意外な味方
デラマガスは飛び去って行き、辺りには沈黙が流れた。なんでもいい。何か言ってくれないか、誰か。
「……ロア」
「なに?」
「君は……何者?」
ギルティの質問にかすれた笑いが漏れた。
「なんとでも思ってよ。さては化け物だ」
そんなもの聞かれても困るんだよ。
「何者なんだろうね。僕にも、分からない」
隠せない恐怖が、手の震えに出ていた。
「ちょっと、お前らは帰ってな。報告は俺がする。帰ってテリバーさんに触れずに待機だ。行きな」
ギルティの言葉に他のデスノア達が去って行った。
「人払いをしてくれるなんて優しいね。一つ言っておくけど答えられる事は少ないと思うよ」
「……なんの話しをしていた?」
「デラマガスは忠告しに来た。僕があちら側に付かないならおまえは身の危険を覚悟しろと」
「なぜ?どうして身の危険を覚悟する?」
「僕は悪魔の血を引くんだ。デラマガスの意思で産まれた僕には本来悪魔につく存在なんだよ」
「……どちらにつく気だい?」
ギルティを見ると、その目は強く輝いていた。……警戒と、ちょっとした殺意で。
「あちら側につくと言ったら?」
その一言で冷気が満ちた。
「ここで殺す」
「……力をおさめてくれる?僕はあくまでもデトラン側の生き物だよ」
「証拠は」
「……」
ため息が漏れた。
「こうしよう」
僕は左の腕をまくると、短剣を取り出した。
「……な……」
「これは誓いだ、ギルティ。僕はデトランとしてここに在り続ける」
左腕から血が流れる。僕の左腕には“DETRUN”と彫られている。気を注ぎ込んだため、その文字は赤く光っていた。
「知ってるよね?血の誓いの意味は。この誓いを破った時、僕はこの誓いに破壊される。悪魔側につくその時は僕は死ぬんだ」
ギルティは苦々し気に僕を見つめた。
「僕はデトランだ。裏切りはしないよ」
「……ごめん。疑いすぎた。俺は君の事をよく分かっているはずなのにね……」
「いい。僕だってギルティの立場なら疑うだろうから」
「……もう一つ聞いていいかい?」
「ん?」
「なぜデラマガスは君を殺さなかった?」
「デラマガスは、僕を殺せないんだって。……血が繋がった息子だから」
「…………そう」
空を仰ぐ。
僕の未来は何色?
美しい色?
汚れた色?
生きる事はこんなにも疲れるんだね。
昔あの時、ベイルのままさてはこの世を去れたなら、かすんだ世界を見ずにいれたのに。
「ティラナはどうして、僕を連れて行ってくれなかったんだい」
「え?」
「なにもない。さ、帰って報告だ。辛いな」
「軽い尋問だろうね」
「これで化けの皮が剥がれちゃうね。必死に隠してきた化け物の血は、公にさらされる」
「……俺は一応ロアを信じてる。周りが敵になっても味方だ」
「……やめときな。同じ目で見られたいの?」
「最近の俺は怖がられて人が寄り付かない。目線が変わるぐらいたいした事はないしね〜」
「君には他人を信用する事はできないと思っていたよ。意外」
「わ、ひどっ」
ふいと歩き出して見せたが、内心嬉しくてしょうがなかった。
こんな僕を知っても、信用してくれる仲間がいる。まだ僕には未来の色は、分からないんだ。
「由々しき事態だ、ロア」
ミスター・スカイウォーナがそう言った。
乱舞の間の静けさは異様だ。自分の心臓の音が聞こえてきそうなくらいに。
「ロアよ……。ああ、ロアよ。我らはすべてを視た。だが……おぬしをどういう存在としてとらえれば良いのか分からぬのだよ」
「……敵か、味方か、と?」
「そうだ」
「さらに言えばおまえがこの世に危機をもたらす存在かどうかもだ」
ミス・シェーダの冷ややかな声が響いた。
「その力は世を破滅できるものにもなれるのだ」
「これレノア」
「アース、すべてを知る権利がこの乱舞の間の者にある。伝えておくべきだ」
ミスター・スカイウォーナを見たあと、ミス・シェーダは僕をじっと見た。
「こやつの体は珍獣の意思で埋め尽くされるかもしれん」
あれだけ静かだった乱舞の間にざわめきが走った。だが僕にはそんなざわめきは聞こえない。
意思で埋め尽くされるだって?
「それは、どういうことですか?」
僕の一言でまたざわめきが止んだ。
「その昔、私たちデトランの中におまえと似たものがいた。珍獣の血が混ざった者だ。奴はなにがあっても己はデトランであると言い張った。周りからの信頼も厚い、純粋な男だったよ」
ミス・シェーダはそこでいったん言葉をきった。
「だがそれから少しして、奴はおかしくなった。キュラムが言うことをきかず暴走し、時に同じ任務に出た仲間に襲いかかることもあった。だがそれは本人の意思でじゃない」
周りの視線が、やけに痛い。
「中に巣食う獣の意思だ」
「殺せと言ったのだ」
ミスター・マヘッダが言った。
「あいつを殺せばこんな騒ぎになることなどない。未来を案ずることもない」
「まってください! ロアの面倒を見てきた中で、ロアの中になにかの気配を感じることはなかった! 殺しはしないでやってください」
ヴァルが立ち上がって声を張った。
「ヴァル、それはあの男と同じなのだ。あいつとて獣の気配はしなかった。すべては唐突にやってきたのだ。おまえも知っているはずだ」
「ですがロアが同じとはかぎらない!」
「あの男は俺の一番の友を殺した!!」
ミスター・マヘッダの怒鳴り声にヴァルははっと黙った。
「いいか?俺はおまえと同じようにあの男をかばった。だがその情けのせいで、やつは最後俺の友の命を奪ったのだ!!!!」
「すべてはどうなるか分からぬのだよ、ヴァル」
ミスター・スカイウォーナが落ち着いて言った。
「あの男は決して自らの意思で仲間を殺したわけではなかったはずだ」
「……私に、ロアへの同情をかけさせてはくれぬのでしょうか……?」
「おまえの情けだけではことは動かない」
「私の大事な弟子なのです」
「知っておる。おまえは弟子を持たなかったからな。心も移るだろう」
「もういい!!!!」
僕の大声は乱舞の間に響きわたった。
「……僕にはもとい未来がなかった。そこに偶然道ができてここへ来た。けれど何度も思った。あの日死んでいればよかった。そうすればこんな思いはしなくてすんだのに。あの悪鬼と呼ばれた頃で十分だったんだ、化け物扱いは……!」
「ロア、やめろ」
グラルダーが唸った。
今まで溜まっていたことが止まることを知らずに溢れ出してくる。
拳を強く握りすぎて、痛い。
「僕はただの人間なはずなのに……殺す殺すと言われ続け、その中で一つの光と出会い、その光でさえ自分で踏みにじった……。その地獄の中で生きる希望を見つけ、けれどその先でも希望は絶望へかわった」
「ロア!」
「生きる価値など僕にはない! そんなことは今更言われずとも十分知っている!! この体に! 自分は化け物だとなんども言いつけた!! それでも……!」
涙が、落ちた。
「生きたくて、生きてきたんだ……! 信用できる仲間も、師も、守ってあげたいと思った子も、捨てたくはなかった。失くしたくは……なかった」
本当は生きたかった。
必要とされることが嬉しくて。
この僕を認めてくれることが楽しくて。
待っていると言ってくれることが愛しくて。
生きたくてもがいてたんだ。
「けれど、死ぬという覚悟は、そなわっている。昔からそれだけは怖くない。生きたい。でも殺したいのなら殺せばいい。死ねと言うなら僕は死のう」
「死ななくていいんじゃないですか?」
「……え?」
ワイナーは珍しい真顔で、そう言った。
「生きたいなら死ぬまでもがけばいいんです。死にたいと思ったその時、はじめて殺せと騒げばいい」
ワイナーは立ち上がると、真っ直ぐ僕に向かってきた。カツ、カツ、と遠慮も知らない足音が近づいて来る。
僕の正面に立ったワイナーは、すっと剣を抜いた。そしてそのまま高くあげる。
僕は精一杯ワイナーを睨んだ。矛盾したことを言うなど、憎らしくてしょうがない。
ばっと剣が振り下ろされた。が、すんででその刃は止まった。
「ほら。この子はまだ自分の意思しかない。殺そうと思えば珍獣の血なら私を殺せもしたでしょう」
そう微笑んで言うと、ワイナーは剣を鞘におさめ、僕の肩に手を置いた。その手は大きかった。
「私はロアを生かすことに賛成ですよ。この子は強い。力もそうだし、固い決意と意思もある。生意気と思っていたロアも、真面目で誠実なデトランなんです。それにやっぱり、この子があの男と同じとは言いきれない」
僕は驚いた。僕だけじゃなく、他のデトランや覇打獣も。ミスター・スカイウォーナだけが表情を変えなかった。そう言ったワイナーの横顔を見るも、嘘をついているようには見えない。
じっと眺めていたワイナーの横顔は、ふっと僕を振り返った。
「その腕、出してみなさい」
ワイナーがチラと見たのはデトランと刻んだ左腕。なぜ知っているのかと驚きつつも、僕は左腕をまくった。
「見なさい。この子はここにすべてを記している。他になにか不満はありますか?」
覇打獣全員が苦い顔をした。だがミスター・スカイウォーナは少しだけ微笑んだ。
「そうだな。この子はその誓いを刻む勇気をもってそうした。我らは少し見くびっていたようだ」
「アース!」
ミスター・マヘッダが怒鳴った。
「信じてやらんかローランド。命は簡単に奪うものではない。せめてもの様子見だとでも思えばよい」
それを聞いたミスター・マヘッダは、勢いよく立ち上がり乱舞の間を出て行った。
「気にせずともよいぞ。あやつは昔から怒りっぽい。時がたてば落ち着く」
「ミスター・スカイウォーナ。ロアをどうするのですか?」
「案ずるな。殺しもなにもしない。今まで通り暮らせばよい。おまえもあの悲劇を知りながらも弟子をかばえるとは、よい師となったな」
「ありがとうございます」
ヴァルは深々と頭を下げた。
「ロア」
ふと頭の上からふった声の先を見上げる。
「ここを出たらまっすぐ私の部屋へ来なさい」
「……わかりました」
深い緑の瞳が優しく細められると、ワイナーはまたカツ、カツと周りを気にせぬ足音で乱舞の間を出て行った。
少しして、まだ柔らかくなった乱舞の間の空気の中に終始ベルが鳴り響いた。




