空
やっと一話目と話がつながりました。
僕は今、草原にいる。暖かく気持ちの良い風が吹く、何一つ障害のない広々とした草原。上を見上げると、どこまでも果てしなく続く真っ青な景色が広がっていた。
あれは多分、空。ティラナがずっと言っていた。外には空があるのだと。それは美しく壮大で、飲み込まれそうなほど透き通った青をしていると。
ずっと見てみたかった。
「ベイル!」
そう、君と。
「ベイル! あれが空よ! 綺麗でしょう?私はこの世界にあるものの中で一番空が好き。この濁りのない空が、私の心も洗い流してくれる気がするの」
空を見上げて言うティラナの顔を太陽が照らし、その端整な顔立ちがより引き立って見える。
「ベイル」
ふとティラナはどこか悲しい声をした。
「私はまたいつかあなたとこの空を見れる日がくると信じてる」
「……ティラナ?何を言ってるの?」
逆光でティラナの表情が掴めない。
「寂しいけれど、お別れね……」
「お別れって、何?どういう事かわからないよ」
僕はティラナに触れようと手を伸ばしたが、空を切り掴めなかった。
「先に行って待ってるわ。あなたがヘマをしないように空から見てるからね?」
ティラナの姿が薄れていく。
「待ってティラナ! どこに行くの!?」
「ベイル。私はあなたを忘れない。だから、あなたも私を忘れないで。空を見上げるたび、思い出して。悲しむんじゃない、二人で居た時を思い出して幸せに浸って」
「ティラナ!」
「また、会いましょう……。愛してるわ、ベイル」
パチパチパチ。
火のはぜる音がする。ゆっくり目を開けると、涙で視界が滲んだ。どうやら夢を見ていたらしい。ティラナの……。
そして一気に記憶が戻った。そうだ、ティラナは…!?
「ティラナ!!!」
がばっと起き上がって全身に走った痛みにうめいた。
「起きてそうそう騒がしいな。喉が渇いていないか?」
知らぬ声がし、慌てて声の主を探すと、右後ろに大人の男が座っていた。
「……誰だ!?」
「まあそう警戒するな。俺は敵じゃない。何もしないさ」
「ここはどこだ! 僕はティラナの所へ……」
「あれは死んだ」
僕は静かに告げられた言葉に固まった。
「あれは、お前が殺した」
そう、だ。
ティラナは……僕の、手で……僕の、せいで……
死んだ……。
「ティラナはどこだ……」
「あれは埋めた。お前も気を失ってたし、それが妥当だと思ったんでな。あれは……」
「ティラナだ!!」
ティラナをあれと呼ぶ事に苛立った僕は、思わず怒鳴りつけた。とくに男は悪びれた様子もなく、肩をすくめて言い直した。
「じゃあ、その子は、お前の過去を見る限りかなり大事な様だったから、きちんと体も綺麗にして丁寧に埋めておいたよ」
「……あんた、何者なんだ。どうしてそんな事をする」
「まだ話すには早い。とりあえず外の空気でも吸って来たらどうだ」
僕は警戒し、むすっとした顔で男を睨んだ。男は動じず僕を見つめ返してくる。僕は何も言わずに立ち上がり、扉へと向かった。
ふと、手枷を思い出す。左手首を見ると、鎖は引きちぎられていた。きっと、覚醒した際に自分で引きちぎったのだろう。
思い出してまた苦しくなる。やるせない気分で、僕は扉を押しやった。
冷たい空気が肺を刺激する。見渡すと、木々がうっそうと茂り、花や野草が咲いていた。そして、空を見上げる。
その空は、見た夢と同じ真っ青な空。君はずっと綺麗だと惚れ込む様に口にしていたね。ほんとうに、美しい。
沢山の感情と共に涙が溢れてくる。
苦しみ。
悲しみ。
後悔。
憎しみ。
怒り。
切なさ。
寂しさ。
愛おしさ。
ティラナは、もういない。もう、僕の名前を呼ぶ事も、優しく笑いかけてくれる事も、なくなったんだ。
僕が、殺した。
もっと僕の意思が強ければ。ティラナをあそこまで欲に追い込まさずにすんだかもしれない。もっと僕の力が強ければ。ティラナをあそこまで悲劇に追いやらずにいさせてやれたかもしれない。
僕は、無力だ。
どうして、こんなにも空は綺麗なのだろう。どうして、こんなにも僕の心は淀んでいるのだろう。
辛くて辛くて、胸がはち切れそうだ。
「綺麗だね、ティラナ…」
ぼくは少しの間、空に向かって吠える様に泣いた。