無題―no title―
「運命って、変えられることを言うんだって」
「……は?」
「で、変えられないのが、宿命」
「……ふ……ーん」
他にどう言えば良かったのか。とにかく佐久間 侑子はそれしか言えなかった。
放課後の教室。鮮やかな朱色に染まる机、黒板、そして何やら突然呟き出した少年。
少年・語木 隆祐は侑子の二つ前の、左斜めの席に座って居る。ちょうど窓際の席で、ぼんやりと空を眺める。
今まで一度も話した事のなかった少年が、なぜ自分に話しかけてきたのか。侑子には解らない。
――確かに今、教室には私しか話し相手が居ないけど! てかなぜウンメーとかシュクメーとか!?
その手の話が大嫌いだった侑子は、握っていたシャープペンシルの芯を折る。
勢い余って、学級日誌の「今日のひとこと」欄に小さな穴を空けた。
別に日直のペアでも無い隆祐――侑子の相方は逃走――は誰に話すという訳でもなく呟き続ける。
「テレビで言ってたんだ。でもドラマや漫画では運命って変えようが無いって良く言うよね……」
「……」
返事をして良いものか解らない。どう言えば良いかも解らない。
隆祐はクラスでも目立たないタイプの少年だ。仲間外れにされている訳でも、ましてやイジメられている訳でも無く、いつもボンヤリ一人で過ごしている。
無造作に伸ばされた黒髪はクセが有り、侑子の肩でピッシリと揃えられたモノとは正反対と言える。今はそれが夕日に朱く染まり、緩やかな風で動くとまるで別の生き物に見える。
――てかナゼ帰らない語木隆祐! あんたは帰宅部だろう!
侑子は覚えている。隆祐が春の体力測定の短距離で好成績を叩きだし、後日陸上部にスカウトされたことを。
スカウトされた隆祐はすぐに断った。
走る意味を見い出せない。
それが断った理由。以来陸上部の者とは仲が良いと言う訳では無いが、本人は気にしてない。
とにかく少年は部活に所属していないハズなのに、なぜまだ学校に残っているのか解らない。不気味だった。
――さっさと書き上げて帰ろう。
侑子は「今日のひとこと」欄をテキトーな言葉で埋めていく。
が。
「佐久間さんは」
決定打。名前を呼ばれては返事をしなくてはならない。侑子の性格上、無視もできない。
「……なに?」
「佐久間さんは、運命とか宿命とか。どう思う?」
「……はぁ」
溜め息混じりに聞き返す。
「俺は、運命って偶然の寄せ集めだと思うんだ。偶然が重ね合って今があるなら、それはどうしようも、避けようの無い流れなんじゃないかなと思う。それなら運命も宿命も、変えられないって意味ではどちらも同じなんじゃないかなぁ」
「……」
「ちがう?」
隆祐が初めて侑子を振り返る。窺うような目線を送った。
そして侑子は、限界だった。
「ばっかじゃないの」
「……」
隆祐は何も言わず、表情も変えない。侑子の言葉を待つ。
「運命も宿命もね、何もしない奴が、しなかった奴が使う言い訳なのよ。自分で、自分の人生を変えようって本気で思ってたら変えられないことなんかないんだから」
「……うん」
隆祐は笑った。嬉しそうに。
侑子はまだまだ言ってやりたいことが有ったが、その笑顔を見ると毒気を抜かれた様に言葉が出て来なくなった。
隆祐はカバンを掴んで立ち上がる。
「佐久間さんなら、そう言ってくれる気がしてたんだ」
ありがとう、と言って隆祐は教室を出て行く。
残された侑子は、開いた口が塞がらない。
「……なにソレ」
独り言が教室に響く。
――もしかして、否定して欲しくて、わざわざ教室に残ってたの? 私が日直の日に、皆が帰るのを待って?
なんだかおかしくなってきて、くすりと笑う。
侑子にはボンヤリした性格の友人が一人いる。
なんだかその少女と隆祐が似ているようで憎めなかった。
「……変なヤツ」
しかも困ったことに、今後隆祐との会話が増えるであろうと予感する侑子だった。