十二話
アタシは一人図書室にいた。
あのあと、すぐに放課後になった。
劇の練習は放課後も時間ギリギリまでやるということで、桜は学校に残ることになった。
その間にアタシはいったん家に帰り、泊りに必要な物を用意してまた学校に戻ってきたのだ。
だが、戻って来たのはいいが、教室には劇の練習メンバーしか残っておらず、さすがに教室に入りにくいとなり、桜に図書室待ってるとメールを送って今の状況に至ったわけだ。
アタシは読みあきた本をテーブルに置き、ケータイを開く。
時刻は四時五十分、確か完全下校時間は五時なのでもうすぐ練習が終わるはずだ。
と、その時不意に一人の生徒が目に止まった。
その生徒はアタシを何度もチラッ、チラッと見てくる。
なんだと思いそいつを見ると、直ぐに目を反らした。
よく見ると、制服に図書委員のネームプレートがあり、手には鍵が握られていた。
戸締まりをして早く帰りたいということか。
しょうがない。
アタシは席を立ち本を元の棚に戻す。そして、荷物をまとめて図書室を後にした。
半ば追い出される形で、図書室を後にしたアタシは教室に向かっていた。
桜には図書室で待っているとは伝えたけど、まあしかたない。
アタシはそう思い、廊下を歩いていると近くから声が聞こえた。
「すみません、用事がありますので」
……桜?
アタシは周りを見渡すと、階段の踊り場に桜ともう一人男子生徒がいた。
髪は茶色に染め、耳にはピアスしており、制服はブレザーのボタンは閉めず、ネクタイを緩めている。
だれだあのチャラ男は?
アタシはしばらく物陰に隠れ様子を見ることにした。
「用事なんて別にいいじゃん、それよりもさカラオケ行こうぜ、カラオケ」
男子生徒もとい、チャラ男はそう言って笑いかける。
これって、デートの誘いか?
アタシが呑気なことを考えてると、
「いい加減にしてください! 用事があるて言ってるじゃないですか!」
桜の声が廊下に響きわたる。
桜が怒ったのだ。
アタシは驚き、状況を理解した。
これはデートの誘いではあるが、桜はそれを断りたいのだ。だが、チャラ男はそれでもお構い無しとばかりにしつこく誘い、それがいい加減頭にきた桜が怒ったというとこだろう。
だが、チャラ男はそんなこと関係ないとばかりに、
「えー、この前も用事て言って断ったじゃん。今回は用事よりもこっちを大切にしてほしいなぁー」
桜は苛立ちを抑えるかのように肩を震わせながら俯く。
間違えないな。
アタシは物陰から出て桜を助けようとするが、それよりも早く、
「もしかして俺嫌われちゃったかな?」
チャラ男はフッと笑い。
「なにか言ってよ?」
桜の肩に手を触れようとした。
あの野郎ッ……!!
「桜に触るな!」
アタシは物陰から出てチャラ男は怒鳴った。
「なんだ? てめェ」
「ユカリ!?」
突然の第三者の乱入にチャラ男は最初は睨みにけたが、その第三者がアタシだとわかると、怒りの表情は恐怖に変わった。
桜はアタシがきたことに驚きを隠せない。
アタシは二人の間に立ってチャラ男を睨み付ける。
「あっ、天崎!?」
「お前今桜になにしようとしてた?」
アタシは自分の怒りを抑えながらチャラ男に尋ねる。
ここで、怒りに任せてしまえば楽だろうがそれだと桜に迷惑がかかるかもしれない。
チャラ男は怯えて一歩下がる。
「いやっ……その、ですね」
必死に言葉を探しているのだろうが、チャラ男はまともに答えられない。
「ハァ、だらしない」
アタシはあまりのチャラ男の変わりぶりに呆れた。
「もういい、どっか行け」
アタシはシッシッと虫でも払うかのように手を振る。
「はっはいっ、失礼しましたァ!!」
チャラ男はおぼつかない足取りで走りながら去っていった。
アタシはチャラ男がいなくなったのを確認すると、振り返り桜を見た。
桜は俯き、どんな表情をしているかわからない。
アタシは桜に聞きたいことがある。
あの、チャラ男はだれ? 前も誘ったていってたけどどういうこと?
だが、そんなことよりも、桜が心配だ。
「桜、大丈夫か?」
「…………」
「…………」
「…………」
返事がない。どうしよう。
友達がいなかったアタシはこういう時、どうすればよいかわからないのだ。
きっと、普通に生きてるやつはこういう時どうすればいいかわかるんだろうな。
だから、アタシが今からやることは正しいかわからない。それでも、なにもしないよりはいいと思うから。
アタシは桜に一歩近づき抱きしめた。
「えっ!?」
桜が驚きの声をあげるが、アタシは離さない。
そして、アタシは気づいたのだ。
「離してよ、ユカリ」
「ダメだ、だって桜、震えてるだろ?」
桜は震えていた。
よほどチャラ男が怖かったのだろう。
「震えてなんか……」
「ウソつくなよ、アタシは今桜に抱きしめてんだぞ、震えてるかどうかなんて直ぐにわかる」
「そう?」
桜がアタシを見た。
そして、その瞳に涙が今にも流れるかのように溜まっていた。
「ああ、だから震えが収まるまでこうしといてやる、だからさ、見栄をはるな」
アタシは桜に微笑み、頭を撫でる。
「うん」
桜はアタシの背中に手を回すと、泣き声を隠すように強く抱きしめた。
この見栄ぱっりめ。
アタシはそう思いながら目を閉じた。
そして、桜の涙声が小さく聞こえた。
桜が泣き止んだ後、アタシと桜は帰ろうとしたが校門が閉まっていた。
完全下校時間をとっくに過ぎていたことに気づいたのはその時だった。
アタシと桜は職員室残っている先生に正直に説明する事もできないため「文化祭の準備に手間取ってしまった」と、嘘をでっち上げて校門を開けてもらった。
幸いにも、嘘はばれることがなかった。
なんでも、文化祭の準備中はそのような生徒が何人かでるらしい。
そして、今アタシと桜は帰り道を一緒に歩いていた。
「今日はありがとう」
会話が途切れた時、桜が唐突に言い出す。
「別に気にしなくていいよ」
「それは無理だよ」
「えっ?」
「だって本当に困ってたんだよ、それをユカリが助けてくれた。そんな大切なことを気にするなて言われても、無理だよ」
なんか照れくさいな。
人にお礼を言われたのって初めてかも知れない。
「んじゃ、大事に覚えといて」
「そうするよ」
そう言って桜が微笑んだ。
そう言えば、あのチャラ男と桜て結局……どうなんだ?
あの時は聞きける雰囲気じゃなかったが今なら聞けるのでは。
「一つ聞きたいんだけどいいか?」
アタシは聞くことにした。
「うん」
「あの男子生徒て?」
アタシが尋ねると、桜が足を止めた。
「ユカリが考えてるのと同じだよ。あの男子生徒はね、わたしにしつこくつきまとってきたの。それでねあまりのしつこさに今日さすがに頭にきちゃって」
「それは大変だったな」
「本当だよ、でも、ユカリが助けてくれて本当良かった」
桜はアタシに微笑んだ。
いつも、アタシに見せてくれる笑顔。
アタシも自然に笑顔になっていた。
「んじゃ、また明日学校でな」
いつの間にか、交差点に着いていた。ここから先は桜と帰り道が違うのでいつもここでお別れになっている。
アタシがバイバイと手を振って帰ろうとすると、その手をガシッと掴まれる。
「ユカリ、今日なんのために残ってたか覚えてる?」
桜が軽く睨みながら、掴んだアタシの手に握力をかける。
はっきりいって痛い。
「えーと?」
確か図書室に残ってたわけは……!!
「そうだ、桜の家に行くためか」
「そう、それを忘れるなんてなにを考えているの」
「いや、ごめん。今日色々あったからさすっかり忘れてた」
全くだ、アタシは自分にツコッミを入れる。
「確かに、じゃあ今日だけ特別に許してあげる」
「ありがとう」
「じゃあ、付いてきて」
桜は歩き出す。
アタシは桜の後に付い歩き出し思った。
桜て案外握力強いんだな……。
十二話目です。




