遠藤家の秘密と通夜と
そして今日、親族が再びこの家に集まった。
お祖母ちゃんの通夜を執り行う為に。
新一伯父さんと幸叔母さんの中学生になる双子の娘、はるかとほのかの制服姿も見えた。
何故かぶすっとした表情を浮かべ、大人達を手伝う風でも無く、部屋の隅にただ座っている。
その横に積まれた紙おむつとおしり拭きの山。
俺の視線に気付いた母さんが、
「文月君と卯月ちゃん、今日からここで暮らすのよ。」
と、教えてくれた。
「何もさ、こんな日じゃなくても…。」
「この家の当主不在は、マズいらしい。」
と、こっちは、父さん。
何となく、我が一族に纏わる、知らない方が良い事ってあるよね的な気配を察知していた俺は、それで納得する。
そこに文月と卯月が現れた。
目が合い、何を話していいのか迷った俺は、
「文月って名前変わってるよな。」
とりあえず聞いてみた。
「ああ。7月産まれだから文月ってだけ。」
「?」
「アホウ。文月ってのは、7月の事だ。」
父さんに突っ込まれた。
ちょと恥ずかしかった。
すみませんね、アホウで。
「じゃあ、卯月も?」
「卯月は、4月。」
「なんか、こだわってんだか、適当なのか、解んない名前だなぁ。」
「そうなんだ。あの人は、いっつもやる事が豪快で
計算してるのか、適当なのかさっぱりだったよ。」
文月は、困ったような笑みを浮かべた。
あの人、という言葉に冷たさは無く、むしろ友人のような親しさが感じられた。
3日前に見た弟を一生懸命にあやす姿といい、この文月という少年に対する好感が増していた。
「文月君!」
新一伯父さんだ。
「通夜について母さんから何か聞いてるかな?」
「はい。葬儀はせずに、通夜だけだと。どうすれば良いのかも聞いています。」
「そうか。」
新一伯父さんは、真剣な表情で頷いた。
「隼!」
「何?父さん。」
「夜どうしの線香の番、お前も手伝うたれ。」
線香の番?
ああ、通夜の夜に線香の煙を絶やしちゃいけないってアレか。
「うん。わかった。」
「大輔伯父さん、それは俺の役目ですから…。」
「文月君、一人やったら大変や。2人おったら交代で寝れるやろ?寝んでも、しゃべってたら、すぐ朝になるって。」
「いえ…でも…。」
「遠慮すんな!頼んだぞ隼!」
了解。
さすがに文月一人に徹夜させるのは気がひける。
通夜には、お祖母ちゃんと親しかった10人程が来ただけで、ほとんど身内だけの通夜となった。
親族で食事を取る為、忙しそうにしている幸叔母さんと母さんの回りを卯月がハイハイ爆走している。
おぼつかない動きが、かわいい。
ずっと気になりつつも、知らない方が…という気持ちと戦ってきたが、思いきって聞いてみる。
「あのさ…お祖母ちゃんが言ってた決まり事って何なの?」
皆、一瞬ギクっとしたが、母さんが答えてくれた。
「綾姉さんが、まだ母さんのお腹に居た頃ね。一度、母さんが死にかけた事があったらしくて、で、え~と…その…何か?と約束を交わして助けてもらったんですって。」
……………。
何?この!ざっくり説明…。
え~と、何か?、って…。
「母さんが、その…何か?と約束を交わさなかったら、俺達は勿論、隼だって産まれてないんだぞ?跡を継いでくれる文月君に感謝しろよ。」
うっ…確かに新一伯父さんの言う通りかも。
「そうよね…私なんか絶対ムリよ。だって、子供の頃に飼ってたインコが死んじゃって、泣きながら庭に埋めようとしてたら…後ろからね、"ソレ死んだ?食べていい?"って声がきこえたのよ!もう、この家が怖くって、怖くって…。」
母さんのこの話をきっかけに、出るわ出るわ、怪しい話が。
母さん…怖がりの癖に何故、通夜の夜に怖い話をし始めたのか?
盛大に突っ込みたかったが、止めておいた。
初めに話を振ったの俺だし。
案の定、皆、ビクビクしながら帰って行った。
そして今、文月と卯月と共に取り残された俺もビクビクしている。
怖い…。
でも、興味の方が勝っちゃうんだよなぁ…。
「1時までは、何もないよ。」
うお!ビックリした!
逆に1時から何があるんだよ…。
沈黙が怖いので、無理矢理会話をする。
「高校はどこに行くの?」
「実丘高校。」
「一緒じゃん!」
「そうみたいだね。叔母さんから聞いたよ。よろしく隼君。」
「あ~もう、隼で良いよ。そっちも文月で良いよな?」
「ああ。うん。」
卯月は、いつの間にか籠のベッドでスヤスヤ寝息を立てている。
「あのさ…で、1時になったら何すんの?」
「線香を消して、隣の部屋に行く。それだけ。」
「へ?!それだけ?」
線香って消しちゃダメなんじゃなかったっけ?
「線香消して、隣の部屋行ったらどうなるの?」
ふう…。
何?!その意味ありげな溜め息?!
「知らない方が良いと思うけど…。」
「それを知りたいからここに居んの!」
「わかったよ。」
胸の中が緊張でゾクゾクする。
「奥のあかずの間に居る"何か"が、お祖母ちゃんの遺体を食べに来る。」
「はい?」
「…。いや…もっと、こう…もやっとした言い伝え的な?感じを想像してたんだけど…。」
た…食べに来るって…。
ちょっと、頭が整理できない。
「そういう約束だったらしい。命を助ける代わりに死んだら遺体を食べる、と。」
「おい…ちょっと待てよ!そんな…。跡を継いだお前は、何すんの?!」
「俺も一緒。死んだら食べられる。」
はぁ?!
「俺にも、卯月にも、他に選択肢が無いんだよ。正直、施設じゃなくて卯月と暮らせる事にほっとしてるし、中途半端に母さんに似たせいで、見えるし、寄って来るし、でも、俺には母さんみたいに追い払う事も出来ないし。あかずの間に居るやつに守ってもらうしかない。隼が責任感じる事は無いよ。俺達もこれで助かる。」
「でもさ…。」
「食べられるって言っても死んだ後だし!生きてる間の身の安全が優先!」
文月は、きっぱりと言い切った。
つ…強いなぁ。
その時、大きくなっているであろう卯月は、どう思うんだろうか…なんて考えてしまった。
「家の親族、本当ヘタレでゴメンナサイ!」
「はは…本当、気にしなくて良いから。」
しかし、通夜に何が起こるか知っていて俺に手伝えと言った父さんに腹が立ってきた。
「てか、父さん、酷くね?手伝えとか、こういうのは、大人が進んでだな…」
「大輔伯父さんは、詳しくは、知らないみたいだったよ。」
え?!そうなの?
「じゃあ、何であの時、もっとキッパリ断ってくれなかったの…?」
「ゴ…ゴメン。」
「俺も、実は内心ビビってて、伯父さんが言い出した時、やった!って思っちゃって…ゴメン。」
そりゃ、ビビるよな。
「いや、元は親族揃ってヘタレなのが悪いんだし。とりあえず、1時まで怖い話禁止な!」
俺達は、無言で了解、と頷きあった。
「はっ!そうだ!うっ君の寝顔でも見て癒されよう!」
すうーすうー。
微かに聴こえる寝息と、警戒心ゼロの寝顔に、
「癒されるー。」
「………。」
「………。」
「やっぱり怖いな。」
「うん。」
うわー。まだ10分しかたってない。
1時になるのも怖いが、早く終わらせたいのも本音。
「あ、制服は?買った?」
とにかく、話題だ、話題。
「う、うん。夕叔母さんが、用意してくれた。学校に行ってる間、卯月を預かってくれるって。」
やるな、母さん。
「お祖母ちゃんが持ってた駐車場の家賃収入で卯月と2人、何とかやっていけるかな…。俺はまだ未成年だから、夕叔母さんが、ここに住民票を移して、一緒に暮らしてますよ~風にするらしい。」
はは、風ね。
「………。」
「………。」
「1時だね。」
「うん。」
文月は、立ち上がり、線香の火を消した。
眠っている卯月を抱き上げる。
「行こう。」