(みたび)私に光を差し伸べて下さいませんか。私は加護をもたらす美しき剣となりましょう……。さすればずっとあなたのそばに」


 民衆の中がざわついた。


「その言葉を私達は聞きたかった。私達はいくら異端と罰せられようとも貴方に使えた事を誇りに思う。だからこそ、せめて、貴方が望まれる希望に力を貸したい。我らの神は貴方とともにあるのだから」


 (はりつけ)にされた女の前に、民衆の中を掻き分け姿を表した二人の修道者は、そう言い首に下げた十字架を手に方膝を付き願った。


 バルコニーより炎剣を掲げた王の側近は下にいる兵士に言い放つ。


「そいつらを引っ捕らえよ! 王の面前で悪しき信仰をさせてたまるものかさっさと牢に放り込めよ」

 

「我らの神はけして見捨てない。屍諌(しかん)なされないで下さい。我らの主君よ」


「いいかげんにしろ!」


「皆もいいのか……。王国の為に軍を率いて一線で戦ってくれた主君たる聖女を見捨てるなどして」


 修道者が兵士に取り抑えられ連行されたのを見て側近の男は冷酷な言葉を言い放った。


「我らの主君は現王たるハンティス様である。民衆よ、騙されるな。悪しき魔女教徒が邪魔に入ったが裁きを執行する。命乞いをする時間はもう与えん。魔女、貴様は地獄で懺悔(ざんげ)をしていろ」


 民衆の目線はバルコニーに立つ王ハンティスに集まった。


「皆よ、ようやく時は満ちた。我が王国の騎士を騙し我を騙し民衆に異端の信仰を広げた罪を魔女の亡骸とともに消し去ろうではないか」


「「いいぞ! いいぞ!」」


 王は側近から炎剣を受け取り女に向かって投下した。


 その炎剣は一直線に女の胸を貫いた。まるで、剣自ら女に向かって行くように。


 炎はゆっくりと女の身体(からだ)を包み込む。


 女の身体は民衆に注目されながら次第に肉体の大半が(ただれ)溶け、支えがなくなった骨は徐々に磔台の下に落ちていく。


 王の女に対する念は火炙りにとどまらない。女の残した遺物を保管する信者が現れぬよう骨を大鎚で粉砕し水に葬れと属領兵らに命令した。


 民衆。兵士らは歓喜した。


「「祝祭だ。今宵は新たな時代を迎えた祝祭だ!!」」



*****


 ――現世。とある教会にて。


 俺、天薙紅刃あまなぎくれはは教会を訪れた。ここの神父には昔から世話になっている。恩があるっちゃあるが、それでも扉を開いた先で待ってましたと言わんばかりに両腕を開き満面な笑みで俺に抱きつく構えはやめろと思う。


「待ってましたよ紅刃君」


「やめろ! 抱きつくな暑苦し」


「ほんの挨拶じゃないですかー」


「少し怖いんだよ神父のその笑みが」


「ひどい」


「それになんで親父まで居るんだよ」


「なーに黒城神父とは古くからの付き合いだからな、俺が居てもおかしくはないだろ?」


「まぁいいけどよ。で、神父。話があるって言うから、わざわざくっそ暑い日に来たんだけど」


「ですね。皆さん。ここじゃなんですからとりあえず応接間に行きましょうか」


 エセ神父は俺達を応接間に案内し、ソファーに座る。あぁ俺の中ではこの神父の事エセ神父と言ってるが気にしなくていい。

 

 それよりこの部屋からはおかしな匂いがする。お香かアロマと言うのかとにかく何かが鼻につく。


「早速ですが、紅刃君に質問です」


「私達の今いる世界の他に世界があると思いますか?」


「なんだその質問は。そりゃあれば楽しいだろうと思うけど現実味がないから信じてはないな。あぁでもここに関わる俺からしたら天国や地獄がそれにあたるなら信じてもいいかな?」


「では、本題なんですけど。紅刃君の身体の中に魂が二つあってですね」


「いきなりとんでもねぇ事言うな」


「当然な反応ですね。零次れいじさん、例の物は持ってきていただけましたよね」


「言われた通りに、これだろう?」


 親父は風呂敷に包まれた物をテーブルに置いた。


 神父が風呂敷から中身を取り出す。


 親父が家宝にしてたさやだ。前々から剣がないの気になっていたけどこれがどうしたと言うんだろうか。


「紅刃君は記憶がない頃がありますよね」


 俺には記憶にない頃が確かにある。十年前、俺の母さんが姿を消した頃の記憶だ。当時の黒城神父が俺に言ったのは事故としか言っていなかった。その場にいた俺はショックでとんだものと認識していたのだけど。


「つまり、何が言いたい」


「話が早くてたすかります。記憶が欠如している本当の理由を伝えるべき時が迎えましてね。紅刃君には魂が二つあると申し上げた一つの魂こそ、剣に至る魂でして、これがその鞘なんです。目を閉じて手を出していただけますか?」


 半信半疑だが、俺は目を閉じ右手を差し出す。


 神父は俺の手を取り呪文を唱えるかのように暗示をかけだした。


「封印されし眠れる番人よ、今この刻、長き休息から力を解き放ちこの御霊みたまに加護の兆しを与えたまえ、いかなる天にも地にも安寧の加護があらんことを……」


 暗示に応えるがごとく黒い何かに心を覗かれているような、そんなイメージが俺の脳裏をよぎった。


 それから何分? 俺が目を開けたその先に見慣れない少女の姿があった。光の中でただ懐かしく感じた。俺は昔から知っているのかこの子の事を。


「天薙紅刃さん。そんなにまじまじと見られると少し恥ずかしいですね」


 少女は微笑んだ。


「私は貴方の天使。貴方を守る剣。今、長き封印から解き放たれました。これからもよろしくお願いしますね。貴方にはこれから私の世界を助ける為に行ってもらいたい場所があります」


「はぁ……」


 魔術といっていいか分からないが、確かに俺の目の前にいる存在は黒城神父が呼び出した存在なんだと雰囲気で分かる。俺は言葉にできないその存在に真剣な目線を向ける黒城神父。驚きもしない親父。この瞬間は完全におかしい。俺以外はあらかじめこの少女の存在を知っていたようだった。


「ここじゃない世界で彼女の世界の魔王を倒してもらいます」


 黒城神父もわけがわからない事を喋っている。


「はぁ……」


 俺の頭がついていかない。


「紅刃君には向こうの世界で戦闘に慣れてもらう必要があるのでシャフレヴェル騎士学園に行ってもらいます。大丈夫話はついていますので」


なんだか俺の目の前が暗くなってきて、聞きづらい。何を言っているんだ。


「だいぶ催眠が効いてきたようですね。零次さん分かってますね。紅刃君をお家に運んでおいてください。それと入って来なさい黎華」


「はい。失礼します」


「彼女は私の言うことなら聞いてくれるいい子です。異世界のゲートはこの子が開けますので安心して下さい。大丈夫これは神が与えた運命なのですから」


 俺はいつの間に寝ていたのだろう……。


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