悪魔の進化
ミスター・ルーカスが中央本部へ来てから一週間がたった。彼が滞在するようになってからというもの、本部の空気は最悪。皆顔が暗く、空気は淀み、あれほど賑やかだった食堂もどこか静かだった。
それはミスター・ルーカスの任務遂行命令による。彼の下す命令は思いやりが無かった。テリバーさんならデトラン同士の関係性、相性、力の強弱のバランスのとれたメンバー。そういったことを全て配慮してメンバーを作成してくれる。だがミスター・ルーカスはめちゃくちゃだった。
気性の荒いジャギーと、短気なゾマホンの二組のペアは、悪魔によってではなく自分達の喧嘩によって大怪我をして帰って来た。
攻撃系ではなく回復系、防御系の多い多数グループは、デトラン同士のキュラムの気がぶつかり合い、せっかく悪魔に致命傷を与えたと思ったら自分達で悪魔の傷を回復させ全快にさせたのが三度も起こった。
飛行術を持たない5人のグループでは、飛行系の悪魔だったのにも関わらず任務遂行に行かされたため、朝からずっと悪魔を追い回してばかりになり日が暮れた。
そしてギルティを含めたデトランが行った任務遂行。それはもう聞いていて他のデトランが可哀想だった。近頃特に気を張っていたギルティは、些細なことで不機嫌になる事が多く、メンバー皆はかなり精神攻撃で追い詰めたられたそうな。その中で思わず同情したのが、ぽっちゃりとした女性デトランのミヤナの話だ。彼女はおしゃべりが好きなため、放っておけばいつまでも話し続ける。それに残念な事に、話の内容はお世辞でも面白いとは言えない。だが女性の会話の盛り上がりは些細な話でも絶頂に上り詰め、ついに痺れを切らしたギルティはミヤナにある一言を言い放った。
『豚はもっと不細工なりに大人しくてうるさくないって聞いた事あるんだけどねぇ。豚の小さな頭でも、やっぱり殺されるかもしれないという事は理解してるのかなぁ。君はそうじゃないの?』
その日それを言われたミヤナは泣きじゃくりながら帰ってきた。とても傷付いたに違いない。もしかするとトラウマになってるかもしれない。きっとギルティは沢山の女性をその日で一気に敵にまわしてしまった事だろう。
ギルティの機嫌の悪さは、最近目に余る程酷いものとなっている。周囲に怒りをぶつける事もあるが、それは本人が周囲の状況に耐えきれなくなったとき。
ギルティは感情を表さなくなっていった。何を話しても、何を聞いても、どこに連れて行っても、その顔は一定の笑顔を保つだけ。感情は心の奥にしまい込んでいる。いや、もはや何も感じなくなっている。そんな感じだ。
何があったのかはまるで闇に包まれているが、僕とグラルダーは後々これを解決しなくてはならないと感じるほどギルティの様子は酷いものだった。
そんな中で、また任務遂行の命令が下りた。雪山にある森林の奥にいる悪魔の討伐だ。メンバーは、僕、グラルダー、リリー、そしてギルティとなった。
「これはなかなかいいメンバーじゃねぇ?」
「どこがだよ。いいのとかリリーだけじゃないか」
「ほんっと、グラルダーがいたら任務がままならなーい 」
「んだとぉてめえら!」
こっちでぎゃあぎゃあ騒いでいるのにも関わらず、ギルティは無関心に前を歩き続けた。
「……ギルティ、最近冷たいんだぁ……」
そうぽつりと言ったリリーの横顔は、とても遣る瀬なさげで。僕は少しだけギルティに苛立った。心配してくれている人がいる。話を聞きたがってる人がいる。さみしく思う人がいる。それに気付いているだろう、君なら。どうして突き放すんだ。
「……ギルティ!」
一緒躊躇った後、リリーはギルティに駆け寄って行った。ギルティが名を呼ばれた方へ肩越しに振り返る。
「ギルティ、今日任務終わったら一緒にご飯食べようよ。ほら、またオススメあるんだ! だから……」
「ごめんね、リリー」
ギルティの言葉がリリーをさえぎった。
「今日は、無理なんだぁ」
リリーにむけたその笑顔は、あの、心が無い笑顔。リリーはとても傷付いたそぶりをしたが、それを隠して明るく振舞った。
「そっ、かぁ……。でも、いつでも暇な時は言ってね! 私、待ってるから!」
「ありがとう」
普段のギルティなら考えられない態度だ。女の子からの誘いならどんな事があっても行くギルティが、ましてやリリーの誘いを断るなんて、考えられない。グラルダーも隣でそれを唖然と見つめている。
「これってよ、ロア。踏み込みすぎるのは逆に毒か?」
「そうだね。余計心開かなくなるんじゃない?」
「ギルティの性格って意外と難しいからなぁ」
グラルダーはそう言って頭をかいた。そしてぴくりとその手を止めて辺りに気を配る。
「お、こら悪魔の気じゃねぇ?」
「……違う」
僕はグラルダーが反応する前から、それが何かは気がついていた。だが、あまりにも禍々しいそれに、その事を口に出すのを躊躇していたのだ。
「じゃあなんだってんだ?」
「君は本当に鈍いね」
「ん?なんの事だ?」
かなり前を歩くギルティの背中を見つめる。
「殺気だよ」
「だから悪魔の……」
そこまで言ってグラルダーは押し黙った。そして僕と同じ所へ視線を送る。
「まさか、ギルティの……!?」
「そうさ」
僕は不安からか、ふぅとため息をついた。ギルティの殺気の鋭さは前の任務に比べてさらにとげとげしくなっていた。そう、ギルティの状態が悪化しているということだ。
「……だがよ、これは悪魔の気にかなり近いもんだぜ」
「心情が近ければ気も近くなるのかもしれない」
「心情って、悪魔と同じ心情なんて、酷いもんだろ?」
「……あぁ」
悪魔の心情は、怒りや恨み、妬み、欲情、苦痛や飢え。そういった醜い感情しかない。それらは悪魔を作り出すエネルギーの様な役割も果たしていた。
「ギルティの心は今何を思ってるんだ……」
グラルダーがぽつりと渋い顔をしてつぶやいた。
「来る」
突然そう言ったギルティに、誰しもが視線を送った。
「構えて。悪魔だよ」
ほうけていた僕らははっと構えをかたくし、悪魔に集中しようとした。でも気を追えない。ギルティの殺気が強いのだ。
こあっと、ギルティの周りの空気に冷気が漂う。すぐに殺せる様にするつもりか。ギルティにはもはや、協力戦は望まないものになっているのかもしれないな。
皆がそれぞれキュラムを解放した時……。
「ひゃっほーう、こんにちはーぁ」
後ろだ!
だが振り向いた先にあった光景は光が放たれ、思わず目を閉じた。
「……へぇ、かわしたの。やるねぇ」
ギルティの声を合図に目を開けると、大きな氷柱が一本天へ突き抜けるように立っていた。そして、トゲの様に所々突き出た氷に、悪魔が座っている。男の子だ。まだ小さい小柄な男の子。9歳ぐらいだろうか。
「一瞬でこんな力を扱えるの?凄いんだね、デトランって!」
「それは嫌味かなぁ?」
「違うよう、素直に凄いとおもっただけ」
背をむけているギルティの表情は伺えないが、きっと声からすると睨んでいるはずだ。だが少年は臆する事なくにこにこと笑った。
「でもさ、デトランは無能な奴もいるよね。この前悪魔を殺しに行ってるデトランに岩落としてちょっかいかけたらさ、一人死にかけちゃった! だからお兄ちゃん、すご……」
ドガアアアァァン……。
最後まで少年が言い切らないうちに、ギルティが少年の座っていた氷を破壊した。
岩の落下によって重症したデトラン。それはシュラルだ。ギルティとも仲が良かった、気さくで温厚な性格だった男。彼は岩に足をまきこまれ、それによって右足を失った。シュラルの状態は極めて最悪で、自室に引きこもって出てこなくなってしまっているのだ。
「ねぇ、君、そんなに死にたい?」
ゾッとする程低いギルティの声。その声に右隣で構えていたリリーの肩が揺れた。
「どうして怒るの?」
ふわりと少年はどこからか飛んできた。同じ目に合わない様に空中にただよっている。
「言われなきゃわかんない?だから子どもは嫌いなんだ」
「僕が敵だから?」
「そうだね」
「お兄ちゃんの仲間をいじめたから?」
「……それもあるかもしれないね」
ギルティの声に少しだけ寂しい様な、悲しい様な思いを感じとれた。それに少しだけホッとする。心はまだあるのだ。
すると少年は首を傾げて、でもね、とギルティに話しかけた。
「僕は敵なんだよ?お兄ちゃんもまた僕の敵。殺そうとするのは当たり前でしょう?それの何が悪いというの?」
「……そうだねぇ。君は確かに何も間違っていないよ。悪魔はデトランを殺すし、デトランは悪魔を殺す」
「違うよ、それ」
少年がまるできょとんとした様に言う。
「何が違うんだ?君は悪魔じゃないか」
ギルティが疑わしそうにそう言った。
「ううん。僕はね、悪魔の進化系のパドラヌマというの」




