悪鬼の姿
ティラナは強く僕の解放を、自由を願った。
「こんなの間違ってる。どうしてなんの罪もないあなたが、監禁だなんてされなくちゃならないの?」
その度に僕は、なだめるように言った。
「僕はティラナがいてくれるだけで、幸せだよ?他には何もいらない」
「‥…‥そうね」
だから、ねえ。そんな悲しい顔しないで。
ある雨の日、僕はぼうっとドアを見やった。雨は嫌い。ティラナが来ない。
一人の時間が今では苦痛で仕方なかった。時間が過ぎるのが遅いし、どうしても色々と考え事をしてしまう。
僕の親は、どんな人だったのだろう。僕を産んで、どう思ったのだろう。僕を捨て、どこに居るのだろう。まさか自分の子どもが悪鬼として生まれてくるなんて、思ってもみなかったはずだ。
愛情を、少しでも感じはしなかったのだろうか。いや、
そもそも僕は人間から産まれたのか?赤い目をしているというだけで監禁までして恐れを抱く村人達。……何か訳があってそうしてきたのか?
考え出すと止まらない。
……ティラナは……
なぜ僕に、自らを危険にさらしてまで会いにくる。僕なんて仲を持ったところで何もできないただの子どもだ。初めて会ったあの日。あの日だって何も言ってこないだけで、なぜ僕を助けたのかと後から咎められたはずだ。なぜティラナは……
そこまで考えていた時、ドアが荒々しく開いた。ティラナでは、ない。
「よう悪鬼さんよ」
複数の青年だった。普段なら小屋に近づく足音に気づくのに、今回はドアを開けられるまで全く気づかなかった。よほど考え込んでいたのだろう。
一番先頭にたった青年が、僕をジロジロ眺め回してきた。僕もじっと青年を見る。
黒髪の青年だ。襟足を少し長めに伸ばし、右目を眼帯でおおっている。見えている左目は深い漆黒。
僕はふと興が削がれ視線をはずした。それが気に食わなかったのか青年は舌打ちをした。
「ほう、俺らには興味ねぇってか」
あるわけないでしょ。これから暴力をふるわれる相手に、どうして興味なんか持たなくちゃいけない。
「ティラナにはたいそうなついてるみたいだがな?」
だかその言葉に、はっと青年を見た。なぜ、それを。青年がゆっくりと、足音もたてず近寄ってくる。
「お前、忌み子のくせして自由に誰かとつながりを持ってどうなるかわかってんのか?」
まるで笑いをこらえるように、低い声で言った。
なんだ?何を企んでいる?
「この事がばれてティラナが殺される前に、お前を殺すのは、どうだろう」
なんだ、そんなこと。僕はまた視線をはずした。ついに青年は怒鳴った。
「てめえ、なんだその態度は!」
はやく思うようにしなよ。君たちのおしゃべりに付き合う気はないんだ。
「そうかよ。そんなのは苦でもないってか?ならこれはどうだ?てめえもティラナも殺してやる!」
今度はゆっくりと青年を見る。
今、なんて?
「おいグラルダー、ティラナは関係ないだろう」
後ろに立っていた青年が、重々しく口を開いた。それに対して、きっとグラルダーが鋭く睨む。
「なんだ?メルディア。何か文句あんのか?」
「……お前、やっぱり変だぞ。今日一日ずっと!」
「メルディア、ティラナつれてこい」
「人の話……」
「はやくしやがれ!!」
グラルダーと呼ばれた青年の剣幕にメルディアはついに折れて、呆れた様に肩をすくめ小屋を出て行った。
「待てよ」
「…‥‥なんだ。しゃべれんのか?」
「ティラナを、殺すだと?」
怒りがふつふつと沸いてくる。僕の表情を楽しむ様にグラルダーはいやらしく笑った。
「ああ、そうだ。可哀想にな。お前のせいで道連れだぞ?」
ダンッ!
「‥‥…く‥‥…、なに、しやがる‥‥…っ!」
気づけばグラルダーの首をしめ、壁に押し付けていた。
「ふざけるな」
くっくっと、グラルダーが笑う。
「そう言えば、俺はあいつが、嫌いだったんだよ。‥…‥汚れを知らず、ぬくぬくと育ち、綺麗事を並べて‥…‥物を言う。気持ち悪くて仕方ねえ‥…‥!」
「黙れ」
「最後くらい…‥‥汚してやろうか」
僕はいっそう強く手に力をこめた。苦しそうな顔をしながらもグラルダーはさらに続けた。
「てめえの前で、あいつの首を切り取って‥‥…村の門に、吊るしてやるよ‥…‥。さぞ滑稽だろうなあ‥…‥!!」
ポタ、ポタ、ポタ、
水の落ちる音がする。雨が降ったからかな?けれど、その音は外からじゃない。
ポタ、ポタ、ポタ、
音の聞こえる方に目をやる。
それは、
僕の手だった。
赤い、赤い、真っ赤な血。僕の手は、血で染まっていた。
足元にはグラルダーが血まみれで横たわっている。
「なに、これは」
それに、腕。腕から手にかけてどす黒く染まり、刃物のような鋭い爪が生えている。
「僕の‥‥…手?」
まるで獣のようなその両手を、ただ唖然と見つめた。
ゆっくり小屋を見渡してみる。他の青年達も皆血まみれ。生きているかも、わからない。恐怖が胸を締め付ける。
「‥…‥なんだよ、これは!!」
「ベイル?」
はっとして振り返ると、そこには、ティラナが立っていた。