天狗
さて、あの世からなんとか戻ってきたが……とりあえずこの格好はなんとかしないとな。変態だか追い剥ぎにでもやられたと言えば羽織る物位は恵んでくれるかもしれない。
だけどそのためには誰かにこの姿を晒さないといけない。とりあえず僕は道が見える場所に沿って静かに歩いている。左右が山で一本道なのがちょうど良かった。
結局誰にも逢わずに原っぱが見えてきた。さて、このまま進むか山を登るかどうしようかな。
この選択肢はかなり重要だから少し時間をかけて考え込んだ。
「……よし、進もう」
考えたのは数分位、日も傾いてきたので僕は少しペースを上げて歩いて
「フウゥゥゥーーーーーハハハハハハハハハハハハハハ」
ペース配分なんて考えずに山をかけ登っていく。絶対にあの人とは関わってはいけない、どんな事があっても。
一心不乱に山を登っていた僕はようやく助けを求めることが出来た。
「た、助けへぶっ!」
……全裸で転んだ、恥ずかしい、とても恥ずかしいよ。誰か助けて。
「……あなた、もしかしなくても侵入者よね。今なら色々と見なかったことにしてあげるから早く山を降りなさい」
ダメだ顔を上げるまもなく可哀想な人を見る目になっているのがわかる。早く隠す所は隠して理由を話さないと!
「あ、あの、服、と、とら、とられ、て、原っぱ、にへ、へへへ変態がい、いて、こ、こわ、こわく、て、その、逃げて」
「わ、わかったわかったわかったからもう山を降りてなんていわないから落ち着いて、ね?ほら深呼吸して深呼吸」
よかった、焦ってしどろもどろになったけど伝わったみたいだ。
「とりあえずこれ羽織って。私の家まで抱っこするから恥ずかしいだろうけど少し我慢してくれるかな」
その服装で簡単に取れるのは袖とスカートだけどどっちも羽織るとは表現しないような……。
僕は迷わずスカートをはいてお姫様抱っこで運ばれていった。
「ハァ……ハァ……ついたよ」
「あ、ありがとうございます」
ここがこの人の家……。
「どうしたの?早く入りなよ」
「お、お邪魔します」
初めてよく知らない人の家に入った。僕は緊張してキョロキョロしてしまう。
「えーっと……スカートはアレでいいとして上着と……流石に下着はムリだから無しとして……この子小さいからベルトがないとまた転ぶだろうな」
この家随分物が少ないな、電化製品が一切置いてない。少し埃もあるからあまり家にいないのかな。
「君、この上着とベルトあげるから急いで着てね。直ぐに長の所に行くから」
長?仕事の途中に邪魔しちゃったのかな?
「なんでって顔してるけどね、君を拾ったから少なくとも一晩預かるのを伝えるの。いきなり知らない人が近くにいたらビックリするでしょう」
なるほど、確かに挨拶するのは大事だな。
「あの、着替え終わりました」
「ん、今度は歩いていくよ。それともまたお姫様抱っこして欲しい?」
「歩きます。恥ずかしいしあなたも誰かに見られたらからかわれます」
「小さいのに気が利くね(……多分もう見られてるけどね)」
「……ふむ、それで?」
「はい、今回この子どもは自らの防衛の為に山に入ってきました。本来人間にとって危険であるこの山に入るほどの状態になっている兆候だと思います。ですのでその異変が解決するか自己防衛出来る程度力をつけるまで天狗で保護して貰いたいと思います」
今、犬走さんは僕を確保したことの報告と僕を天狗に保護してもらえるよう直談判している。
因みに僕は犬走さんの隣りで萎縮しております。
「……人間の子供よ、其の名はなんだ?」
……この姿で男の名前が出てきたら変に思われるだろうなぁ。
「は、はい。小宮山……小宮山友則です」
「…………そうか。……小宮山、其はどうしたいのか其のくちから聞かせてくれんか?」
……少し間が開いたのは気にしない。
「はい、その前にむやみに山を登ってきた事を皆さんに謝ります。……本題に戻りますが、僕は一時的にここに避難をしにきました。ですので一晩だけでも過ごさせて頂ければ僕としては十分過ぎるくらいです。何日も泊まれるとは思いませんし、自己防衛の方は一晩で出来る程度教えてくれれば結構です」
「……そのなりでそんなことを言えるのか、人間も大分進化してきたな。犬走椛、お前が一晩きちんと管理しておけ」
「はっ、畏まりました」
いや管理て……。
「よかったな小宮山」
まぁ確かに真夜中に山で1人は怖いからよかった。
「はい、一晩だけですがよろしくお願いしますね犬走さん。長様も許可して頂きありがとうございます」
「其は天狗ではないのであるから長などと呼ばれる筋合いはないな。故に我のことは天魔と呼ぶがよい」
「了解しました天魔様」
「うむ、では下がれ(何なのだこの辱めを受けたような感じと願いが叶ったような高揚感が入り混じったものは?)」
「はっ。……さて、帰ろうか小宮山」
「そうですね、犬走さん」
犬走さんの家に帰った僕と犬走さんはそのまま夜が明けるまでずっと最新の人間が妖怪に対抗する手段であるスペルカードルールなどを犬走さんの知識の有する限りを授けてくれた。
夜も犬走さんの知識も完全に明けたので山の麓まで送ってもらうことになった。
「あやややや。もう出発するのですか?」
「もうなんてことはないですよ。太陽がハッキリ確認できるほど昇っていますよ」
「何のようですか文さん、私としてはまたチョッカイを出さないでほしいんですけど」
「チョッカイなんてとんでもない、私はただこの子を雇うだけですよ」
「それをチョッカイだと」
「さて小宮山さん、私は文々。新聞の記者ですが最近思うようにネタが見つからないのです。そこで小宮山さんにはネタの提供をして貰いたいのです」
「……それで?」
「はい、前払いと言ってはなんですがこれを」
文さんは黒いカードを出してきた。
「なっ、どうしてそんなにスペルカードをもっているんだ」
「それは企業秘密ですよ椛」
へぇ、……これがスペルカードか。
「今ここに未記入のスペルカードが15枚あります。小宮山さんのお好きなだけ渡しますが、変わりに枚数分のネタを持ってきて下さい。もちろん掲載できないような小さいものはカウントしませんが」
……カードは多いに越したことはないけど……全部は流石に欲張り過ぎるから適当な数だけ……。
「……じゃあ5枚下さい」
「はい、ではスクープも5ヶ下さいね」
「わかりました」
「では私もスクープを探さないといけないのでこれで失礼します」
「スペルカード5枚なんて思わないところで欲が出たな。あの様子だと多分文さんはスクープ程度じゃ許してくれないよ」
「スペルカードって妖怪から身を守る手段の1つなんだよね?」
「ああ、そうだね」
「天狗も妖怪だよね?」
「……どうなっても知らないよ」
「冗談ですよ。スクープがダメなら大スクープを探すだけですよ。もう近いので大丈夫ですからここで」
「……そうか、くれぐれも気をつけなよ」
「ありがとうございます。では、また」
「また、な」
「四季様、書類の整理が終わりました。次は何をしますか?」
「そうですね、少し死者の列の最後尾が見えてきたので通常業務に戻って下さい」
「わかりました。何かあったら呼んで下さいね」
そのまま小町は三途の川に戻っていったけれども……。
部下の小町がこんなに真面目なわけがない!
通常業務はおろか自ら仕事を増やしているのにミスが1つもない。本来なら喜ぶべきだが真面目に働き始めてからどこかよそよそしくなり、小町だけれど小町ではないような?
僕は何馬鹿な事を考えているのでしょうか。小町が真面目になった、それでいいのですから。
Q、主人公がいきなり笑いだしたけど?
A、違います。後述で「変態」と出た人物が発したものです。
前後の文章では誤解し易いですが、焦って説明足らずの方が中学生らしい子供らしさがでると思っているのでこの状態になっています。