崖の上の主
僕らは任務遂行の命令を受けるため、局長テリバー・ナエルのいる部屋へむかっていた。局長の部屋は2階にある。
「ふぁ〜あ」
僕の後ろであくびの声が聞こえた。
「ねむーい。もう本当にやだぁ。俺最近全然寝てないのに」
あくびの主はギルティだ。彼はくせのある髪をくしゃくしゃとかいた。
「しかもなんで男だけの任務な訳ぇ?せめて1人でも女の子ほしかったんですけどぉ」
「悪かったなむさ苦しくて」
グラルダーが皮肉っぽくギルティに言った。
ギルティを一言でまとめるなら……そう、ホストだな。ギルティは容姿が良いので歩いているだけでも声をかけられる。そのクセのあるくりくりした柔らかい茶色の髪の愛らしさ、優しい垂れた目に宿る可憐なエメラルドグリーンの色。すらりとした背に丁度いい肉体と、それまた綺麗な長い足。それはもう西洋の人形の様な美しさだ。
……まあ歩いているだけでは問題ないのだが、彼の場合それだけじゃ済まない。
巧みに女性を翻弄させる話術。それはもうギルティのイタズラで何人の女性がその気にさせられたか。ギルティは手に入れるまでの経過を好むらしく、相手が溺れた頃にすっぱり断ち切るのだ。捨てられた女性を思えばかなり残酷な仕打ちだろう……。
そうこうしているうちに、目的の部屋までたどり着いた。
「着いたよ、静かにしててね」
僕は局長の部屋の扉を静かにノックした。
「ロア・ロトです。任務指令を受けにに来ました」
「入ってー!」
中からはすぐに返事が返ってきた。
「失礼します」
扉を開けると、すぐにせっせと書類をまとめるテリバーさんが目に入った。
「やあやあ、こんにちは。もう任務の時間だったとはねー。さあ寄って寄って」
テリバーさんは僕たちが横一列に並ぶのを待って、書類をいじる手を止めた。
「今回の遂行場所はプリペート海岸だったね。その海岸には大きな崖があるんだ。その崖の上に悪魔は住んでる。どういった能力を持つかも知ってるね?毒だ。海の生き物をかなり死なせてる毒だから、多分威力は強いと思う。悪魔がどういった風にその毒で攻撃してくるかは全く不明だから、十分に注意して戦いに励んでね」
「悪魔は一匹だけなんですかーぁ?」
ギルティはめんどくさそうにテリバーさんに言った。
「ああ、こちらの予測範囲内ではね」
「余裕だな。一匹に三人もいたら圧勝だろ」
「グラルダー、気を抜いて重症を負って帰って来ないでくれよ?」
「当たり前だよ」
テリバーさんはグラルダーの自信満々の返答に微笑んだ。
「さ、今回の任務のメンバーはここにいるデトランだよ。ギルティ・ティッカー、グラルダー・レインドル、ロア・ロト。皆精一杯頑張ってきてくれ。怪我だけはするなよ!」
僕たちはテリバーさんの話が終わってすぐに本部を出た。
目指すは海岸に住まう悪魔だ。
「……で、どれがその崖なんだ?」
グラルダーが眉間にシワを寄せて嫌々し気につぶやいた。
目指す目的地に行く間、僕たちはかすかに感じる悪魔の気をおって、ドラッグ(移動手段に使う飛行術のようなもの。精神を使うため長期の活用は疲労が溜まってしまう)し、かなり進んでから洞窟という障害にぶつかった。狭い洞窟に苦戦しながらなんとか抜けて見たものは、前も右も左も岩だらけの景色。遥かに高いその岩は見方によればすべてが崖に見える。
「こんなの聞いてないんですけどぉ」
ギルティもグラルダーと同じく眉間にシワを寄せて岩を見上げていた。そして目を閉じて悪魔の気に意識を集中させる。
「うーん……。あっちから気がでてるね!」
ギルティが指差す先は正面に見える大きな崖だった。
「あのでっかい崖の上にいるんじゃない?ロアどう?」
僕も気に意識を集中させてみると、確かにギルティが指差した崖から気が感じとれた。
「そうみたいだね。行こうか」
進み出した僕の後を二つの気だるそうな足音が続く。
「おっ! 海じゃねえか!」
しばらく歩いていると、グラルダーが声を上げた。それにギルティが安心した様なため息をもらす。
「どこが海岸なんだよとか思ってたけど、岩で見えなかっただけみたいだねぇ。よかったよ」
「……待て」
突然なグラルダーの緊張感を含んだ声に、その場の空気が少しピリッとする。
「これ、見てみろよ」
グラルダーの視線の先へと近づいて行くと、そこには岩に引っかかってつまった魚の死骸が溜まっていた。
「げろぉ……。ちょーばっちいんですけどぉ」
ギルティが僕の後ろでうめいた。よく見ると、魚の死骸の周りの海水が薄紫に染まっている。
「こりゃあ毒にやられて死んでんな」
「なんか臭くない?これ絶対ヤバイ系」
「ああ、死臭でもなく鼻に刺すような変な臭いがするね」
「毒たぁ悪どいやり方だぜ。先を進むか」
「そうだね。もしかしたらむこうもこっちに気付いてるかもしれない」
僕たちは辺りを警戒しつつ、慎重に崖へ進んで行った。
「いかにも怪しいな」
たどり着いた先には一軒の小屋が建てられていた。木は腐って黒くなり、周りにはぬかるんだ黒い泥の様なものが散らばっている。近寄って見て見るとそのぬかるみは黒に近い紫だった。これも毒なのだろうか。
「鼻もげそぉ」
ギルティが手で鼻を覆いながら小声で言った。確かにここはさっきの妙な臭いがかなり強くなって充満していた。
「無駄に地面に手をついたりしない方がいいかもしれないね。さて、誰が小屋を突破する?」
「おや、可愛いデトランが三人も来客しに来たのかい?」
僕たちは突如聞こえた見知らぬ声にはっと身構え声の主を探した。
「わざわざ大変だったろうに。中に入ってお茶でも出そうか。もちろんあたし特製の毒入りのねえ」
声の主は扉の前に立っていた。
「そりゃあ快い歓迎だぜ」
グラルダーが苦々し気に笑った。




