新たな道筋
「目、覚めてたんだな」
泣き疲れて草むらに寝そべっていると、頭の方から声がかかった。起き上がって声の主を見る。
「おまえ……」
左目を眼帯で覆った、黒髪の青年。それはまぎれもなくあの日僕を挑発し、力を覚醒させたグラルダーだった。
立ち上がってグラルダーに掴みかかる。
「殺されに来たのか」
「憎いか。おまえの力を目覚めさせた俺が」
「憎い?そんな綺麗な一言で済むことじゃない」
グラルダーは臆すことなく僕の視線を真剣な面持ちで受け止めた。
「そう、だな。……殺せよ」
「なに?」
「殺せと言ったんだ。……俺だって生きたくて生き残ったんじゃねえ」
グラルダーの顔が苦しげに歪む。
「……仲間を殺したんだ。何人も。あの女の命令に素直に従った結果がそれだよ。おまえが殺したんじゃない。あれは俺の意思の弱さゆえの出来事だ。俺が殺したも同然なんだよ……!」
僕はグラルダーを掴んでいた手を離した。
そう、グラルダーもまた自分の意思で動いたわけではない。ティラナだってそう言っていた。ここで僕がグラルダーを責めるのは逃げだ。殺しを認めたくがないゆえのなすりつけ。
「……すまない。君は悪くない……」
「いや、俺の弱さが始まりだ」
「でもやっぱり、殺したのは僕なんだよ。この手で皆殺した。それは紛れもない事実だ。君が何かを背負う事はしなくていいんだ」
「違う。おまえはただ何も知らずにいた。俺はどうなるか予測がつけたはずだ。それでも……」
「もういい、やめよう。こんな事で言い合うのはごめんだ。小屋へ戻る」
グラルダーはまだ何か言いたげだったが、僕は聞く耳をかさずに歩き出した。今の僕には人を慰めれる余裕なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。
扉を開けると、さっきの男が僕らを見やった。
「少しは落ち着いたか?」
「僕はここを出る」
なんの前触れもなく僕は切り出した。もともとそのつもりだったが、グラルダーと一緒となってはさらに出ていきたい。それに、苦い思い出の詰まった村から出て、遠い所で暮らす。なるべく人から離れて……。
「ほう?ここを出てどこへ行くつもりだ?」
「あんたには関係ない」
「ここから離れた所で過去から逃げて暮らすのか?」
「……関係ないと言っているだろう」
「だがどうやって?お前はこの小屋の外での生き方を知らない。考えもなしに飛び出して飢え死にでもしたいのか?」
僕は男を睨んだ。だが言っている事は事実で、何も言い返せない。
「……なにが言いたい。なぜ僕にかまうんだ」
「知りたいなら座れ。お前があの悪魔の死を認め、落ち着いてから話すつもりだった。そこの眼帯、お前も聞け」
僕はこの男が最初に言った言葉を思い出した。
『じゃあ、その子は、お前の過去を見る限りかなり大事な様だったから、きちんと体も綺麗にして丁寧に埋めておいたよ』
過去を、知っている。なぜ?この小屋には窓はない。どうやって僕らを観察していた。
僕は男をマジマジと見た。金髪を腰まで伸ばし、前髪が斜めに分けられている。右の頬には、目のしたから口元にかけて長い傷跡が残されていた。目は濃い茶色で、強い光をたたえている。頬の傷あっても、整った美しい顔立ち。優しい雰囲気のようで、容易に人を寄せ付けない威圧的な空気を感じた。見ている限りでは胡散臭い人間には見えない。
少し考えて僕は男から少し離れた所へ座った。グラルダーもまたためらったそぶりを見せたが、距離をとって座る。
男は少し頬を緩ませた。
「よし、落ち着いて聞けよ。まず先に言っておくが、今から俺がお前たちに話すのは勧誘だ。それをふまえて話を聞いてくれ」
グラルダーが初めて口を開いた。
「勧誘だと?なんかの組織の人間ってことか?」
「ああ、その通りだ」
「この後におよんで勧誘とはお笑いだな! そのために俺たちが目覚めるまで見張ったのか!」
「無論、それ以外に理由はない」
「ふざけるな! どうゆう状況でもの言ってるか分かってんのか!?てめえのおふざけに付き合ってるほど暇じゃないんだよ!」
「口を慎め」
グラルダーがはっと目を見開いた。男は怒っているわけではなくただ一言言っただけだが、その声は体に響き恐怖を煽るほど低く威圧的だった。ピリッと緊張が走る。
「いいな。俺には可哀想だとか世話を焼いてやろうとか、哀れむ気持ちなんてない。初めから目的があってお前たちを見張っていただけのこと。状況なんて考えもしない。勘違いも程々にしてくれないか」
男の目はただただ無情だった。
「続きを話してくれ」
僕は感情を込めずに言った。
僕からしたら、同情なんていらない世話だ。同情を寄せたとて別にどうかしてくれる訳ではないのだから。
「眼帯。お前はどうだ」
「……ああ」
グラルダーは目を合わせず素っ気なく返事をした。
「ふむ、どこから話すべきか……。これは知っているな?カイレン、レインダー、そして魔獣のことは?」
僕らは頷いた。
「考えたことはないか?普通ならとっくに悪魔たちに世を支配されていてもおかしくないのではないか、と。魔獣が皆一斉に地上に降りて来て悪魔を率いり、人間を全滅させようと思えばたやすいはず。なのになぜ悪魔はそうしない?」
男は真っ黒のジャケットのポケットからジャラリと何かを取り出し、僕らに見せた。
「デトランという」
それは銀色の鉱石のようなものだった。丸く形どられ、ドラゴンのような、鳥のような何かの腹に剣が刺された絵が描かれている。下の方に“DETRUN”と文字が彫られていた。
「悪魔を殺し魔獣を封じ、ハンターとしての罪を被る裏組織。デトランは昔の言葉で“狩人”。俺たちは悪魔を狩るだけに生きる狩人。言わばエクソシストだ」
「デトランだと……?そんなの聞いたこともねえぞ……!」
グラルダーが驚いて声を漏らす。
「言っただろう裏組織だと。俺たちは人と触れ合う事を避け、ある隠された峡谷を本拠地としている。……デトランとなると人と関わるのは何かとややこしいんでな」
男はどこか寂し気に言った。
「デトランはそれぞれ特殊な力を持つ。その形は様々だ。たとえば物に力を込める者、自然に力を込める者、身体に力を込める者。俺たちはその力をキュラムと言っている」
「その力はいったいどうやって見出すんだ?」
「もちろん普通の人間は気付かない。鍛錬をくみ経験のあるデトランか、あるいは上級悪魔なら気付く時があるがな。まあ、それも力の強い気の放ったキュラムしか探知は難しい」
男はいったん言葉を切ると、僕を見た。
「俺はお前の中に眠るキュラムが放つ気を追ってここへたどり着いたんだ」
「……僕のあの力は、キュラムだっていうのか?……魔獣の力ではなく……?」
「実際の所は俺らデトランにもそれは分からない。お前の情報はかなり前から本拠地に伝わっていた。色々調べたが、魔獣の血を引いているというのもまだはっきりしないのだ。誰も魔獣と女の行方の先は見ていないからな。だがその気はキュラムそのものだ。だから俺たちはその気をキュラムとふんでお前を監視した。出向いて監視するのが俺になったのはたまたまだったがな」
「……けれどティラナは僕の血の匂いが魔獣のものだと言っていた」
「本当だとはかぎらない。事実お前にたいして、悪魔を見分ける機会が反応しなかった。ということはお前の中に悪魔はいないという事だ」
「ならティラナの言っていたことは嘘だと?」
「血迷って興奮した頭がそう勘違いしたのかもしれん。あの子はお前の噂を聞きつけた時からずいぶんな喜びようだったからな」
沢山の話を聞いてまとまらない思考をどうにか動かす。
「…それに、監視、監視って、いったいどこからだ?」
「デトランの中に千里眼の持ち主がいてな。魔術でも記憶を覗く事はできるが、キュラムの能力の方が確実に視れる。俺も少し魔術をかじってるから、単独としてこの目でも見さしてもらったよ」
「なんの為に監視しにくる」
僕は浮かび上がる疑問を男にぶつけていった。
「デトランの数は少ないのだ。このままでは増える一方の悪魔に劣ってしまう。だから俺たちは常にキュラムの気配に気を配り、キュラムだと確信が持てた時点で勧誘する。もちろん強制ではない。殺しの裏世界だ。戦う日々だし、決して安穏な暮らしとはならないからな。世界の為に意に反して命をかけずとも良い」
「その約目が今回あんただったってことか」
「そうだ。だいたいこんな所だな。まだ沢山学ぶ事はある。だがそれはデトランになってから知る事だ。こちらの情報は仲間になってもらわねば詳しくは語らない。……もう言いたい事はわかるな?」
「ああ、どうするか決めろと言いたいんだろう」
「話がわかる」
男は少し肩をすくめた。
正直、この命がこれから先どこで断とうとどうでもいい。使い道も別にどうしようかなんて考えもしない。なるならデトランにだってなったっていい。
けれど、元は悪魔であったティラナ。その同胞を僕はなんの感情も無しに殺せるのか?
この手は悪魔殺しの手。それをふまえても、僕はその同胞に哀れみを抱かずに斬り捨てられるのか?
自信がなかった。悪魔にも、心はある。助けを必要とする時もあるのだ。
なにより恐怖があった。また殺す?ティラナを悪魔だと認めた今では、悪魔を殺す事が僕には罪に感じていた。また同じ事を繰り返す?
「悩むだろうな。お前の愛した者が悪魔だったのだから」
「僕はティラナという悪魔を殺した。もう悪魔を殺すのは……」
「そう、お前はティラナという“悪魔”を殺したのだ。よく考えてみろ。デトランは悪魔狩りだ。お前がデトランになったらそれが言い訳になる。デトランは悪魔を殺すために在る。だからお前は、そのためにティラナを殺したのだ。だからこれからもお前は悪魔を殺し続ければいい。そうすればそのために生きられる」
ティラナという、悪魔を、殺した。それは仕方のないこと。仕事なんだから。頭の中でそれを考えていると、少しだけ肩の荷が軽くなった気がした。
逃げかもしれない。ただ現実と向き合う勇気がないだけだ。けれど今はそれしかなかった。それしか慰めてくれるものがなかった。
「……デトランは、僕のような醜い者もいるのか?」
「ああ、いる。それぞれ悲しみも憎しみもある」
僕は決意を決めた。
「なろう。デトランに」
男は微笑んだ。
「必ず強くしてやろう。約束する」
そしてグラルダーを見る。
「お前はどうする?」
「俺にはそんな特殊な能力なんてそなわっちゃいない」
「だが帰る場所はあるか?お前はずっと悩んでいただろう?罪を背負って村に戻り、罪悪感と闘い暮らすことへの恐怖。それに、お前もこの赤目と少し似たようなもんだろう。来たいなら来ればいい。仲間は歓迎する」
グラルダーは深くため息をついた。
「連れて行ってくれ」
「決まりだな。後からやめたいといっても遅いぞ。一生をうちで過ごしてもらう。本当にいいんだな?」
僕らは頷いた。
「決まりだ!」
するとデトランは自分の荷物の入った袋をあさり、小さな鍋や椀、そして乾燥さした鹿肉や米などを取り出した。
「ならお前たちには食って食って体力をつけ、毎日俺と稽古してもらうぞ。本拠地に向かう前に力を鍛える!」
「ちょっと待ってくれ」
僕はティラナが死んだ直後で食欲がないのに、さらに全てが始まり終わったこの小屋だと余計に腹に物を入れられないと男に言い、しぶしぶ外で野宿してもらった。
しばらくすると、外を辺りをいい香りのする空気が漂い始めた。