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十五話

 文化祭当日。

 アタシと桜は教室で桜の衣装のチェックをしていた。

 衣装係が一応チェックしたのだが、桜が個人的にチェックをして欲しいというので、アタシは桜の衣装をチェックしているのだ。

「おかしいところはないぞ」

 アタシは桜の衣装を見てそう言った。

 今の桜の姿は、制服である。

 でも、この学校指定のものではなく、文化祭のクラスの劇用に作られたものだ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「でも、わたしが訊きたいことはそこじゃない」

 どういうことだ?

 そう思って桜を視ると、桜は服を見せるかのようにクルリと回った。

 なるほどな。

「かわいいぞ」

「それだけ?」

 どうやら、まだ足りないらしい。

「今すぐ脱がせたくなる」

「っ!?」

 桜はアタシのセクハラ発言にボンっと音をて、顔を真っ赤に染めた。

 桜は攻めは強いが受けは弱い。

 アタシはそのことを知って以来桜をからかうのがマイブームになった。

「ユカリ!? そのそういう発言は時と場所を選んでっ!?」

 顔を真っ赤にして怒る桜。

「選んでるぞ。今教室にアタシと桜以外誰もいないからな」

「えっ?」

 桜は周りをキョロキョロと見回す。

「なんで? 誰もいないの?」

「わからない」

 アタシは素直に答えた。

「みんな、文化祭でも回ってんじゃないか?」

「いや、それはないと思うよ。だって劇は10時からだから」

 桜は教室にある時計を見ると、

「てっ、もう10分しかないっ!!」

 と、言いながら慌てる桜。

「大丈夫だろ。体育館まではそんなに遠くないし」

 アタシは呑気にそう言った。

「大丈夫じゃないよっ!! 走っていくよ!!」

 桜はアタシの腕を掴んで走って教室を出た。




 体育館には大勢の人達がいた。

 パンフレットを見ている学生や、楽しそうに話しているカップルなど。

 それぞれ思い思いのことをしている。

 アタシはそんな中、1人壁に寄りかかり壇上を見ていた。

 今、壇上では1人の生徒が出し物についての説明をしている。

 説明によると、最初はアタシのクラスでやる劇をやり、次にバンド、お笑いなどがあるらしい。

 まあ、アタシは劇以外はどうでもいいが……。

 その後も説明は続き、出し物の話から文化祭に関する注意事項に、さらに校長が出てきて長話。

 いい加減聞き飽きたのか、最初は静だった観客達から話声が聞こえる。

  ようやく話は終わり、生徒は壇上から降りて行く。

 そして、それを合図に劇の始まりをアナウンスが告げた。

 幕が上がり、ステージを照らす光りが暗かった観客席に光りを灯す。

 観客達は話をやめ、体育館の中は静寂に包まれた。

 いよいよか。

 今思い返せば楽しかったな。

 最初は桜が劇の練習を一緒にしようて言ったんだっけな。

 そこから、泊まり込みで練習しようて話になって、そして……。

 アタシがそんな事を考えていると桜がステージに出てきた。

 桜は緊張してるのか、その表情は硬く、少し小走りになっている。もしかしたら桜は、こういうことは苦手なのかもしれないな。

 桜はステージの中心まで行くと、止まり、観客席の方に身体を向けた。

「桜がキレイ……」

 大量の作り物の桜吹雪がステージに舞い、ステージを覆い隠す。

 おいおい、いくらなんでも多すぎだろうが。

「君もそう思うかい」

 主人公役の男子生徒が、普段は絶対言わないであろうキザなセリフを吐きながらステージに出てきた。

「だれ?」

 桜吹雪が止み、大量の桜吹雪を被った、桜が再度姿を現した。

 男子生徒は、

「そんなことどうでもいいじゃないか、今は桜が綺麗なんだから」

 桜に近づく。

「それに」

 さらに、男子生徒は桜に手を伸ばし、

「花びらがついてるよ」

 1枚の花びらを取って、マンガに出てくるようなイケメンの様に、歯を見せて笑った。

 …………。

「どうも……」

「まだついてるね」

 男子生徒は、再び手を伸ばし、桜から花びらを取る。

 1枚目。

 …………イラッ。

 2枚目。

 ……イライラッ。

 3枚目。

 イライライラッ。

 4枚目。

 ……なんかムカつく。なんだよ、あの男子生徒はっ! さっきから桜に触りやがって!

 アタシは怒鳴り散らしたい想いを抑え、唇を噛みしめる。

 きりがないと思ったのか、桜は衣装の制服についた花びらを、手で払い除ける。

「で、あなたは誰ですか?」

 桜は男子生徒に尋ねた。

「ひとに名前を尋ねる時は、まず自分から名乗れて教わらなかったかい」

 いちいちムカつくやつだ。

「…………佐々木春です」

「春ちゃんか。いい名前だね。僕は春が好きだよ」

 アタシはおまえが嫌いだよ。

「あなたの名前は?」

「僕かい、僕は宮野誠哉だ」

「おぼえておくわ」

「それはありがたい、んじゃ僕も覚えとくよ。春ちゃん」

 男子生徒はそう言って、ステージから去って行った。

 なにが、春ちゃんだよっ。

 どうせ、そうやって何人も口説いてきたんだろうが、このたらしがっ。

「なんだったんだろう、あの人」

 桜はそう言って、ステージから去って行った。

 その後、ステージは一旦暗闇となり、次の準備を始める。

 アタシは暗闇の中、目を閉じた。

 …………落ち着けよ、アタシ……。

 自分自身を宥める。

 たかが劇じゃないか……。

 そうだ、これは劇だ、作り物だ。

 気にする必要なんてない、だから落ち着け。

 アタシは自分に何度も言い聞かせる。だが、

 ハァ……ダメだな。

 アタシは一つ溜め息を吐いた。

 これ以上は限界だ。

 いくら劇だと分かっていても、さっきのシーンに苛立ちを感じる。

 あのギザ野郎をぶん殴って、桜を連れて行きたいと思ってしまう。

 だが、そんなことはしちゃいけない。

 桜が初めて、アタシと個人練習という形で、文化祭に参加させてくれたこの劇を、壊しちゃいけない。

 アタシは壁から背を離し、体育館の扉に手を掛ける。

 ごめんな、桜。

 アタシは体育館の扉を静に開け、体育館から去って行った。




 1時間後。

 アタシは1人、屋上で仰向けに寝ながら青い空を眺めていた。

 空は曇1つない青空で、太陽がアタシを見下ろす。

 下は喫茶店なのか、いらっしゃいませーや、ありがとうございましたなど、接客用語が聞こえる。

「どう説明するかな……」

 アタシはボソリと呟いた。

 もちろん、劇を最後まで見なかった件についてである。

 見るとは一言もいわなかったので、見なかったと言えばいいんだろうが、一般論で考えて、友達が出る劇を見ないのはマズイだろう。

 しかも、桜と一緒に体育館に行ったから、そこから別の場所に行ったとなれば、相当のひねくれものだと思われるに違いない。

 ありのままを説明するしかないのか。

「桜に触りまくる男子生徒に嫉妬してしまいましたって……」

 絶対に言えないな。

 もし、こんなことを言ったら恥ずかしさのあまり桜の顔を見れないだろうな。

「そういう訳だったんだ」

 この声はまさかっ!?

 アタシは身体を起こし、周りを見ると、

「さ、桜っ!?」

 桜がいた。

「もしかして今の聞いてたっ!?」

「うん、もちろん」

 アタシが尋ねると、桜はニッコリと微笑みながら答えた。

 アタシは桜から目を逸らす。

 聞かれた……。

 どうしよう……物凄く恥ずかしい。

「ねえ、ユカリ」

 ……。

「聞こえてるの?」

 ……聞こえてる。

「……」

 ……。

 …………。

 ………………。

「ごめんね、ユカリ」

 沈黙が続くなか、桜は小さな声で言った。

「どうして桜が謝る必要があるんだ。本当に謝らなきゃいけないのはアタシなのに」

 アタシは目を逸らしたまま、言い返す。

「確かに、ユカリも謝らないといけないよ」

「その通りだ、だから」

 アタシは謝ろうと、桜を見た。

 だが、その言葉は桜に遮られた。

「でも、わたしも謝らないといけないんだよ」

「どういうことだ?」

「ユカリに……嫉妬させたからだよ」

「なんで、アタシが嫉妬したからって桜が謝るんだよっ」

「だって……ユカリに嫌な想いをさせたから。それにね……」

 桜は一旦、話すのを止めて、微笑んだ。

「嬉かったの」

「……えっ!?」

 桜の言葉に耳を疑った。

 嬉かったの……どういうことだ?

「ユカリはわかんないみたいだね」

 アタシが考えていると、いつの間にか、桜の顔が近くにあった。

「なっ!?」

 アタシは驚きの声を上げ、桜から離れようとするが、その前に桜に抱きつかれてしまう。

「なんで、わたしがユカリが嫉妬して嬉かったのかというとね……」

 桜は耳元でそう囁く。

 くすぐったいと思いながらも、アタシは桜の言葉を聞き逃さないようにした。

「嫉妬ていうのは、そうしたいという欲だからだよ。つまりね、ユカリはあの男子生徒みたいにわたしに触れたいてことだから」

「……確かにな」

「うん、そうでしょ」

 アタシがそう言うと、桜は嬉しそうに微笑んだ。

「嫉妬させてごめんね」

「アタシもすまなかったな、最後まで見なくて」

 桜が謝り、アタシもそれに倣うように謝る。

 これにて一件落着と思いきや、

「ユカリ、なにかお詫びをさせてよ」

 桜がそんなことを言ってきた。

「いや、いいよ。アタシも悪いことをしたしな」

「ダメ。それでもわたしはユカリにお詫びしたいの」

 桜は唇を尖らせながら、ただをこねる子供の様に言った。

 これは断っても無駄か……。

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 アタシは観念した。

 桜はアタシに向かって、

「うん、ありがとう」

 と言って、キスをしてきた。

 最初は驚いたが、次第にキスが心地好く、愛おしく感じる。

 キスはどんどんと激しくなり、唇を離した時には、互いに頬を赤らめ、呼吸が荒くなっていて、アタシと桜を繋ぐように、銀色の橋が掛かっていた。

「なんでいきなりキスしたんだ?」

 アタシは呼吸を整えた後、今も抱きついている桜に尋ねた。

「お詫びだよ」

「キスがお詫びって、どうかと思うが……」

 アタシがそう言うと、桜は

「嫌だった?」

 とイタズラが成功した子供の様に微笑んだ。

「嫌じゃない……」

 素直に言った。

「そう、それは良かった」

 桜はそう言って、アタシから離れた。

「あっ……」

「もしかして、もっとしてほしいの?」

 桜はそう言って、からかうようにアタシの顔を覗き込んだ。

 桜のやつ、わかっててやってるな……。

 アタシは恥ずかしいと、思いながらも、素直にコクリと頷いた。

「わかった。でも、今はやめとこう」

「えっ……どうして?」

「だってそしたら……」

 桜は自分の唇に指をあてて、

「止まりそうにないから」

 と言った。

 突然のことにポカーンとするアタシに、桜は

「それに文化祭一緒に回るんでしょ」

 と、アタシの唇に指をあてる。

 ああ、そういえば喫茶店でそんな約束したな。

 アタシはコクコクと頷き、肯定の意を示し、桜は唇から指を離した。

「エスコートよろしくね」

 と、桜は手を差し出す。

 任せろ、とかっこよく言いたいところだが、いままで文化祭にあまり参加していなかったので、どうすればいいか分からない。

 アタシは少し考えた後、

「いや、エスコートは桜に任せる」

 アタシはそう言って桜の手をとった。

「……わかった」

 桜は少し残念そうに、呟くと、アタシの手を引っ張り歩き出した。


 

十五話目です。

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