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漆黒の花嫁  作者: つかさ
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君の名を呼ぶ

目の前に差し出されたその手に、僕はどうしたらいいかわからずに見つめる事しかできない。すると少女は僕が動じないと分かると僕を抱き起こした。優しい感触に、思わず身を硬くする。そして、抱き起こした時に見えた僕の左手を見て目を見開いた。

手枷。

物心ついた時にはすでにつけられていた。大きな柱にくくりつけられ一定の距離しか移動できない様になっている。太い鎖はか細い僕ではとうてい引きちぎれない。

彼女はそっとそれにふれながら小さな声で言った。

「これ、痛い?」

もちろん言葉を知らない僕は、ただ疑わし気に彼女の目をみつめるだけ。何も言えない僕を見て、彼女は顔を曇らせた。

「あなた‥…‥言葉が‥‥…?」

ぽつりと零した彼女だが、すぐに表情を戻し手を自分の胸にあててゆっくり言った。

「ティラナ、よ。私、は、ティラナ」

そしてその手を今度は僕の胸にあてる。

「あなたの名前は?」


驚いた。優しい接し方と、ぬくもり。初めて感じる感触。

僕は戸惑いながら首をかしげた。すると彼女は何か考え込むように眉間にシワをよせ、そして明るく言ったんだ。


「ベイル! あなたは今日からベイルよ」


それが、長きにわたり僕につけられた「名前」だった。









ティラナは村人の目を盗んでは、僕に会いにきた。

話しかけては駄目なのに。ばれてしまったら殺されるかもしれない。それを承知してでも会いにくる。

どうして?どうして君は僕にかまう。僕には何もないのに。

それだけが、僕にはわからない。



僕は驚くほどのスピードで言葉を吸収した。今ではティラナの言うことが、ほぼ理解できる。だが言葉を口にした事はない。


怖いのだ。彼女に情をうつし、いつか来るかもしれない別れのあとの、未練が。

今の僕に心はない。とうの昔にそれは捨てた。この暮らしに慣れるにはそうするしかなかったから。だがそれを再び手にし、寂しさを抱えて生きるのが怖かった。

孤独に心を満たされるのは、もう十分だ。だから僕は心を打ち明ける事はしない。




ある日、ティラナはいつもの様にやってきた。

「見てベイル!」

両手に何か抱えている。

色とりどりの……

「花よ。これは花というの。」

花‥‥…。

ティラナは微笑んで、それを丁寧に花瓶に入れた。

「花はね、すぐに枯れてしまうの。生きれる時間がわずかなのよ。」

そう言って優しく花びらをなでる。

「けれど、また美しく蘇る。何度踏まれたって、何度枯れたって、諦めることを知らず咲き誇る」

ティラナは優しく僕を見た。思わずどきりとする。

「あなたみたいね」

思わぬ言葉に驚いた。

「あなたは村人達に何度蔑まれても強く立ち上がるわ。まるで花よ」

そうだね。

いっそ花のように儚く消えてしまいたい。また新たな姿となって‥‥…。

ティラナはゆっくり僕に歩み寄ってきた。

「私はあなたの赤が好きよ。銀河のようなその髪も。うらやましいくらい美しいわ」

愛おしげに頬を触られ、心地よさに目を閉じた。

僕は君がうらやましい。僕なんか、比べ物にならないくらい美しい。誰もをひけつけるような、深い青の瞳。まるで光のように輝く、綺麗な金髪。



「美しいのは君だよ、ティラナ」



ティラナははっと目を見開いた。



「君は美しい」



生まれて初めて話した言葉。うらやましいと、そう言った君。酷く悲しい目をしていた。まるで自分は醜いのだと、そう聞こえた。

そんなことないのに。君ほど美しいものは他に知らない。


「ベイル‥‥…あなた、言葉を‥…‥」

「ごめんね。僕は逃げてた。」

僕は、もう、

「君を、ティラナを正面から受け止めることから」

君から逃れられない。

「大好きだよ?ティラナ」

そう優しく微笑んだら、ティラナは泣いて僕に抱きついた。




もういい。

寂しさを、覚えてしまった。喜びも、覚えてしまった。愛しさを、知ってしまった。

後戻りはきかない。

「私‥‥…、あなたは話せないんだと‥…‥っ!」

「ううん、僕は話せる。ごめんね」

優しく頭をなでる。

「いいの‥…‥っ、‥‥…良かった‥‥…!」

心底愛しいと思った。もし君の行動が、哀れみから生まれたものだとしてもいい。そばにいてくれたなら、それでいいんだ。


今だけは、僕だけの、君。

君だけの、僕。

君と過ごすこの時間が尽きてしまうその時まで、僕の時間は君に預けるよ。





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