十三話
桜の様子がおかしい。
アタシがそう思い始めたのは桜の家に着いてからだった。
桜の家は、あるアパートの二階の奥にある。
間取りは、玄関から入り、右にトイレと風呂、正面にキッチンとその奥に今アタシがいる居間があり、一人暮らしには充分な広さである。
そして今アタシと桜は、桜が作った料理を食べ終え、温かいミルクティーを飲んでいた。だが……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
会話が全くない。
さっきからずっとこんな調子なのである。
しかもアタシには思いあたる節がない。
簡単に言えばお手上げ状態なのだ。
アタシもしかしてなんかしたんじゃ……。
脳内に不安がよぎり、アタシは桜を見た、桜はアタシと目が合った瞬間、顔を隠すように目を逸らす。
………………。
「なあ、桜」
「なっ、なにユカリ?」
アタシが思いきって話かけると、桜は落ち着かない様子で答える。
「アタシもしかして何かしたか?」
「な、なにもしてないよ」
桜は緊張した様子で答える。
そして、今度は桜が尋ねた。
「でも、どうして急にそんなこと聞くの?」
「桜が……うーん、なんて言えばいいんだろうな」
アタシは腕を組み考える。
たくさんあるが分かりやすく一言でいうなら、
「挙動不審」
「挙動不審?」
「うん、だってさっきからさ、目も合わせないようにしてるし、話てるときも緊張してるようすだから」
アタシがそう言うと桜は顔を隠すように俯いた。
そして、桜は小さな声で囁いた。
「実はね今凄く緊張してる」
そう言って桜は顔を上げた。その顔は恥ずかしさのためか赤くなっていた。
「それはなぜ?」
アタシがそう答えると、桜はまっすぐにアタシを視て
「だって、好きな人と部屋で二人きりなんだよ」
「あっ」
「わかった? わかったんならその……」
桜はそう言ってまた俯いた。
アタシも恥ずかしさのあまり、桜を視ることができず、目を逸らす。
「………………」
「………………」
「………………」
「……そうだ、そろそろお風呂沸いたと思うから、先どうぞ」
「あ、ありがとう」
アタシは逃げるようにその場を後にした。
アタシは湯に浸かりながら、さっきのことを考えていた。
好きな人と二人きりか……。
さっき、桜が言ったことだ。
確かに、緊張して挙動不審になるのはわかるけど……こっちまで緊張しちゃうじゃないか……。
でも、好きな人か……。
……恥ずかしいけど、嬉しかったな。
でも……。
これって、友達に抱く感情じゃないのかな?
アタシは自分が桜をどう思ってるか、整理しようと、思いつく限り思いだす。
一緒に話たい。一緒にご飯を食べたい。一緒に遊びたい。
そして、なによりも、一緒にいたい。
………………うーん、どうだろう?
微妙なとこである。
友達同士でもそれは思うことなんじゃないか?
そして、当然、恋人同士でも。
アタシは頬をほのかに赤く染める。
恋人同士か……。
桜と手を繋いだり、デートをしたりするんだろうな。
当然、キスも……。
アタシは桜とキスする光景を思い浮かべる。
艶やかな黒髪に、桜のように淡い桃色の唇。
白い頬がほのかに赤く染まり、瞳は潤んでいる。
桜はアタシに近づいて、アタシの背に片手を回し、もう片方をアタシの頬に添える。
アタシはそれに答えるように、桜の頬に片手を添え、もう片方を桜の背に回す。
そして、アタシと桜は見つめ合ったあと、目を瞑り唇を、と次の瞬間。
バンッ、突然風呂の扉が開いた。
アタシはその音に驚き、扉の方を視るとそこには、
「ユカリ一緒に入ろう」
桜がバスタオル一枚を纏い頬を染めながら立っていた。
「桜ッ!?」
アタシは驚き声を上げる。
「少し詰めてくれる?」
「わ、わかった」
桜はアタシが脚を曲げ体育座りの姿勢になると、空いたスペースに入ってきた。
アタシはどうにか体を隠し、桜の様子を伺う。
桜は頬を赤く染め、アタシを見ようとはしない。
………………。
………………。
互いに何も言えないまま数分が過ぎだ。
そんな沈黙の中、桜が口を開く。
「ユカリ」
「な、なに」
桜は目を逸らしたまま、アタシを呼んだ。
「約束覚えてる?」
「当たり前だろ」
だから今もこうして悩んでるだろうが。
「そう、ありがとう」
「ああ」
「一つお願い聞いてい貰えないかな」
「いいけど」
アタシがそう答えると桜は目を逸らすのをやめ、まっすぐにアタシを見た。
アタシもそれにつられるように桜を視る。
そして、桜が緊張した様子で口を開いた。
「キスしよう」
そう言って、桜はアタシに抱きついてきた。
「ちょっと、さ、さくら」
えっ!? どうして急に!?
動揺するアタシに桜は囁く。
「ユカリがいけないんだよ」
「えっ」
「これだけ待ってるのにさ、答えてくれないんだもん」
「だって、文化祭まで待ってくれると言ったから」
そうだ、文化祭まで待ってくれる約束だったのに、なんで!?
「最初は待とうと思ったんだ」
「じぁ、なんで!?」
「でもね、無理だった。こうしてユカリが近くにいて、周りには誰もいない。こんな状況でなにもしないなんて無理だよ」
「そんな……!!」
「だから、嫌だったら抵抗してね。じゃないと……エッチなことしちゃうから」
そう耳元で囁いて桜は動いた。
最初は耳にキスをし、次は頬に、鎖骨にとキスをした。
だが、不思議と嫌悪感は生まれなかった。
むしろ、このまま受け入れたい心が訴える。
そこでアタシは気づいた。
このまま受け入れたいと思うのは友達としての感情じゃないことに。
そして、この感情は恋であることに。
「抵抗しないんだね」
アタシがそんなことを考えていると、桜がキスしようと顔を近づけてくる。
艶やかな黒髪に、桜のような淡い桃色の唇。
白い肌が赤く染まり、瞳は潤んでいる。
想像していた通りだ。
「……桜」
このまま受け入れよう。
そして、終わった後に言おう。
キスの答えを。
アタシは目を閉じようとした。だが……。
なんか目眩が……。
目の前の桜の顔が揺らぎ、視界が点滅する。
そして、そう感じた時にはアタシは意識を失っていた。
「あれ、なんで寝てんだ?」
目が覚めると、そこはベッドだった。
体には毛布がかけられており、服装はいつの間にかパジャマになっていた
アタシは起き上がり、周りを確認する。
幸いにも、月明かりが窓から差し込んでくるので周りを確認するには十分だった。
すると、ベッドにうつ伏せに寄りかかるように寝ている桜を見つけた。
「桜」
呼んでみたが、起きる気配がない。
どうやら、熟睡してるみたいだ。
「風邪引くぞ」
アタシはそう言って桜に毛布をかける。
そして、アタシは桜の寝顔をジーと覗きこむ。
なんか忘れてるような。
………………あっ。
そうだ。そうだよ確かアタシ風呂で桜に……。
風呂での光景が脳内におぼろげながら浮かび、顔が赤くなった。
桜が風呂に一緒に入ると言って入ってきて、そのあと気まずい空気になった。
そうして、桜がようやく口を開いたと思ったらキスしようといってきて。
その後、桜がアタシに抱きついて、いろんなところにキスしてそれで……あれ、なんだっけ?
確か……そのあと……唇にもキスしようとして、あれ?
キスされたんだっけ?
アタシは必死にさっきの光景を思い浮かべるが。
駄目だ……キスされそうになったことまでしか思い出せない。
アタシはハァとため息をついた。
「キスされたのかな……」
アタシは指で唇をなぞった。
「…………ダメか」
桜にキスされたなら感触ぐらいは残ってると思ったんだけどな。
残念だ……。
やっと自分の気持ちに気づくいたのに。
アタシはベッドから降りて桜の隣に座り、小さな声で呟く。
「桜。アタシなようやく自分の気持ちに気づいたよ」
鼓動が高鳴り、顔が熱をおびる。
緊張しているのだ。
今から自分が伝えることは桜がちゃんと聞いてくれるときに言わなくてはならない。
でも、それでも気づいてしまったから。
「アタシは桜のことが好きだ」
それは初めての告白だった。
とても勇気がいる恋の告白だ。
「でもさ、この気持ち桜に伝えるのはもう少し先になりそうだ」
まだ面と向かって告白する勇気がないから。
「だからこれからやることは今のアタシの精一杯の気持ちだ」
アタシは桜の髪を手で優しく撫でる。
そして、アタシは桜に顔を近づけて頬にキスをした。
「次はちゃんとキスしような」
アタシはそう言うとベッドに戻り毛布をかぶった。
今夜は眠れそうにない。
アタシはそう思いながら、目を閉じた。
遅くなりました。
十三話目です。




