エ獄の王
「君が好きだ。好きだ。好きなんだ。」
彼は彼女に言った。十年越しの想いを伝え、彼女の言葉が知りたくて、胸が潰れてしまいそうになった。彼女は、そんな彼を一瞥して
「ごめんなさい。私好きな人が居るの。」
と言った。酸っぱい想いは熱く煮えたぎり、彼は頭が真っ白になって叫んだ。
「ふざけるなよテメェ!俺は十年も前からお前の事が好きだったんだぞ!」
彼女にとってそんなことは関係ない。だが彼にはそれがわからない。
彼は彼女を殴り倒して、朦朧とする彼女を連れ去った。彼は正義漢であった。本来の彼は決して犯罪など許さなかった。が、今の彼には法律など関係ないことだった。とにかく、彼女に振り向いて欲しかったのだ。
彼は家を買っていた。彼女と暮らすことを夢見て。その夢を実現させるための家であったが、彼女にとっての監獄に変わった。彼は彼女を椅子に縛り付けた。
監獄は地獄となり、王の許し無くして抜け出すことは叶わない。
彼女は囚われた。地獄に。王とは彼。逃げ道は絶望的に細く、真っ暗だ。たとえ抜け出たとて、それは彼の所有物になることに他ならない。彼女にとって、それだけはいけないことだった。彼女は彼を、自分の敵だと認識した。彼女は徹底的に抗うことを決めた。決して彼を満足させない。死ぬまでさせなきゃ彼女の勝ちだ。
彼は怒った。彼がどんなに尽くしても、彼女は何も反応しなかった。愛してると何度言っても、キスをしても、身体中を撫で回しても、彼女は何も反応しなかった。それに怒って、彼は彼女を何度も殴った。殴って殴って、殴り疲れて後悔して、彼女に何度も謝って、それすらも無反応。とうとう彼は諦めた。いや、いずれは自分のモノにしたいのだ。今だけは彼女のそんな態度も我慢しよう。そう思っただけだった。
彼女はそんな彼を見て、心の中で嘲った。これで少しは現実が分かっただろうと。しかしまた、このエゴイストがこんな簡単に諦める訳が無いとも考えていた。殴られたところが燃えるように痛んだが、彼の残念そうな顔を見て、ほんの少し報われたような気がした。
彼は焦っていた。彼女が、彼女に愛を込めて作った料理を食べてくれない。一口だって食べなかった。無理に食べさせようとしたが、固く口を閉ざし、決して受け付けなかった。彼はそんな彼女に料理を投げつけた。汚れてしまった彼女を見て
「違う!そんなお前が見たいんじゃない!」
彼は叫んだ。彼は彼女に美味しいと言って笑って欲しかったのだ。自らの理想が、それがただの妄想だったと、彼はようやく気づいた。だが、彼はもう後戻りなどできなかった。それに、彼は彼女を愛していた。どうしても自分のモノにしたいのだ。
彼女は日に日に痩せていき、ついには殆ど骨と皮ばかりになってしまった。今にも死んでしまいそうなほど、彼女は弱っていた。彼は焦って、どうにか生き延びさせようと、あらゆる手を尽くしたが、結局は死んでしまった。彼女はその死を以て、憎き彼に勝利した。彼が満足する事などなかったのだから。
彼は彼自身の手によって、彼の最も愛するモノを失った。その愛は一方通行であったが、いつしか彼女が振り向いてくれると信じていた。
彼は自らの幸福を願い、彼女の幸福を奪った。しかし、幸福は奪ったところで実らない。幸福とは育むものだろうから。
彼は彼女の幸福を願い、彼女の幸福を祝ってやるべきであった。しかし、彼は気付かない。彼はエゴイストなのだ。
彼は自らが創ったエゴの檻で、独りきりであった。だが彼にはわからない。彼には、まだ彼女がいた。ただの骨となった彼女。その骨は彼に優しく笑ってくれる。その骨は彼の不幸を慰めてくれる。その日あった嫌なこと、嬉しいこと、面白かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと。その骨は、いつでも彼の帰りを待っていた。彼は仕事が終わり家に着くと、いつものようにこう言った。
「ただいま」
そうするとその骨は
「おかえりなさい。あなた。」
そう返してくれるのだ。
ーー彼は決して気付かない。その幸福が、紛い物であることにーー
ーー彼は決して気付かない。その幸福が、長くは続かないことにーー
彼にとって一番大事なのは『自分が彼女を愛している』という、その事実だけなのだから。
胸糞悪くなるようなクソみたいな話を書きたかった。出来上がるとマジで何もかもクソみたいだった。