祝の席とあかずの間と
文月と弟卯月の不思議な日常に紛れ込んでしまったいとこの隼。
彼らの織り成す物語。
今、お祖母ちゃんは、食べられている。
正しくは、昨日亡くなったお祖母ちゃんの遺体が。
俺は、隣の部屋で、会ったばかりの同い年のいとこ
と共に、ただ、それが終わるのを待っている。
胃がずしりと重い。
そのくせ、ふわふわと沸き上がる不快感と戦いながら。
もうすぐ一歳になるという弟を抱いたいとこは、ただ、まっすぐ前を見つめていた。
彼の目には、いったい何が映っているのだろうか。
一見、大人しそうに見えるこの いとこと初めて会ったのは3日前──。
その日、お祖母ちゃんに呼ばれ、親族がこの家に集まった。
死期を悟ったお祖母ちゃんが、跡継ぎに会わせるから、と。
古びた日本家屋。
懐かしい、独特の雰囲気を漂わせている。
その日は、しとしとと小雨が降り続き、門をくぐると、土と雨の匂いがした。
<i157981|15288>
長男の新一伯父さん、幸叔母さん。
娘のはるかとほのかは、来ていない。
お祖母ちゃんの娘の母さん、父さんに俺。
心なしか、母さんと父さんは、ビクビクしている様に見える。
皆の前には、凛としたお祖母ちゃんと、一人の少年が座っていた。
「長女、綾の息子である、この文月さんにこの家を継いでもらいます。家の決まり事も、文月さんが守っていってくれます。」
「よろしくお願いします。」
少し低めの良く通る声でそう言うと、文月は、頭を下げた。
遺産相続の権利は、こっちにもある訳で…。
ここに来る前、両親にそれとなく言ってみた所、
「とんでもない!俺達には務まらん!」と速攻で返された。
「皆、異論はありませんね?」
質問、というより念押しの一言。
凛とした空気を纏わせたまま、お祖母ちゃんは、さっさと部屋を出て行った。
相変わらずだなぁ…。
お祖母ちゃんは、いつもそうだった。
何か、張り詰めたような空気をいつも纏わせていた。
小さい頃、「隼、こっちへおいで。」と、良く呼ばれた。
俺にはいつも優しく、俺は、お祖母ちゃんが好きだった。
お祖母ちゃんが、部屋を出た後、幸叔母さんと母さんが、何やら忙しそうに宴会?の準備を始めた。
見れば解るが、あえて聞く。
「母さん…何やってんの?」
「お祖母ちゃんの言い付けなのよぉ。跡継ぎを披露した後、祝の席を設けなさいって。」
大袈裟だなぁ…。
その時、場違いな声が響き渡る。
しゃくり上げるような泣き声…。
赤ちゃん?!
文月が、慌てて部屋の隅に置かれていた籠に駆け寄り、赤ちゃんを抱き上げた。
え?!
抱っこされ、ピタっと泣き止んだ赤ちゃんの髪も、
クルクルとカールしている。
<i157982|15288>
「えーっ?!俺と同い年だよね?!」
「………。弟だから。」
文月のしらけた視線が痛い。
「隼!アホか!お前は!高校生が子持ちな訳あるかい!」
そう、父さんは、関西人だ。
「あら~卯月ちゃん起きたの?」
母さんは、早くもメロメロの様子。
「姉さんもこんな小さな子を残して逝くなんてなぁ。文月君、すまんね。厄介事押し付けて。」
新一伯父さんが、文月に頭を下げる。
「いえ。ありがたいと思ってます。母が死んで、施設に居た一ヶ月間、卯月だけが、どこかに引き取られるんじゃないかと、気が気じゃありませんでしたから。」
文月と、文月に抱かれている赤ちゃんを見て、心が痛む。
ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。財産とか言ってゴメンナサイ。
「大輔伯父さんと、夕叔母さんにも感謝してます。後見人になってもらって。ありがとうございます。」
「文月君、お礼を言うのはこちらの方よ。」
母さんは、慌ててそう言った。
トイレに行こうと廊下に出た時、奥の部屋から着物姿の女性が出てきた。
黒髪を後ろで束ね、黒地に赤い椿の柄が目を惹いた。
目が合ったので、軽く頭を下げる。
女が出てきた奥の部屋から、賑やかな気配がしたので、
「賑やかですね。」と、声をかけた。
「ええ。賑やかですとも。今日は、この家の当主が決まっためでたい席ですからねぇ。」
女は、赤い唇で嬉しそうな笑みを造り、歩いて行った。
トイレを済ませ、部屋に戻ると、新一伯父さんが、
文月と話していた。
「決まり事について、母さんから聞いてるかな?」
「はい。奥の部屋は絶対に開けるな。ですよね?」
「そうだ。それだけは、絶対…」
「俺、今、奥の部屋から女の人出てくんの見たんだけど?穂かにも人が…」
「え?!」
「何?!」
「隼、お前何言って…」
一瞬にして凍りついた空気を、たぶん俺は一生忘れない…かも。
「君…見えるんだ。」
!!!!!
「み…見てないっ!!俺は何も見てないっ!!気のせいっ!壮大な気のせい!!!!」
そう言い切る…うん。言い切ってしまおう。
そして、全力で忘れよう。
「そうやろ?隼~お前は、何を言い出すんや!」
「もう、隼ったら!」
「あははははは。」
「…………。」「あーあー。」
「…………。」「あぶぶぶぶぶー。」
「…………。」赤ちゃんの声だけが響き渡る。
食事が終わり、帰り際、皆が奥のあかずの間を見ないように、見ないようにと帰って行ったのは、言うまでもない。
お祖母ちゃんが亡くなったのは、その次の日だった。
この続きは、またすぐに。
どんどん、お話を書いていきますので、誰かの目に止まることを祈っています。