ジーガス
瞬間、おさまっていた気の歪みが再び生じた。気を追わなくても眩暈がきそうだ。……いや、これは気の歪みじゃない。
殺気だ。
ギルティの殺気もたいがいだが、それも比べ物にならないくらいにワイナーの殺気が強い。これじゃあ殺気が邪魔してまともに戦えない。
「おいディール。お前さんの殺気で後輩が苦しそうだぞ」
「それも経験でしょう。気を配れなくなったデトラン達の戦はこんなものです。慣れておいて損はない」
「お前はいつでも厳しいよ」
ミスター・ゼルヘブンがその言葉を最後まで言う前に、その場から消えた。姿を探すと悪魔に向かい高く飛んでいた。ギルティがそれを援助し、大きな氷の橋をミスター・ゼルヘブンの足元に造る。
「おっと、早えな!」
ガンッとミスター・ゼルヘブンと悪魔の短剣がぶつかる音がした。
「なんだ?悪魔のくせに能力を使わんのか?」
「それを言うならこっちの若い兄ちゃんもだろう?」
男の後ろ側でいつのまにかワイナーが剣で攻撃をしていた。片手だけでギシギシと威圧を与えている音が解放して鋭くなった耳に届く。
「短剣一本で二人を相手出来るとおもっているのですか?」
「まさか。もう一本仕掛けといて良かったと思っているところだ」
男がさっとどこからかナイフを取り出した。それを使って二人の攻撃をかわしていく。素早すぎて目で追えない。
ギルティも僕も、手の出し様がなくひたすら見守った。隊長二人なら心配はいらないと気を緩める。
だがそれが過ちだった。
「ほらほら、君も危ない事理解しとかないと」
「!?」
気が付けば、後ろに悪魔が立っていた。顔に向かって突き出される短剣がちらと見え、とっさに後ろに下がり解放した左腕で顔を覆ったが、鈍い痛みが走った。
「……っ」
「これで左腕はもう扱えねぇな」
見るとざっくり斬られ血が大量に流れていた。かなり深くまでやられたらしい。動かそうとすれば左腕全体に鋭い痛みが走った。
「ロア!」
ギルティの叫び声と共に目の前に氷の柱がたった。ずあっと一瞬でかなりの高さまで登りつめる。
「うーん、この氷の少年はまだ遅いな。まぁ、黒腕のお前も遅いが」
いつの間にいたのか、僕の左側で悪魔が腕を組み立っていた。とっさに左腕を悪魔に振りかざしたが、痛みのあまり動きが鈍る。もちろん悪魔にはひょいっと軽くよけられてしまった。目の端にギルティとミスター・ゼルヘブンの姿がうつる。
「この子ら、鍛え直した方がいいって。覇打獣さんよ」
ワイナー達には目をやらず僕らを見ながら悪魔が言った。だんだんと怒りが湧いてくる。
「何で連れてきたの、こんな弱いの。足手まといになるだけじゃ……」
ドガン!!
「ってのもちょっと見限りすぎたけど、それでもまだまだだな」
僕は右腕に渾身の力を込めて悪魔に攻撃した。地面が深くえぐられているが、ちょうど攻撃の当たらない位置に悪魔がいた。怒りに任せた攻撃が届かなかったようだ。
「もしかしたら怒られるかも知れねぇけど、ちょっといじめちゃおうかなー」
「その子が気に入ったのか知らないが、下手に近寄られても困る」
ミスター・ゼルヘブンがそう言って動き出そうとした瞬間、悪魔が両手を下から上へ上げた。
「っ!!」
「そっからちょっとでも動こうってんならぐさりだぞ。いいな?」
僕以外の皆の周りに真っ赤な太い針が沢山地面から突き出し、針が邪魔で動けなくなっていた。
「……なんだ。何がしたい」
「ちょっと質問」
「……なんだ」
「お前ってさ、珍獣と関わりあるんだろ?」
「っ!!」
どうして知っているんだ。
「ほう、やっぱりそうなんだ」
「……だからどうした」
「だから、ちょっと腕試しさしてもらいたいんだ、よっ!!」
悪魔が再び短剣を振りかざしてきたが、間一髪の所でよけた。微かにあたった頬から血が流れる。
「珍獣と関わり持つデトランって滑稽だと思わねぇか?だって魔獣は俺らの仲間に近い存在だ。なのにデトラン側についてるなんてな」
ベラベラと喋りながら近付いてくる悪魔に一定の距離を保つが、そんな距離は意味が無いと頭が訴える。
「魔獣を倒すべき存在が魔獣の血を引いている。笑える話だぜ」
ちらと仲間を見る。多分隊長達にはそれが知らされているのだろう。表情を変えずにこちらを見ているが、ギルティは別だ。目を見開いて僕を凝縮していた。それに居心地の悪さを感じ、すぐに目をそらした。
「お前の話は色々知ってんぜ?」
短剣が左頬に向かって突き出されたのを腕でかばう。
「愛した女を殺したことも」
「!!」
今度は脇腹に突き出された短剣を塞ぎきれなかった。
「動揺してんのか?可愛い奴だぜ、分かりやすくてな」
「うるさいっ」
「その女の事、あそこの茶髪は知ってんのか?」
はっと悪魔の顔を見る。悪魔はいやらしく笑っていた。
「やめろ!」
「お前が殺した女、それは、あ……」
「黙れ!!!!」
ドガーン!!!!!
「はっ、はっ、はっ……」
砂埃が舞い視界が遮られる。聞こえるのはさっきのようなごうごうという音と、自分の息づかいだけ。
「どこへ、消えた……」
「ここだよ」
左側から悪魔の声が答えた。姿は見えない。
「やってくれんな」
その声には少し苛立ちが含まれている。
ざりっざりっと地面を踏み鳴らす音が近付いてくる。ぼんやりと悪魔の姿が認識できてきた。
「さっきの黒い塊、お前の技か?」
現れた悪魔の右腕は血まみれでだらりと垂れ下がっている。思わずその姿に目を見張った。
「おい聞いてるか?……って、なんだ。自分のつけた傷見てびっくりしてんのか?」
「……それは僕が?」
「当たり前だろ」
驚いた理由は二つある。一つは攻撃を重傷にまで与えられた事。そしてもう一つ。
悪魔の傷跡から漂う黒い何かだ。霧よりも濃い何かが傷跡から漂っている。ふと自分の爪先を見ると、余韻なのか悪魔の傷跡から漂う物と同じ霧の様な物がチラチラと漂っている。
「これは痛いね少年。なかなか速い攻撃だったじゃないか」
悪魔は重傷にそぐわず飄々とした態度でそう言った。
「ちょっと予想外なんでね、今回はこれでお開きだ」
「待てよ……。お前、僕に会うために気をこっちへ放っていたんだろう……?」
僕の質問に一瞬驚いた顔をした悪魔だがにやっと笑みを見せた。
「悟いな。まぁ気付かないのはそれで鈍いが。当たりだ、ベイル。言っていただろう、空から聞こえた声も似たような事を」
嫌な汗が背を伝う。また、ベイルと……。
「……僕を殺すなら殺せばいいじゃないか。弄んでるのか?」
「殺す?まさか、殺すなんて事はしないさ。とりあえずお前には……って、これ以上話すと俺もあのガキみたいに殺されちまうかもな。お前に答えれるのはこれまでだ」
「パドラヌマといった子どもの事か?」
「これまでって言ったろ」
「ならこれで最後だ」
悪魔はなんだ?という様に首をかしげた。
「その気の強さからしてお前もパドラヌマなのか?それと、あの空の声は子どもの事を未完成という様な言い方をしていた。お前はどうなんだ?」
「俺は完成系パドラヌマ。名をジーガスという。多分また会うだろうから、覚えときな」
ジーガスと名乗った悪魔は、重傷を負って動かせないはずの右手をひらひらと僕にふった。
「バイバイ」
ざっとジーガスの姿が消える。それと同時にギルティ達を取り囲んでいた針も砂になった。
その場に満ちたのは、気まずい沈黙だった。




