嵐の予感
現れたのはみすぼらしい洋服に身を包んだ小汚い老婆だった。白に染まった髪は無造作に束ねられて乱れているし、髪の色は埃をかぶっているせいか白より灰色に違い。肌は赤みがかった茶色をしており、ニヤニヤと笑う口から覗く歯はガタガタで黄色かった。十分気味が悪い見た目に追い打ちをかけるように、その瞳は毒色に染まってらんらんと輝いていた。なんとも恐怖を煽る。
「最近は人間が近寄ってこなくなって困ってたところなんだよ。そこに三人もデトランが現れるなんて、夢のようだねえ」
「あんま痛い目見たくねえなら大人しく殺されな」
「殺されるために足掻かず大人しくしろと?」
「長い痛みをともなって苦しみ死んでいくなら一緒の痛みで死ねる方が楽ってもんだぜ悪魔さんよ?」
グラルダーの皮肉に老婆は醜く顔を歪ませて笑った。
「それはこっちのセリフだよ。あんた達をすぐに死なせる気はない。毒で身体が溶け出し、息ができなくなる程喉が熱く焼け、そして徐々に死に近づいて行く恐怖と快楽を味わわせてあげるよ」
そう言ってわずかに殺気を放った老婆に僕たちは身構えた。
「悪いがそう簡単にとらえられると思われてるなら困るよ」
「悪いけれどそう簡単に殺せる悪魔と思われちゃ困るね」
僕の言った言葉にかぶして返答した老婆に僕は目を細めた。
これはレインダーの中の中の上といった強さかな。頭も回る様だし力もそこそこあるっぽいしね。
「生意気だねえ……。だからこそ楽しくなるのは言うまでもないけれど!!」
その瞬間、老婆の手がツルのように伸び出した。紫色のそれはなんとも言い難い気味の悪さを放つ。ちらと周りに目をやると、すでにグラルダーは槍を解放しており戦闘体制に入り、ギルティはいかにもめんどくさいと言った風にしていたが殺気だけは溢れ出ていた。
「さあ、かわいがってやるよお前たち!!」
「盛り上がってきたところ悪いけれど、やっちゃうよぉ?」
そう言ったギルティがはやくも行動を起こした。両手を前へ開く。
「このぐらいで死なないかなあ?」
すると周りの温度が急激に下がり出し、老婆の足元を氷が多い、全身を凍らせてゆく。老婆は逃れんと身をよじったが、氷はそれを許さずさらに上から上から分厚く覆っていった。そして老婆は氷に包まれ、大きな結晶と化してしまった。
「ごちー」
ギルティのキュラムの能力は自然を操る力の一種の“アイス・ウォルム”と名付けられた、冷温を調節できる能力。どこまでも好きな温度まで下げることができ、それによって氷をも作り出すことが可能。そして優れたことに、温度を感じさす相手を限定できるのだ。
「終わりかよ」
「なんか手応えなさすぎて不気味なんですけどぉ」
「この氷の塊、砕いてしまった方がいいね」
「そうだねぇ、油断したら出てきちゃうかも」
そう言ったギルティにグラルダーが槍を大きな先端のゴツイ形に変えて、老婆でできた氷の塊を割ろうと近寄った。
その瞬間。
ガシャァァァァァン!!!
「なっ!?」
氷が破壊され辺りに飛び散った。反射良くグラルダーは飛びのいてかわす。
そして中からふらりと老婆が現れた。
「甘い甘い。仕留めるならもっと分厚い壁を作らなくちゃ。あんなのただの氷でできた皮のようなものだよ」
そして僕たちを見ると残忍な笑みを浮かべた。
「全力でかかっておいで」
そう言った老婆のツルとなった両手の先がツボミのように膨らみ……なんと真ん中から裂けて口が現れた。
「私の可愛い子どもたちの吐く毒で死にな」
片方のツルがガバッと口を開けると、一番そばにいたグラルダーにむかって何かを吐き出した。素早くグラルダーがその物体をよける。
「……っ、くさっ!?」
僕の隣でギルティが過剰反応する。その吐き出された物体は、黒に近い紫色をした毒だった。触れた地面は蒸気をあげ、その蒸気からは異臭が放たれて辺りに嫌な臭いが広がる。
「ギルティ!!!」
「!」
……間一髪でギルティは、ギルティにむかって吐き出された毒をアイス・ウォルムで凍らせた。
「ひゅう。危ないなぁもう」
「かわされちまったかい」
老婆は楽しむように笑った。
この老婆の皮をかぶった悪魔の能力は厄介だ。あのツルから吐き出される毒は遠くまで飛ばす事ができるのだろう。もっぱら接近戦派の僕は近づく事も困難。そしてグラルダーもまた接近戦を得意とする。遠くから攻撃する事が可能なのはギルティだけだ。
「なんでテリバーさんこのメンバーを組ませたんだよ」
文句をたれたグラルダーの意見は僕が考えていた事と全く同じだった。この状況では僕とグラルダーはかなり不利となる。言い方によっては邪魔になるくらいだ。
「君たちおとりになれって事じゃないのぉ」
「冗談キツイぜギルティ。わざわざおとり役買うためにこんなとこまで来ただなんてありえねえよ」
「ぎゃっ! あっぶなぁ!!」
言い合っている二人の間をツルの毒が飛び込んできた。
「そこの茶髪の坊やが一番やっかいだからね。片付けさしてもらおうか」
老婆はもっともな事を言ってギルティに両方のツルを向ける。
僕はさっと考えを巡らせた。
「グラルダー、ドラッグの速さに自信はある?」
老婆に聞こえないように声をひそめる。
「ああ、ヴァルから逃げる時のために速さだけは鍛えたからな」
「よかった。君と僕とでドラッグを使って一気に悪魔に距離をつめるよ。気を散らした悪魔をギルティになんらかしらの方法で攻撃してもらう」
「ギルティに伝えなくて実行できんのか?」
ギルティとはさっきの毒の攻撃をよけた時に距離があいていた。
「ギルティの判断力に頼るしかない」
「はっ、失敗したら笑もんだぜ」
「あのツル素早そうだからね。気を散らせるのも一瞬だろうしすぐ攻撃してくるはずだ。一発勝負だよ」
「やってみるか」
僕たちは老婆を警戒して近付けない風を装い、攻撃の隙を測った。
ツルの口がギルティに毒を吐こうと開いた瞬間、僕は勢いよくドラッグした。グラルダーも絶妙のタイミングで飛びかかる。老婆が驚いて間近に迫った僕達に後ずさったが、それもつかの間、ツルが僕たちを見下ろす。
「ギルティ……」
攻撃を、と言いかけたその時、辺りが吹雪に覆われ、周りが見えなくなる。
「……ふぅ。無茶振りも程々にしてよね」
ギルティの声が聞こえ僕は目を開く。すると吹雪は晴れ、目の前には頭から下が真白な氷で凍りついた老婆が現れた。
「さっきと氷の薄さは同じだけど強度が違うからねぇ。どんなに足掻いても割れないよ」
老婆は悔しそうにギルティを睨んだ。ギルティはそれを見てふふっと笑う。
「口をきけるようにしたのはね、最後に言いたい事でもあるかなぁって。どう?」
「恥かかすつもりかいこの童が」
「違うよぉ。優しさと言ってほしいねぇ」
そう言うギルティの笑みは冷え切っていた。
「あたしみたいな三下殺しただけでいい気になっんじゃないよ。あの方達ならあんたらなんて簡単にねじ伏せれる」
その言葉に僕たちは顔をしかめた。
「あの方達……?」
「そうさ。あんたらなんか子バエ程度に感じるほどお強い方達さ!」
「それは誰だ?」
グラルダーの凄んだ口調にも老婆は笑ってはねつけた。
「教えてやるものか!」
「教えてくれないと痛い目見ちゃうよぉ」
ギルティが片方の手を老婆に向けた途端、ギシギシと氷が軋み、老婆が苦痛の声をあげる。
「内臓潰されたくなかったら答えな?」
だが老婆は怯まずにほくそ笑んだ。
「おやりよ。あたしは口は割らない」
ギルティがあげた手をぐっと空中で握った。
「ぐあぁあああ! ……ふん、この、くらい、で! だれが、言うか!!!!」
そう老婆が叫んだ瞬間、ぐしゃりと嫌な音がして氷の中身がじわりと赤く染まった。老婆はぐったりと動かなくなった。
「あ、死んじゃったぁ」
そう言ったギルティの言葉に感情はない。
「グロいもんみせんなよ」
「ごめぇん。ついね」
悪魔はギルティの氷に潰されて死んでしまった。
悪魔を殺し任務は終わったものの、その場の空気は重いまま。
「あの方って、誰だと思う?」
沈黙を破ったのはグラルダーだ。
「さあね。これははやくテリバーさんに報告したほうが良さそうだな」
「ああ、急ごう」
こうして僕らは小屋を後にして本部へ戻り出した。
ただただ不穏な空気をまとわせたその場から逃れるように。
次回からタイトルを『漆黒の花嫁』に変えます。
よろしくお願いします。




