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十六話

 最初に桜にエスコートされてやってきたのが射的だった。

 なんでも、桜は射的が得意らしい。

 さっきから、得意気に銃にコルクを詰めながらアタシにアドバイスをしている。

 ちなみに、アタシは射的が初めてだ。

「いいユカリ。こうやって構えるんだよ」

「こうか?」

「いや、こうだよ」

 はっきりといって桜のアドバイスは分かり難い。

 もちろん、そんなことはいわない。

 だって、桜かわいいもん。

 そんな些細なことはどうでもいいかなて思ってしまう。

 ああでもないこうでもないと話ていると、桜が手本を見せるといった。

 最初からそうすればいいのに。

「見ててね」

 桜はそういい銃を構えた。

 狙いはピンク色のクマのヌイグルミだろう。

 桜は暫し構えたあと、引き金を引いた。

 コルクは残念ながらクマのヌイグルミの脇に飛んでいった。

「今のは練習」

「そうか」

「次から、本番」

 桜は外したのが恥ずかしかったのか、顔がほのかに赤くなっていた。

 その後も射ちつづけ、残り一発になっていた。

 ちなみに、外した後は「これは練習」と言っていた。

 ずいぶんと長い練習だ。

 まあ、外した言い訳だとはわかっているが。

「これが本当の本番だから」

 桜は銃にコルクを詰めると銃を構えた。

 狙いはさっきから狙っているピンク色のクマのヌイグルミ。

 桜の表情はかなり険しい。

 さんざんアドバイスをしといて外したらメンツが丸潰れだろう。

 まあ、アタシは別に気にしないが。

 だけど、もし失敗したら励ましてあげよう。

 抱きしめようか、それとも頭をなでようか。

 うーん、悩む、そうだ両方しよう。

 うん、それがいい。

「なんか、外してほしいという囁きが聞こえるんだけど?」

「き、気のせいだ」

 鋭いッ!!

「ふーん、それならいいんだけど」

 もしかして、考えてたことが声にでてたか?

 桜はハァとため息をつくと銃を再度構えた。

 そして、銃を射った。

 コルクはヌイグルミにあたったが残念ながら倒れなかった。

「ダメだった」

「まあ、そう落ち込むなよ」

 アタシはそう言って桜の頭をなでる。

 抱きしめようとも思ったがよく考えたら人前では恥ずかしい。

 なので、なでるだけにしておく。

「だれにだって失敗するときある」

「……うん、ありがとう」

「どういたしまして」

 桜がはにかんで笑った。

 頬もわずかながら赤くなっていた。

「じぁ、次はユカリの番だね」

「ああ」

 桜から銃を受け取り、コルクを詰める。

 狙いは桜が狙っていたヌイグルミ。

 これを狙っていたということはよっぽど欲しいに違いない。

 なので、もしとれたら桜にプレゼントする。

 そうすれば、桜は喜ぶはずだ。

 ヌイグルミを抱きしめながら喜ぶ桜。

 見たい。

 絶対見たい。

 アタシは銃を構えヌイグルミを狙おうとしたとき、店員の持っているものに気づいた。

 店員は震える手で『人に向けて射たないでください』と書かれたボードを持っていた。

 角度からしてアタシに見せるかのようだ。

 店員はアタシの視線に気づいたのかヒッと小さく悲鳴をあげて、顔をボードで隠した。

 失礼なやつだ。

 だれが人に向けて射つものか。

 アタシは再度ヌイグルミに狙いを定めると引き金を引いた。

 かすりもしなかった。

 射的というものは案外難しいのかもしれない。

 そのまま射ち続けてかすりもしないまま、残り一発になっていた。

「……」

 まあ、大体わかっていたことだ。

 初心者のアタシが景品をとれるわけがない。

 だが、取りたい。

 それでも取りたいんだ。

 桜の喜ぶ顔を見るためにっ!!

 アタシは引き金を引いた。

 銃から放たれたコルクはヌイグルミに吸い込まれるように飛んでいった。

 あたってくれ。

 コルクはヌイグルミの鼻の部分にあたり上に飛んでいく。

 ヌイグルミはコルクに与えられた衝撃によって、床に落ちていった。

「よし」

 アタシは小さくガッツポーズをとる。

 これで、桜の喜ぶ顔を見ることができる。

 アタシがそう確信した時、店員から小さな悲鳴が上がった。

「イタッ」

 店員が目に涙を浮かべながら鼻を押さえていた。

 その近くにはコルクが転がっていた。

 もしや、あのコルクはアタシが射ったものなのか。

 そういえば、ヌイグルミにあたったあとどっか飛んでいったな。

 まさか、店員にあたっていたとは。

 アタシはスナイパーに向いているのかもしれない。

 ……て、そうじゃないだろ。

「ご、ごめん」

 アタシは謝った。

「だだだ、大丈夫ですっ!!」

 店員が顔を青くしながら言う。

 大声で言ったためか、周りの視線を感じる。

 これでは、アタシが悪者みたいじゃないか。

 あ、アタシがあてたんだった。

「はぁ、ユカリ」

 桜がため息をついて、アタシの肩に手をポンと置いた。

 そして、一言。

「店員さんは景品じゃないよ」

 店員は一層顔を青くした。




「疲れたぁ」

 アタシは歩きながら言った。

 あのあと、店員が土下座をしようとし、アタシはそれを必至に止めた。

 桜はそれをクスクスと笑いながら見ていた。

 おかげで、1時間も時間を使ってしまった。

 ちなみに、店員は景品ではないのでもらっていない。

 あたり前だ。

「お疲れ」

 桜は白々しく言う。

 なんか文句でもいってやろうかと思ったけど……やめた。

 なぜなら、桜が可愛かったからだ。

 桜は今、アタシが取ったヌイグルミを大事そうに抱き抱えていた。

 その表情は今にも鼻歌が聞こえてきそうなくらい上機嫌だ。

「うん?」

 桜がアタシが見ていることに気づいたのか、首を傾げてアタシを見る。

 女の子らしいかわいい仕草だ。

「いや、なんでもない」

「そう……あ、そうだユカリ」

「どうした?」

「ヌイグルミ……ありがとうね」

 桜はそう言って顔を赤くした。

 もしかしたら、恥ずかしかったのかもしれない。

 やばい、キスしたくなってきた。

 だが、ここじゃまずい。

「桜」

 桜の制服を掴んだ。

 桜はそんな態度をみて察したようだ。

「……わかった」

 桜と手をつなぐと屋上に向かった。

 アタシは桜と文化祭が終わるまでキスをした。




「今日は楽しかったね」

 帰り道、桜が言った。

「そうだな」

 実際はほとんどキスして終わってしまった。

 桜とのキスは好きだから別にそれでもいいのだが。

「ユカリて、キスうまくなったよね」

「なっ!! 突然なに言うんだよっ」

「だって、本当のことだよ」

 桜は自分の唇に指をあてる。

 アタシがキスした唇だ。

 そう考えると恥ずかしくなってきた。

 キスしている時も少し恥ずかしいが、キスに夢中になって気にしない。

 だけど、後から考えると恥ずかしくなってしまう。

「ユカリ、かわいいー」

 桜が頭を撫でてきた。

 うぅ、なにも言い返せない。

 桜はそんなアタシを見て微笑む。

「ねえ、ユカリ」

「……なに?」

「実はわたし凄く悲しかったんだ」

 なんのことだろうか?

 もしや、キスしたことか。

 でも、桜がキスを嫌がる素振りはない。

 むしろ、桜からする時もある。

「劇のことだよ」

「劇……あ」

「思い出した?」

「ああ。でも、桜アタシが嫉妬したことを嬉しいて言ってたじゃないか?」

「うん。確かに嬉しいとは言ったよ。でもね、それと同じくらい悲しいて思ったんだ」

「……」

「ユカリと一緒に頑張って練習したことを見てくれなかった、て思うと凄く悲しい気持ちになったの。ユカリがてでいく姿見たとき泣きそうになったんだから」

 桜の目から涙が流れた。

「ごめんね、泣くつもりはなかったんだけど」

 桜は何度も手で涙を拭うが、涙は一向に止まらない。

 泣く桜を見てアタシは気づいた。

 アタシはなんてバカだったんだろう。

 自分の感情を優先して、劇を途中で抜け出して、挙げ句のはてに言い訳を考えるなんて。

 とんだ、グズ野郎じゃないか。

 自分で自分を殴ってやりたい。

 だが、それはダメだ。

 それは自分自身を優先する行為だ。

 今、学んだんじゃないか。

 自分自身のことを優先して大切な人を傷つけた後悔を。

 だから、やることは1つしかないだろう。

 アタシは桜を抱きしめ、耳元に唇を近づける。

「ごめん」

 謝った。

 それはシンプルな言葉かも知れない。

 だが、言葉を着飾るほどアタシのコミュ力はない。

 それに大切な言葉は分かりやすい方が伝わると思った。

 だから、アタシは思ったままのことを口にした。

「アタシがバカだった、ごめん。アタシが身勝手だった、ごめん。劇を最後まで見なかった、ごめん」

 何回も「ごめん」と言った。

 桜はなにも答えずにただ聞いていた。




 何分たっただろうか。

 すでに、陽は落ちて夜になっていた。

 桜はなにも言わずに隣を歩いている。

 顔は髪で隠れて見えないが、まだ少し泣いているかもしれない。

「ここまででいい」

 気がつくといつもの交差点についていた。

「家まで送っていくぞ」

 桜は首を横に振る。

「そうか。んじゃ気おつけて帰れよ」

 アタシがそう言うと桜は歩いていった。

 あれでよかったんだろうか。

 今さらながらアタシは思った。

 もう少しかける言葉はあったんじゃないか。

 無理にでも送ってやるべきだったんじゃないか。

 今ならまだ間に合う。

 よし、やろう。

 たとえ後悔しても、やるべきことをやってからの方がいい。

 駆け寄ろうとした時、桜が足を止めて振り返った。

「許すから」

「えっ……?」

「だから、劇でのこと許すって言ってるの……キャッ」

 桜からかわいい悲鳴が上がった。

 無理もないだって、アタシがいきなり抱きついたのだ。

 しかも、しっかり助走をつけて。

 桜は転びそうにながらもなんとかアタシを受け止めた。

「あ、危ないよっ!! ユカリっ!!」

 桜が怒ったがアタシの耳には入ってこなかった。

「桜っ!! ありがとうっ!!」

 桜の首に顔を埋めた。

 桜のいい匂いが心地よく感じた。

 とにかく、嬉しかった。

 嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

 このまま、押し倒すぐらいの勢いだ。

「苦しい……」

「あっ、ごめん」

 危うく窒息死させるとこだった。

「もう、いきなり抱きつかないでよ」

「ごめん、つい嬉しくて」

「そう、だったらしかたいね」

 許してくれた。

「でも、なんかお詫びをしてほしいな」

「今の?」

「それと、劇でのこと」

「許してくれたんじゃ」

「お詫びをしたらね」

 桜のケチ。

 と、いいたいところだが、それで許してくれるんならありがたい。

「でも、お詫びってなにすればいいんだ?」

「それくらい自分で考えてよ。でも、ヒントくらいはあげる。今日わたしが屋上でしたこと」

「ああ、わかったよ」

 アタシがそう言うと桜は目を閉じた。

 ほのかに頬が赤くなっていた。

 アタシは顔を近づけて、キスをした。

 屋上での桜のお詫び。

 それは『キス』だった。

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