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茜の欠片(レルト)

あかね欠片カケラ



「あのさ、今更なんだけど」

「何ですの?」

 リラは何とはなしに買出しに行ったビオル達を待つ宿の部屋でレルトに話し掛けた。

「あれ、物凄く怪しいとか、ありていに言って不審者とか思って怖くなかったの?」

 その言葉にレルトは一瞬きょとんとして、次いでふふっと笑う。

「最初は、びっくりしましたわ。……ビオ兄様達が帰って来るまで、お話いたしましょうかしら」




 ビオ兄様とお会いしましたのは、いつものように食事に出掛けた満月の晩でしたわ。

 ルゼとフェルゼと一緒に、森の中、人間が通るのを待って居ましたの。

「もうそろそろこの場所も潮時ですかしら」

 先日も二人ばかり狩ってしまったから警戒されてしまったかも知れませんわ。

 あまり一所で狩りをしていると、獲物が穫れなくなるばかりでなく、討伐隊でも組まれてしまうかもですし、そろそろ移り時ですの。

「平気ですわよ。ルゼ」

 心配したルゼが、湿った鼻先を手に押し付けてくる。

 ルゼの毛並みは艶やかな銀色で、撫でれば暖かい温度と鼓動が手に伝わるのです。

「ここでの最後。今日も頑張りましょうですの」

 そう言って、レルトは森の道に誰かが来たのを感じました。そして、その食事を味わう為に、一歩踏み出したのです。

 それがこれから全てを変える方との出会いとは、この時、思いもせず。



 ※ ※ ※



 少女の悲鳴が夜の森に響いた。金髪に茜の瞳をした白肌の年の頃十代中頃の少女が、二匹の狼に襲われ追い詰められている光景……が目の前にあるにもかかわらず、その布の塊のような風貌の推定男は、一房零れた緑青ろくしょうの髪以外で唯一見える口元をどこか楽しむように笑ませるだけだった。

(な、なんですのこの方は!)

 普通、目の前でいたいけな少女が危機に陥っていたら、助けるだろう。

 もしくは自分に狼たちが向かってこないうちに逃げるとか。

 実際、今まではその二通りだった。

 なのに、その布の塊はどちらでもなく、あろう事か手近な倒木に腰掛け、見物人状態。

 常とは異なる事態に、狼も少女も内心では戸惑い、焦っていた。それを楽しむかのように、布の塊はニヤニヤと笑んでいる。

「た……助けて下さいませですの」

 少女が潤んだ瞳で懇願するように言うと、布の塊はさもおかしそうに笑い、首を傾げた。

「何から助けて欲しいのかなぁ?」

「……何でそのような事をお聞きになりますの」

 この状況を見て助けて下さいませんの? と言う少女に、布の塊はただ微笑むだけだった。

『レーティ、無駄だ。気付いている』

 その場に響いたのは、二匹の狼のうちの一匹の声だった。

「おんやぁ、喋ったねぇ。それにぃ、仲がよいみたいに見えるねぇ。うふふ……さぁて? どうやって助けて欲しいのかなぁ?」

 狼二匹が唸りながら布の塊の方に向き直り、いつでも飛びかかれるように姿勢を低くする。それと同時に、少女も布の塊を睨み付けた。

「村の人間に雇われた方ですの?」

 討伐隊の前に、冒険者で様子見が寄越されたのかと聞けば、布の塊は首と両袖を振る。

「いんやぁ? 違うよぉん。ただ偶然この森を通り抜けようとしたらぁ、うふふ、面白い三文芝居をしてたからぁ、見物させてもらっただけだよ」

 あはは、うふふ。どう見ても不審者でしかない布の塊に、三文芝居の烙印を押されたのが堪えたのは、少女だけでなく狼二匹も同じだったらしい。

 先程喋ったのではない方の狼が、先制攻撃とでも言うように布の塊に飛びかかる。

 狙いは首。布ですっぽりと覆われている為、思うようには仕留められないかも知れないが、あとの二人で仕留められれば良い。

 布で動きが阻害されるだろうとも思っての事だった。だが。

「あはん。可愛いワンコだねぇ?」

 直前まで動く気配を見せなかった癖に、噛みつく寸前ひょいと僅かに身をずらしつつ、飛びかかった狼の胴体を両腕で掴み、“抱きしめ”た。

 驚きに思わず抱きしめられた狼が悲鳴のような声を上げる。

「おんやぁ、なかなかに良い毛艶じぁないかい。くふふふふ……」

 わさわさもさもさ。撫でている……のだろうが、傍から見るとそれは布の中に今まさに取り込まれてもがいているようにしか見えない。

「嫌ぁあああー! ルゼっ」

 少女も思わずその光景に真っ青になって叫び声を上げた。

 その叫び声に、あまりの事態に硬直してしまっていたもう一匹が布の塊の腕目掛け飛びかかる。

 けれど、布の塊は相変わらず不気味に笑い、狼を抱えてひらりと身を翻す。

「嗚呼、お前さんもぉ、撫でて欲しいのかねぇん?」

 うふふと声を零しながら、抱えていた狼を地面に置く。

 いつの間にか、狼は動けないように縄で縛り上げられている。

 そして、向かってきた狼も、まるで身に纏った布で絡めとるようにして捕獲。

「人語を話せるくらいにはぁ、魔力も頭も良いらしいねぇ? 賢い子は好きだよぉん? あはは」

 言いながらまた狼を縛り上げる。二匹とも縛られてなお地面の上でジタバタともがいているのだが、動けば動くほど縄は食い込んでいるように見えた。

 残された少女の方を、布の塊が見て。

 しかしそこに少女の姿は無かった。

 布の塊はひっそりと笑みを浮かべ、そのまま立ち尽くす。

 ヒヤリとした空気がまとわり付き、次の瞬間、布の肩口に白濁し硬化した長い爪が突き立てられそうになった。

「残念。もうちょっと良い手を探した方が賢くて私好みだよぉ? くふふ」

 ぐいっと鋭い爪もつ少女の手を掴み、捻り上げる。

 小さく上がった悲鳴に、地面に縛られて転がされている狼達が反応してもがく。

『レーティ!』

 必死な色濃い声音で件の狼が少女の名を呼ぶ。

「さてぇ……助けて欲しいんだったねぇ? うふふ……お望み通りぃ、助けてあげようかぁ」

 片手で少女の手を捻り上げながら、布の塊は片手で抜き身のダガーを取り出した。

 狼達がそれに瞬間的に動きを止め、悲鳴にも似た叫び声を上げる。

『レーティ、逃げろっ』

「あはははは。大丈夫ぅ、ちょっと我慢すればぁ、すぐに楽になるからねぇん」

 楽しげに笑いながら、布の塊はダガーを口にくわえて、ダガーを持っていた方の手のひらを切り裂いた。

「え……」

 その行為に、少女も狼達も何が起こったかわからずに戸惑い、動けなくなる。

「ほぅら……お飲み? くふふ」

 ダガーをしまい、自らの血で染まった片手の指を、少女の口元に寄せる。

 硬直した少女の唇へと、まるで紅を刷くように指に絡みついた血を塗った。

 種族としての性質さがに、半ば反射で塗られた血を舌で舐めると、少女は元より大きい瞳を更に見開く。

(なんですのコレ……美味しい……。こんなの今まで味わった事無い…………魔力も)

 生命力、魔力。ともに質も味も申し分なく、口当たりもまろやかでどこか甘い。

「くふ。どうやらぁ、お気に召したようだねぇ?」

 ほら、と。また口元に寄せられた指を、今度は躊躇い無く舐めた。

 豊潤な魔力、生命力。今まで口にしたどんな血よりも美味しく、自身に馴染む。

 いつの間にか大人しくなった少女は地面に下ろされていたが、それに気付いたのはその手のひらについていた全ての血を舐めとった後だった。

「お腹いっぱいになったみたいだねぇ?」

 いつもなら、こんな少量で満ちる事など無いのに、確かに少女は空腹が収まっているのを感じとった。

「くふん。見物料には、これで足りたかなぁ?」

 言葉に弾かれたように顔を上げ、反射的に少女はコクコクと首を縦に振る。

 布の塊は満足そうに笑い、少女の手に白い紙包みを置いた。

「昼の残りだけどねぇ、コレはおまけだよぉ」

 そこの子達と食べると良いなんて言う。

「うふふ。良い毛並みだったからねん」

「あ……、ありがとうございます、ですの」

 立ち去ろうとする布の塊の裾を思わず握って、少女はそう言った。

「くふふ。どういたしましてぇ」

 軽く少女の頭を撫でて、布の塊はそのまま森の奥へと消えていった。



 ※ ※ ※



 それからどうしたかと言いますと、ルゼとフェルゼの縄を解いて、頂いた包みにあったビスケットを分けて食べましたわ。

 それから数日、いつもならとっくに渇きを覚える頃になっても、何故か平気でしたの。その代わり、あのお兄様のお姿が頭から離れませんでした。

『レーティ』

「フェルゼ、お願いがありますの」

『……。まだ匂いが残っていると良いが』

 その日の夜、出会った森を出ましたの。ただもう一度会ってみたい。それだけでしたわ。



「ふふ。それから……」

「あ。どうやら返って来た」

「じゃあ、ここまでですわね。うふふ。続きは、またの機会に」



 終

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