高校生活と箱と
高校入学式を迎えた文月と隼。
入学式で、出会った一年先輩の女子生徒に無理矢理
"伝承研究部"なる怪しげな部活に入れられてしまう。
文月といとこの隼の回りで起こる不思議な出来事を綴った日常の物語り。
「叔母さん、よろしくお願いします。」
「はーい。卯月ちゃん、いらっしゃい。文月君、気にしなくていいのよ!今日は、貴方達が主役。しっかりね。」
実丘高等学校の入学式。
卯月は、俺の家で母さんが面倒を見る。
母さんは、嬉しそうだ。
俺と文月は、真新しいグレーの制服を着て家を出た。
実丘高校は、靴と鞄は自由だ。
と、いっても、俺も文月もフッツーのスニーカーにこれまたフッツーの肩掛け鞄だが。
「文月、アレ持ったか?」
「お…おう。」
文月が胸ポケットから出したのは、一枚の紙。
"パーマではありません。くせ毛です。保護者、遠藤夕。"
「ぷっ…。」
「笑うな。」
「コレも持ってきた。」
うっ君と映った写真だ。
二人とも見事なクリクリ天使ヘアーである。
「うむ。完璧だな。俺は、お前が何人の先生に止められるか楽しみでしょうがない。」
文月が睨んできたが気にしない。
最寄りの駅から、二駅。
校門の両脇に植えられた桜は、散りかけだったが、花びらがひらひらと舞い、それなりに華やかだった。
体育館前に行って、クラス分けを確認した後、上靴に履き替えて、体育館に入る事になっているのだが…。
校門から、体育館までの通路には、ビラやポスターを持った上級生達がずらりと並び、部活の勧誘をしていた。
上級生の剣幕が、ちょっと怖い。
「なんか、凄いな…。」
「部活動が有名な学校だからな。」
「文月、なんか部活入る?」
「まさか。卯月がいるし、めんどくさいし。」
「だよな。」
帰ったら赤ちゃんの世話が待っているのだ。
文月は、さっきから、あまり回りを見ないように、見ないように、と意識しているのが判る。
何か、色々見えているのだろうか?
「ねぇ!キミ!キミ!」
ビラを持った女生徒が追いかけてきた。
名札には、2年、北ノ 愛と書いてある。
北ノは、文月の前に素早く回り込み、
「キミ、見える人でしょ!」
いきなり、そう言った。
「見えてません。」
文月は、間髪入れずにキッパリと答え、そのまま歩き出す。
文月の迷惑そうな顔が、可笑しくてしょうがない。
体育館前に貼り出されたクラス表。
1組から7組の中から、自分の名前を探す。
「あった。7組。」
「あっ!俺も7組!やった!」
え?!何が嬉しいの?ちょっとキモチワルイんですけど…という文月からの視線を浴びた気がするが、気にしない。
俺は、文月に張り付くと決めているのだから。
小説のネタの為に!!
「上靴、上靴。」
鞄から、上靴が入った袋を…。
「えっ?!ウソっ?!」
ほとんど絶叫に近い声が隣から上がる。
「どうしたんだよ文月。上靴忘れた?」
「コレ…コレが上靴袋の中に…。」
ん?
「おしゃぶり?」
うっ君のイタズラが?
「卯月は、これが無いと寝れないんだよ…お昼寝できない…!!」
顔面蒼白である。
オイオイ、落ち着けよ。
「母さんに新しいの買ってってメールしようか?」
「いや、コレじゃないとダメなんだ。ずっとチュパチュパやって、いい感じに柔らかくなったこのおしゃぶりじゃないとダメなんだよ!」
オイオイ、泣くなよ?!
「とにかく、今から届けに帰る訳にもいかないだろ?入学式終わったら、急いで帰ろう。」
「あぁーもう!…そうだな……あっ!!」
何かが、素早く掠めて行った。
振り向くと、人差し指と親指で、おしゃぶりのフックを摘まみ、顔の前でプラプラさせている北ノ 愛が立っていた。
「おい!返せよ!」
初めて聞く文月の怒鳴り声。
文月、本気で怒ってるぞ…。
「"うつき"って、妹か弟?返して欲しかったら、放課後ココに来てね!」
北ノ 愛は、ビラを投げつけ、走って逃げて行った。
ビラには、"伝承研究部"と書いてある。
「………。」
「………。」
「はぁ…イヤな予感しかしないな。」
入学式が終わり、クラスに移動。
美人先生を期待していたが、世の中うまくいかない。
黒板の前には、紺色のスーツを着たぽよんぽよん体型の男が立っている。
担任の自己紹介と、明日からの授業の簡単な説明はサクサク進み、本当ならば、ここで帰れるはずなのだが…。
「伝承研究部…行きますか。」
「はぁぁぁぁ…うん。卯月のおしゃぶりが人質になってるもんな。」
中庭に面した校舎の一階に、ずらりと文化系の部室が並んでいる。
その一番はしっこに、"伝承研究部"があった。
「?」
部室の扉の前に突っ立っているだけの文月に。
「もしもーし。」
「ものすごく開けたくない…。」
「中に何か居るんでゲスか?旦那。」
「何?!その話し方…。...もう、しょうがない!卯月の安眠の為に!!」
ガラッ!
勢いを付けて扉を開けた。
「あっ!来た?!」
中には、大学ノートほどの大きさの箱を持った
北ノ 愛が、…。
ピシャッ!!!
えー?!閉めたぁー!!!
文月が、力一杯手で扉を押さえている。
ドンドンッ!!
「えっ?!ちょっと?!何で閉めるのっ?!」
「ムリムリムリムリムリッ!!!!!」
文月のこの反応…大物な予感…。
ドンドンッ!
「開けなさいよっ?!」
「おしゃぶり返してくれますか?」
「それは、あんたが部室に入ってからよっ!」
「イヤです!お寺か神社がらみの物が、何かそこにあるでしょっ?!」
「―?!」
「ふふふふ。やっぱり私が感じた通り!キミ見える人ね! 部屋に入って来て!見せてあげる!神社から借りて来た物があるの!」
北ノ 愛は、無邪気そのものだ。
「イヤです!見たくありませんっ!!」
「あ、そ。じゃあ、大事なおしゃぶりを何時からあるのか解らない雑巾にくるむわよ。」
なんて無慈悲な!
ガラッ!
「わー!ダメダメ!おしゃぶりかえしてー!!」
文月の負けだ。
おしゃぶりって叫ぶなよ…恥ずかしいから。
以外に広くて、小綺麗な部室には、正面に大きな窓。
真ん中に長いテーブルが置かれ、左右の壁には、本や資料が一杯に詰まった棚が、テーブルを囲んでいる。
「はい。ここに名前を書いて。」
入部届………。
「あの…俺、小さな弟がいて、面倒見ないといけないんで部活動は、出来ません。おしゃぶり返してもらえます?」
「入部届にサインしてくれたら、返してあげる。毎日来いなんて言わないわよ。ほぼ、幽霊部員でもいいからさ。」
あの…入部届、2枚あるんですけど?
「コレ…俺も?!」
「卯月が寝れなくなってもいいのか?!鬼か?!」
か…書きますよ。
仕方なしにペンを取る。
「書きました。返して下さい。」
「ありがと。はい。おしゃぶり。」
おしゃぶりが、北ノ 愛の手から文月へと戻った。
「ね!コレ見る?」
テーブルの上に置かれた、大学ノート程の大きさの木製の箱。
さっき、北ノ 愛が持っていた箱だ。
ちょっと、気持ち悪い。
「開けないでっ!」
文月が大声を出し、北ノを制止する。
「それ、借りて来たって言ってましたけど、違うでしょ。そんなモノ、神主さんが簡単に貸すわけが無い。」
「バレちゃった?」
北ノは、ペロッと舌を出して笑った。
「頼みこんで、見せてもらったんだけどね。そのまま、持って来ちゃった。しばらくしたら、返すわよ。」
「これね、江戸時代後期に…。」
「聞きたくありません。」
北ノは、ムッとした表情で、文月を睨む。
「悪い事は、言いません。返しに行った方が良い。日本酒と小豆と米を持って、今直ぐに。」
「だから、しばらくしたら返すってば!」
「俺に出来るのは、このアドバイスくらいだから、じゃあ。」
文月は、俺の腕を掴み、急かすように部屋を出た。
「門まで走るよ。」
「へ?!」
必死で走った。
文月がこんなに慌てている。
相当、マズい物に決まってる。
「ハァハァ…。校門出たから、もう大丈夫?」
はらはらと、桜の花びらが降ってくる。
「たぶん…ハァハァ。」
「あの大きさからして、お面と見た!かぶったら死ぬ~的な!」
「あり得るね。全力で見たくない。しばらくは、あの部室には近付かない事。」
「了解。でも俺達、入部届にサインしちゃったけどね…。」
「………。」
「………。」
「帰ろうか…うっ君待ってるし。」
「う、うん。帰ろう。」
しばらくは近付くな、と確認したはずが、明日直ぐに行く事になろうとは……。
続きは、また直ぐに。
―筆屋―
この物語りが、一人でも多くの人の目に止まりますように。
―筆屋―