三話
工藤桜。
彼女の名前である。
そして、アタシに初めてできた友達の名前。
アタシは桜のことを授業中ずっと考えていた。
好きな食べ物はなにか、休日はなにをしてるんだろうとか、一つ一つはくだらないことかもしれないけれど、それらのことは友達がいなかったアタシにとって新鮮で楽しかった。
まあ、そのせいで授業をまったく聞いていなかったんだけど……これは後で勉強すればいい話だ。
それよりも今は約束を守ることが重要だろう。
そう今は放課後なのだ。
友達と一緒に帰る。
普通の人なら当たり前のことだろうが、アタシにとってそれは、テストよりも重要なことだ。まあ、もともとテストなんて重要視してないけど。
アタシは授業で使った教科書やノートを片付けて桜の席に向かう。
桜の席は窓際の一番後ろといううらやましい席だ。
「桜、帰ろう」
アタシが桜の席に着きそう言うと教室の空気が変わった。
あるものは持っていたカバンを落とし、あるものは慈悲の目を向けている。
一つだけ共通点があるとしたら、全員がこちらを見ていることだろう。
あちゃ……これはやっちゃたかな。
十分にこの事態は予想可能だった。
今この教室の空気を変えたのは、天崎紫という恐怖。
きっと、他のやつらにはこの何気ない光景が最悪を想像させたんだろう。
加害者はアタシ、被害者は桜。
そして、今から起こることは、かつあげ、暴力、もしくはそれよりも残酷で悲惨かもしれない。
これらのことがクラスのやつらが想像する最悪のことだろう。
アタシはただ忘れていたんだ。
天崎紫という少女は恐怖の象徴であるということを。
アタシは教室を出ようとする。
すると桜は、カバンを持ち、アタシの手を引いて教室を出ていく。
そのまま、アタシを昇降口まで連れていくと桜は手をはなした。
「急にどうしたんだよ」
アタシがそう尋ねると、桜は怒ったような表情をしている。
「だって、クラスのみんな、わたしがユカリにいじめられているって思ってたから」
「まあ、その理由はわかるけど」
「みんなユカリのことを誤解してるんだよ、本当は怖くないのに」
「まあ、確かにな、でもさ人ていうもんはほとんど見た目で判断すんだよ」
「ユカリは嫌じゃないの!? 自分がみんなに怖がられることに」
「嫌じゃないと言えばウソになるけどさ、もう慣れてんだよこんなことには」
「ウソだね」
「えっ……」
「ユカリは慣れてなんかない、慣れるていうのわね、なにも思わないてことなんだよ」
「……」
「ユカリは友達が欲しかったんじゃないの、だからわたしが友達になりたいて言った時、泣いてたんでしょ」
アタシは慣れてたんじゃなかったんだ。
ただ、我慢していた。
孤独を。
そうだ、だからアタシは友達ができた時すごく嬉しかったんだ。
「ごめん、アタシ……ウソついてたよ」
アタシが謝ると桜が優しい表情をしていた。
「うん、気づいてくれてよかった」
そう言って桜がアタシの頭を撫でる。
アタシと桜は身長が同じくらいなので撫でるのには、苦労しないだろう。
そういえば、なんで桜は怒っていたんだろう。
さっきのことだって、アタシの問題だしな。
うーん、わからない。
桜に聞いてみるかな。
「で、なんで桜は怒ってたんだ?」
「だから、ユカリがクラスのみんなに」
「うん? それはアタシの問題だろう。桜が気にすることなんてないんじゃなかないか?」
そう言うと、桜がムスッとした表情になる。
きっと怒ってるんだろう。
でも、なぜ怒ったのかはアタシにはわからない。
「ユカリ、わからないの?」
「うん」
アタシは素直に答える。
すると、桜は呆れたようにため息をつく。
「いい、ユカリ。わたしはユカリの友達だから怒っているの」
答えはそれで十分だった。
アタシに変わって怒っていたんだろう。
アタシが本当なら怒んなきゃなかったんだ。
だから、アタシは桜に感謝を込めてただ一言いう。
「ありがとな」
すると、桜はさきほどの優しい表情に戻り
「どういたしまして」
と答えた。
そして、アタシたちは、たわいない話をしないがら共に帰った。
三話目です。