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最終話:呪い

「ごめんね」

その言葉は、井原要の謝罪。おそらく、茜を葉月翔太に手引きしたのは、井原要なのだろう。何故そのような事をしたのか……解らない。しかし、想像は……出来る。翔太に弱みを握られて……脅されていたのだろうか。普段の井原要の性格から、とてもそんな事をする人物には見えない。だが、現実に起きた事を否定するわけにはいかない。俺は、電子メールを返信したがいっこうに返事は、返ってこなかった。何度も井原要の携帯番号に電話を掛けた。やはり出てくれなかった。気にしているのだろうか。俺が怒っていると思っているのだろうか。そうした、井原要への気遣いも周りの忙しさの中で忙殺されていった。あの出来事。俺が翔太を殺した事。本来なら警察沙汰になるのだろうが。そう言ったニュースも噂も存在しなかった。おそらくこれは、アル・デュークによる情報操作だろう。こんな似た事が以前にもあった。アスカが同級生の姿をしたアンドロイドを倒した時も何も無かったようにされた。アル・デュークの日本社会操作は、それほど深く根付ているようだ。本来なら、俺の怪我は、三週間ほどの入院をしなければならないほどの大きな怪我だった。右腕の骨折、露骨が3本程の骨折、全身打撲に捻挫。そんな怪我が一週間も経たずに治ってしまった。俺の体内に存在するナノマシン治療のおかげだ。こう言う所から人で無くなっていくのだと……俺は、いまさらの様に実感していたりする。俺の怪我は、そう言った経緯から重症だったが大した事は、なかった。俺よりも茜の方重症だった。医者の話では、茜の血液から薬物反応があったとの事。つまり、何かの麻薬類を血管注射されていたらしい。その為に茜の身体は、ショック状態にあり、もう少し病院への搬送が遅れていたら命にかかわるものだった。どうりで、あれだけの騒ぎの中でも茜は、ピクリとも動かなかったのだ。母には、同級生の争いごとにまきこまれたのだと説明した。その説明を聞いた母がそれを信じたのかは、解らない。ただ、「無事で帰ってくれて嬉しい」と母は、言った。茜の意識は、あの出来事から約2週間経ってようやく回復した。茜の意識が回復したと言う知らせを受けて俺は、アスカと共に茜の病室へ顔を出す事にした。











 俺とアスカが茜の居る病室の扉の前まで来ると既に父と母が先に到着していた。父と母は、病室の前で誰かを待っている様子だった。

「父さん、母さん……茜には、もう会ったのか?」

俺が扉の前でそう聞くと母が困った様な表情をした。

「ああ、燐……来てくれたのね。それが……まだ茜には、会えなくて」

「えっ? まだなのか……何かあったのか?」

俺は、先に到着してた父と母が当然先に茜と面会しているはずだと思っていた。それなのにまだ会ってないと言うのは、どういう事だろうか。扉のドアノブの方へ目を移すと、そこには、「面会謝絶」と書かれた札がぶら下がっていた。

ガチャガチャ

と、ドアノブを回しても鍵が掛かっているようで扉は、開かなかった。

「鍵……掛かっているのか」

「そうなの……燐、もう少し経ったら主治医の先生がこられるはずだから」

「ああ、それまで待ってろって言うのか……」

俺の言葉に母は、コクリと頷いた。スラリとした長身。背は、180cmを軽く超えていた。顔つきは、一見穏やかそうに見えたが……その目つきの鋭さは、刃物のそれを連想させられた。茜の主治医で……名前は、柴田と言うらしい。その主治医は、ようやく俺経ちの前に現れたかと思うと、茜の病室ではなく会議室のような場所に父、母は、もちろん俺やアスカまで連れてこられた。

「すみませんね。わざわざ、来ていただいたのに」

主治医は、そう申し訳なさそうに言うと会議室の椅子の一つに腰を掛けた。

「ささ、遠慮なさらずに……椅子に座ってください」

主治医のその言葉に父と母は、ユックリとした動作で椅子に腰掛けた。俺とアスカもその横に並ぶように座った。俺達の目の前に座った主治医は、顔つきを真剣な表情に戻すと口を開きはじめた。

「上月さん、娘さんにお会いになる前にどうしても説明をしておかなければならない事があります」

「娘は、茜は……その大丈夫なのでしょうか?」

母は、このただならぬ空気にそう焦って口を開く。

「大丈夫ですよ。身体的に何処も異常は、見当たりません。ただ……問題は、身体では、なく……心の方になります」

主治医のその言葉は、天国から地獄へと突き落とされような心境だった。

「心って……なんだよ……どういう事になっているんだ?」

俺の言葉に主治医は、少し困ったような顔をした。

「いいですか? 落ち着いて聞いてください。娘さんは……複数の男性に性的暴行を受けた……形跡があります」

その言葉は、俺達を愕然とさせた。信じられない……いや、信じたくない。そんな思いが俺や母達の心を……引き裂いていく。

「そんな……だって」

母は、聞こえない言葉を繰り返し呟きはじめた。

「PTSDと言う言葉は、お聞きになった事は、ありますか?」

「心的外傷後ストレス傷害……」

普段大人しい父がポツリとそう言った。

「娘さんは、とても恐ろしい体験をなさったのでしょう。意識が戻った時は、錯乱状態でした。今は、鎮静剤で落ちついていますが……」

父も母も放心状態だ。そんな主治医の話をまともに聞いているとは、思えなかった。そう言う事か。俺は、あの時……翔太が言った言葉を思い出していた。

「もう何もかも手遅れだって事……忘れるなよ」

「全てを奪ってやった」

そんな翔太が言った言葉が俺の頭の中を駆け巡っていく。

「そう言う事かよ」

俺は、思わずその言葉を口にしていた。これは、翔太の呪いだ。これは、翔太が残した悪意。これは、翔太が奪ってしまった……俺と家族との絆。俺は、椅子から立ち上がり会議室を飛び出した。

「燐!?」

アスカの呼び止める声も聞かずに俺は、走りだした。嘘だと思いたかった。俺は、護れなかったのだ。茜を翔太の悪意から……護れなかった。俺は、茜の病室へ向かっていた。病室の扉に掲げられた面会謝絶と書かれた札を引きちぎる。そして、鍵が掛かったままの扉を力任せに開く。

バキ

と言う音と共に扉の鍵は、壊れ……俺は、恐る恐る中へと足を進めた。病室の中は、明かりが無かった。昼だと言うのに雨戸さえ閉めて……中は、闇色に染まっていた。闇の中で俺は、茜の姿を探した。ベットの上には、茜の姿は、無い。そして、部屋の角の方へ目を移すと鋭い眼光でこちらを睨みつけている茜の姿を捉えた。

「茜……?」

俺は、一歩近づくと茜の身体ピクリと震えた。

「どうした? 茜? 俺だ。兄がわからないのか?」

「……」

もう一歩近づくと茜は、激しく身体を振るわせた。そして、仇でも見るような目つきで俺を睨みつける。

「そんな……目で俺を見るな」

「イヤ……イヤ……こっちに来ないで!!!!!」

茜は、叫んだ。そして、激しく嗚咽を始めたのだ。茜のその叫びは、俺にとって衝撃的だった。俺の中の何かを壊してしまいそうなそんな叫びだった。信じたくは、なかった。茜は……もう俺が兄である事も……家族である事も唯一自分自身を護ってくれる存在だと言う事も……認識できて居なかった。

「燐?」

遅れてやってきたアスカが部屋の入り口辺りから声を掛けた。

「アスカ……俺は……護れなかったのか? 茜を護れなかったのか? どうすれば……よかったんだ?」

俺は、アスカに背を向けたままそう呟いた。



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