空洞の目
北ノ 愛が、神社から持ち出した箱の中身は、何なのか?
虚しくぽっかりと空いた空洞の目に映る物とは?
遠藤兄弟と、いとこの隼の周りで起こる不思議な日常の物語。
「死にたくないならケチらないで下さい。」
文月にそう脅され、池田は渋々酒屋で一番いい日本酒を買った。
小豆と米も上等な物を揃え、義務は果たした、さぁ、帰ろう!と思った矢先。
「箱が無い!」
へ?
箱?
「さっきまで持って…え?!私…持ってたっけ?」
北ノ 愛が、例のあの箱が無いと言い出したのだ。
回りに居る池田先生や、俺、文月までもが、全く気付いていなかった。
持っていると思っていた箱が、忽然と消えた。
「逃げられた…?」
隣から、文月の呟きが聞こえる。
「神社に帰りたくないのかな?」
慌てる3人と違い、文月は冷静だった。
「行こう。」
「どこに?!」
「神社。」
神主さんに会い、これまでの事情を話した。
お茶を出してくれた神主さんは、優しげで、髪にちらほらと白いものが交ざっていた。
向かい合って座り、最後まで黙って聞いていた神主さんから、押し殺した怒りが感じられ、正直、俺はびびっていた。
まぁ、神主さんが、怒るのは当たり前なのだが。
「あの中には、いったい何が入っていたのですか?」
「ふむ。ミイラ、ですな。」
予想外の答に、俺は、ぶったまげる。
ミイラって、あのミイラ?!
「ミイラ、ですか?」
神主さんと、文月の会話は続く。
「江戸の後期に"いざよい"という人形作家がおりましてな。人形作家というよりミイラ作家と言った方が、しっくりくるかもしれませんな。
生き物の死骸を繋ぎ合わせて造るのです。
"いざよい"が、中でも好んで使ったのは、不幸にも死産で産まれてきた人の赤ん坊でした。
"いざよい"の造るミイラは、どれも曰く付きの物ばかりでしてな。色々な噂がたったようです。
持てば、富を得る物、死を招く物…今でも寺や神社に持ち込まれた"いざよい"のミイラが、何点か残っておりますよ。」
「その内の一つが?」
「はい。あれです。
始めの内は、富を与えるが、その内に代償を求めるようになります。最期は、その家を食い潰す。
そういった質の物です。明治初頭にこのこの神社に持ち込まれ、それ以来、代々鎮めてまいりました。」
「逃げたそれを捜し出すのは難しいでしょうか?」
「あれは、もうここには、戻らんでしょうな。
そんな気が致します。あれを常々見てまいりましたが、未熟なまま産まれて堕ちてしまった赤子の顔が、外に出たい、外に出たいと申しておるようでなぁ。ただ一つ解っているのは、お嬢さん。
貴女の軽はずみな行動で、この先不幸な目に合う人が出るかも知れぬという事。よく、考えなされよ。」
北ノに向けられた神主の言葉は、とても厳しい物だった。
それから、殆んど無言のまま池田と北ノと別れ、俺の家に卯月を迎えに行った。
「遅かったわね~二人とも。」
「すみません。叔母さん。」
「卯月ちゃん、お昼寝してるわ…あら?」
「あーー!!!」
赤ちゃんのハイハイは、驚くほど速い!
「卯月!遅くなって、ごめんな!」
文月が、卯月を抱き上げる。
「にぃにが、迎えに来てくれたの判ったの?偉いわね~」
「あ、文月君。晩ご飯作ったから、持って帰って。」
「母さん!じゃあ、俺が荷物持ちするよ。」
「じゃあ、あんたも文月君と食べて来る?」
「うん。そうするよ。」
文月の、"なんで?!"という視線など気にするものか。
文月が、卯月の乗ったバギーを押し、俺が荷物を持って歩く。
もう馴れてしまったが、端から見るとどう見えているのだろうか…?
何とも不思議な光景に違いない…。
すっかり見馴れた日本家屋。
家の前まで来た所で、
「遠藤さん。」
と、声をかけられた。
隣に住む一人暮らしのおばさんだった。
「荷物、預かってるわよ。はい、これ。」
おばさんから渡された物。
それは、あの箱だった。
「……。ありがとうございます。」
「……。」
俺達は、声もでなかった。
その辺に置く訳にもいかず、家に持って帰ったが、家に入れてしまって良かったんだろうか…。
応接間の机のの上に箱を置く。
「………。」
「………。」
「あぁーー!」バン!バン!
「開ける?」
「開けるの?!」
「……開けようか…。」
「やっぱり止める?」
「どっちだよ。」
神主さんに、箱の中身を聞いたばかりなのだ。
そりゃあ誰だってためらうだろう。
文月が、そっと箱の蓋を開ける。
敷き詰められた黄ばんだ綿の上に、背中からカラスのような黒い鳥の羽を生やし、窮屈そうに身体をおりまげた赤ん坊のミイラが、そこにいた。
無表情に見上げてくる、ぽっかり空いた空虚な目が、寒気を起こさせる。
「はあぁぁ。」
文月が、何時もの特大ため息をついた。
一方俺は、子どもの頃に見た心霊特番を思い出していた。
テレビの画面に呪いの人形が映った時に感じた胃がふわつく恐怖感。
空洞の筈の目が、異様な存在感を放っている。
嫌な汗で、手がベタついた。
文月が急に立ち上がり、クッションをハサミで切り出したのには、驚いた。
というより恐怖を感じた。
取り付かれて、おかしくなったのては?と考えがよぎり、恐怖が倍増したが、どうも違ったようだ。
文月の目的は、クッションの中の綿らしい。
裂いたクッションから、綿をほじくり出し、その綿を接着剤で、ミイラにくっつけ出した。
んん?!
本当に大丈夫か?!
しかも、何かブツブツいってるぞっ?!
こえーよ!!!
もしもーし!!文月さーん?!
"わかった?"
"好きにしろ?"
"ただし、モフモフにさせてもらう?"
モフモフ?!モフモフって言ってるぞ?!
ひいぃぃぃ。
怖すぎる。
怖すぎるよ!文月さん!
文月の意味不明な独り言が続く。
「お、お前…何言ってんの?」
「こいつは、もっと色んな物を見たいんだと。
だから、まだ神社には、帰りたくないんだと。
あそこは、暗くて何も見えないんだってさ。」
「……。」
色んな物が見たい…。
死産で産まれ、その後に変な物くっ付けられて、おもちゃにされたんじゃ…堪らないよな。
おまけに、ちっちゃい箱に閉じ込められて、何時終わるかもわからない暗闇…。
自分に置き換えたら、ゾッとした。
そんなの怖すぎるだろ。
空洞の目が、さっきとは違って見えた。
しかし、最大の謎がまだ残っている…。
「文月さーん?それと、モフモフと何の関係が?!」
こうして居る間にも文月は、手を休めない。
「だって怖いだろ!!」
ぶっ!!!
「モフモフにしたら何とかなるかもしれないだろ!」
モフモフの謎が、今解けた。
「お…おう。何とかなる…気がする。」
こうして、文月の手により、白い毛玉が出来上がった。
原型は、すでに無い。
どうやら、この間家に置いておくつもりらしい。
大丈夫か、と心配になったが、文月にしてみれば、この家に住む得体の知れない物が一つ増える、その程度の事かも知れない。
「あーー!!!」
こちらも可愛らしいフワフワヘアーが、ハイハイでやって来た。
「おう。うっ君。」
俺の腕に掴まり、立ち上がろうとする。
「あーー。ぶぶぶぶぶぶ。」
ヨダレ飛ばさないで……え?!
恐るべし、赤ちゃんの握力!
俺の二の腕にチミーッっと、食い込む小さな指!
「いてててててててて!!!!」
続きは、また、直ぐに。
―筆屋―
この物語が、一人でも多くの人の目に止まります様に。
―筆屋―