もう一つの力
今のタイトルが少し本編と一致しないので、もしかするとタイトルを変えるかもしれません(ーー;)
「そう言えば、名前を言っていなかったな」
木や葉っぱを重ねただけの寝床は、やはり太陽が隙間から漏れ混んでくる。その日僕とグラルダーは眩しさから早くに目を覚まし、男を起こした。初めはぶつぶつ文句を垂れていた男も、次第に調子が戻ったようだった。そんな中で男は思いついたように言った。
「俺はヴァルディ・ソルジャーだ。ヴァルでいい」
「俺はグラルダー・レインドル」
ヴァルとグラルダーが名乗って次は自分の名前を告げようとしたが、僕は少しの間言葉に詰まった。
ベイル。僕の名はティラナがくれた。その名前を使うことに少し抵抗があるのだ。それに“ベイル”だけだ。後から名前について色々聞いてこられると面倒だった。
「……ベイル」
「ベイル、グラルダー、お前たちは水と食い物の補給を協力してやってきてくれ。ここは俺が片す」
僕の過去を見たと言うのなら名前の由来も知っているだろうに、ヴァルはすらりと会話を流した。
なぜか少し安堵する。ヴァルは意外と気配りが上手いのかもしれない。人の地雷のギリギリまでは踏み込んでも、うまくかわすような対話を取る。
「これって食えんのかな」
「僕が知るわけないだろう」
僕らはあーでもない、こーでもないと言い合いながら、見た目的に食べられそうなキノコや木の実を集めていった。
初めは僕の後ろを同じスピードでついて来たグラルダーだったが、少しずつ遅れをとりだした。まだあまり歩いていない時点でへばったグラルダーを不思議に思ったぼくだったが、はっとした。
僕は彼に致命傷を与えたのだ。普通なら歩けないであろう傷だったから、ヴァルが何かしたのだろう。だがそれでも痛みはひどかったはず。僕はグラルダーに歩調を合わせて歩くようにした。そんな辛気臭い空気を悟ったグラルダーが、僕の背中をぽんぽんと叩いた。
「俺ぁ見かけによらずタフだぜ?まだまだ余裕だ」
励ますように言ってくれたグラルダーだったが、それでも僕は辛気臭い空気を取り除くことはできなかった。
そうしてグラルダーに歩調を合わせながらもゆっくりと食料を調達し終え、最後に近くの川に寄りヴァルの私物の皮でできた袋に水も補給する。
そして次の日から修行が始まった。
僕はヴァルと一対一で戦い、力を制御できる様になること。グラルダーは身体を鍛えつつ戦闘できるほどに体調を全快すること。それが与えられた一つ目の修行。
グラルダーの調子は約2ヶ月で完治し、僕もかなり力を抑えれる様になった。それを見計らったヴァルは、二つ目の修行を実行すると言ってきた。なんとも『鍛えてやる』んだとか……。
「鍛えるって、実際になにすんだろな」
「どうだろう?案外ヴァル自身が立ち向かってきたりしてね」
「そらぁねえだろう! めんどくさいからって腹筋とかでもしてんの見てるだけとかじゃねえの?」
「どちらにせよ楽そうだけど」
だがヴァルは思ったよりもやる気満々といったかんじで、話してたとおり本当に2対1で勝負となった。ヴァル自身が受けて立ってくれるという。それに、グラルダーは槍、僕は解放した獣の手で戦うのに、ヴァルはなんと木刀一本だった。
「いくら腕に自信あるったってそりゃあ危ないんじゃねえのぉ?」
グラルダーはもはやなめきっている。
「どうかな?ここは試してみるのが一番はやい。好きなタイミングで好きな位置ならかかってきなさい」
ヴァルは美しく剣を構えた。左手を腰にまわし、右手一本で刀を構える。なんとも不思議だが綺麗だ。
「あんまなめてっと本気で当てちまうぜ?」
「望むところだ」
「だらぁっ!!」
「ほう!病み上がりにしては良い動きだ」
「言ったろ?なめてっと痛い目みるぞ!!」
そんな感じで僕らの修行は始まった。
それにしても驚いたのはヴァルの強さだ。無駄なく隙なく、まるでネコのように舞う。軽くふるった木刀も少しかすれば切れてしまうほどに素早く的確だった。それに動きが速いのなんの。こっちの攻撃なんて当たったもんじゃない。何日も何日も争い続けて来たが、いまだにヴァルに攻撃が届いたことはなかった。
そんなある日。
僕はかなり筋力がついてきた。ティラナの件も……それなりに自分で時とともに解決していく方針にある。腕も足も、あんなに骨ばっていたのに硬く太くなっている。速力もあがり、力も強くなった。何より覚醒した初日の力の暴走を完全に制御できるようになれた。
この腕は覚醒時、力を発揮すればするほどに爪の強度、力などが大きくなるらしい。それはヴァルとの修行で気付いた。初めこそ暴走しかけ、慌ててヴァルに止めてもらっていた僕だったが、今では自分で限界を悟りそこで力をとどめる事ができるようになった。ヴァルのおかげである。
グラルダーも好調も好調のようだった。僕に負けず劣らず強く強く腕を磨いている。グラルダーはもともと槍を扱うのを得意とし、それを生かして色々な技を身につけていく。
「んなぁっ!?」
ガキンと鋭い音の後、グラルダーは槍と一緒にぶっ飛んだ。ヴァルは涼しげにひゅんっと刀を振るった。
「ぬるいぬるい! そんな攻撃じゃ俺には届かんぞ!」
「くっそー!!」
グラルダーが遠くでうめいている。僕はヴァルがグラルダーに何か話しているのを隙に、素早く攻撃を仕掛けた。後ろの死角に回り込み、足払いをしようとした。が、
「よっ、と」
なんなくかわされ勢い余った僕はすっ転んだ。本当にネコのような男である。軽々しい動きに僕はもどかしさを覚えた。
「気配がもんもん伝わってるぞ。それに地面をこする靴の音だってな。死角を狙うならばもっとこうして蛇のように……」
すると後ろから頭部に鈍い痛みが走り、せっかく起き上がった僕の体は今度はすっ飛んだ。ドスンとお尻に衝撃が走る。
「……てぇ……」
「大丈夫かよ」
隣にはグラルダー。どうやらかなり飛ばされたらしい。向こうでヴァルが高らかに笑っている。
「そんなだといつまでたってもデトランにはなれんな! すぐ悪魔にやられてしまう!」
「あんたの方がよっぽど悪魔だよ」
「なんだとグラルダー?」
ぼそりと言ったグラルダーの言葉にヴァルが反応する。
「いやいや、なんでもないぜ!」
慌ててグラルダーは取り繕ったが、僕は少しいたずら心が湧いてきた。
「悪魔はヴァルって言ってましたー!」
「あっ、てめぇベイル!!」
「グラルダー!! お前ボコボコにしてくれる! さあ立て!」
「げっ」
ヴァルは怒った風はなく楽しんでいるようだったが、グラルダーは本気で嫌そうな顔をした。ヴァルは多分本気でボコボコにするだろうから。
グラルダーが僕を憎々し気に睨む。
「てんめえ! 告げ口たぁやってくれるじゃねえか!!」
「僕は悪い事したつもりないんだけど?」
ニヤニヤして言うとグラルダー立ち上がり槍を振るってきた。
「何する!?」
慌てて避けると元々僕がいた場所に槍は刺さっていた。こいつ、本気だな。
「ボコられる前に俺がお前をボコってやる!」
半ば泣きそうになりながらもグラルダーは槍を振り回し向かって来た。
「来いよ!」
もはやヴァルの存在は忘れ、僕は右斜め上から思い切り爪を振りかざした。それをグラルダーが受け流そうと素早く構えをとる。
「こいやぁぁ!!」
ガキィィィン……
「…………はっ!?重っ!?」
グラルダーは僕の攻撃を受けた瞬間、槍をどさりと落とした。
「なにしてるの?武器も持たずにえらく自信満々だね」
攻撃を続けようとした僕を慌ててグラルダーが止める。
「待て待て待て!! 違うんだよ、いきなり槍が重くなって……。そんなわけないんだがよ、そうなんだよ、ああ」
グラルダーは何か訳がわからない事を言いながら槍をひたと見据えていた。意味のわからないグラルダーを僕は訝し気に見た。
「どういうこと?」
「え、いや、ちょっと待てよ」
「おい! お前ら何を突っ立ってる!」
ヴァルの苛立った声が聞こえた。ずかずかと近づいて来たが、やはりグラルダーのおかしな顔を見て僕と同じく訝し気な表情をした。
「……なにかやったのかベイル?」
「いや、いきなりグラルダーがおかしくなったんだ」
「おい、俺を変人みたく言うな」
そうじゃないか。
「……」
グラルダーは何も言わずに警戒した面持ちで槍を拾った。特に何も起こらず、ひょいと持ち上げる。
「おかしい! この槍、いきなり岩みてえにいきなり重くなったんだ。なのに今は元通りだ」
確かめるようにグラルダーは槍を頭上でぶんぶん回した。
「……普通だ」
「君がおかしかっただけじゃないの?」
「いや、確かに槍が……。でも、気のせいだったのかもしれねえな……」
「待て」
ヴァルが僕たちの会話をさえぎった。
「グラルダー、その槍にむかって剣になれと言ってみろ。心の中ででいい」
「は?なんでだよ?」
今度はグラルダーが訝し気な顔になった。
「いいから。はやくしろ」
ヴァルの有無を言わせない口調に、グラルダーは嫌々ながらも了解した。
「つ、剣になれ〜」
声出てるし。
すると、グラルダーの握る槍が光を放ち出した。そしてみるみる形が変わっていき……なんと剣になった。
驚きのあまり僕とグラルダーは唖然とする。もはや声も出ない。
「……ふん、やはりな。グラルダー、お前もキュラムを操る狩人って事だ」
そうヴァルは満足気にほくそえんだ。