転生ピンク髪、頭髪検査に引っかかる
前作のリーナとはたぶん別の異世界のお話です。
学校や仕事、「なんかしんどいな……」と思うときって、誰にでもありますよね。
このお話でほんの少しでも気持ちが軽くなったり、クスッと笑えたりする時間になれば嬉しいです。
「ッッッシャア!! 乙女ゲー転生じゃん!」
目覚めた瞬間、わたしは異世界転生してた。
教会に併設された孤児院の女子部屋。相部屋の子から「マリーうるさい!」と怒られて、わたしはベッドの中でガッツポーズした。
孤児院転生。
毛布の中に見える髪の毛はピンク色で、くるくるのふわふわ。
これはもう、夢にまで見た乙女ゲー転生ではないですか!!
……ってほど世の中は甘くなかった。
ガリ勉にガリ勉を重ね、特待生で合格した王立魔法学園。
主席入学者として、入学式でスピーチする準備も万端だったのに。
わたしは入学早々、生徒指導室に呼び出されていた。
生徒指導の先生は若くてわりとイケメンだったけど、分厚い眼鏡をかけた融通のきかなそうな人だった。
「……で、なんだその髪は」
「なんだって言われましても。地毛ですけど」
出番直前で新入生代表を降ろされたわたしは不機嫌だった。孤児院のみんなも楽しみにしてくれていたのに、帰ったら何て言えばいいのよ。
「そんな地毛あるか! ショッキングピンクだぞ! ご両親はどうなんだ。授業参観ですぐ分かるんだからな」
「せんせー入学書類見ました? わたし孤児なんですけど。猫の仔みたいにわたしを捨てやがったご両親がどうなのかはわたしも是非知りたいのでとっ捕まえきてもらえませんか」
「……そうなのか。では、地毛証明書と子供の頃の写真を提出しなさい」
先生はちょっとバツの悪い顔で話をそらしてきたけど、わたしはもう完全にふてくされていた。
「せんせーわたしの話聞いてました? 孤児院育ちだって言っとろーが写真なんかあるわけないでしょ」
「……そっ、そうなのか。じゃあ写真はいい。髪は明日までに染めて来なさい」
真面目そうな先生が目を白黒させているけど、わたしはもう止まらない。
「せんせー孤児院育ちのお小遣い舐めてるんですかそんなお金どこにあるんですかこの学園バイトも禁止なんでしょ誰が出すんですか孤児院ですか孤児院って税金で運営してるんですよ国民の血税使って毎月美容院で毛染めなんてしてたら炎上案件ですよ炎上炎上せんせー炎上したら責任取ってくれますかッ」
「…………すまなかった」
ガリ勉で培った語彙力で畳みかけたら、ついに先生が頭を下げた。
学園内で対応を協議するということで、わたしはしばらく自宅待機になった。
意気揚々と進学したはずのわたしが学園にも行かず自室でしょんぼりしているので、孤児院のみんなも心配している。
異世界、思ったんと違った。もっと華やかでチートで楽しいところかと思ってた。
頑張ってもどうにもならないことで自分を全否定された。そういうのってどんな世界でも変わらないのかもしれない。
もう辞めちゃおうかな。
でも勇気が出ない。
この貧乏孤児院じゃあ学費は払えない。
わたしが不良娘のレッテルを貼られたまま自主退学したら、もう孤児院から特待生は出ないかもしれない。そしたら、あとに続く子たちの未来を奪ってしまう。
応援してくれたみんなを裏切れない。
答えがでないでいるうちに、学園から登校許可がおりた。
生徒指導の先生が尽力してくれたらしく、わたしは地毛のままで登校していいことになった。
けど、既にクラスのみんなからはすっかり遠巻きにされていた。
教室に居場所がなくて、学校に行くのが怖くなった。
わたしはもともとあんまり頭がよくない。
孤児院から学費が出ないから、特待取るために必死でガリ勉していただけだ。
自宅待機の間に遅れた勉強を取り戻すために、生徒指導の先生が特別に補習をしてくれてるけど、クラスメイトには不良だから呼ばれてるんだと思われているみたい。
ますます教室にいるのがいやになって、わたしは生徒指導室に逃げ込んだ。
その日も補習がてらに生徒指導室でお茶してから、いやいや教室に向かう途中だった。渡り廊下で、いかにも高貴そうな女子生徒から声をかけられた。
艶やかな金髪縦ロール。吊り目がちのキツそうな美人。ぼっちなわたしでも知っている。侯爵家の長女で王太子の婚約者の……
「悪役令嬢」
思わず声に出してしまって、わたしはハッと口を押さえた。
「そうよ!!」
肯定された。
「お前が平民上がりの特待生なのにピンク髪の不良娘ね! 授業にもあまり出席してないって聞くわ!」
オペラ歌手みたいな声量で朗々と失礼なことを言ってくる。
「わたくしはお前に言いたいことがあるのよ! わたくしはね……」
手に持った扇子をパチンと閉じて宣言した。
「天パなのよ!!」
「えっ」
「もちろん地毛証明書は出しているわ!」
縦ロールになる天パなんてアリかよ、と思ったけどピンク髪のわたしも人のことは言えない。
「それでも侯爵家の財力でねじ伏せた、王太子殿下の婚約者だから特別待遇だなどと不埒な噂が後を絶たず、ついたあだ名が悪役令嬢よ!」
悪役令嬢は吊り目をさらに吊り上げてわたしを睨みつけてきた。
「わたくしは生まれつきの身体的特徴で不利をこうむる世の中は間違っていると思う! お前も堂々としていなさい!!」
「えっめっちゃいい人じゃん」
わたしが思わず言うと、吊り目顔が照れたように赤くなった。
悪役令嬢……クリスティーヌ様は声がデカくてキツそうに見えるだけでめっちゃ優しい人だった。
クリスティーヌ様が誘ってくれて、わたしは生徒会に入会した。
生徒会役員は高位貴族ばっかりだったけど、皆さん優しくてわたしを差別したりしなかった。
わたしとクリスティーヌ様はタッグを組んで校則改革に乗り出した。
どんな人でもありのままでいられるように。
わたしたちのような人がいなくなるように。
生徒会長である王太子殿下は、静かにわたしたちを見守ってくれていた。
王太子殿下の卒業後、あとを引き継いだクリスティーヌ様が新生徒会長として辣腕をふるい、王立魔法学園はずいぶん暮らしやすくなった。
髪色や髪型も自由になり、みんなが自由に個性を発揮できるようになった。
副会長の騎士団長子息は拳闘部を設立してトーナメントを開催し、戦闘職を志す学生たちの登竜門になった。
風紀委員長は突然「君だけに肩身の狭い思いはさせられん」とかよくわかんないことを言って青い髪にしてきた。ウケる。似合ってたけど。
卒業と同時に宮廷入りするクリスティーヌ様は「マリーも一緒に行きましょうよ!」とやたらと王宮勤めの職を斡旋してくる。
居場所ができたわたしは、いつの間にかすっかり生徒指導室には行かなくなっていた。
「せんせー。マリーです。なんか御用ですか」
卒業を間近に控えたある日、なぜかまた生徒指導室に呼び出された。
「うむ……きみに、話がある。そこにかけなさい」
先生はなぜかちょっと緊張した様子で、くいっと眼鏡をあげながら言った。
「もう……卒業だな。どうだった、学園生活は」
「はい。はじめはつらいこともあったけど、来てよかった。自分なりに精一杯やりました。大切な人たちもできましたし」
わたしは先生の目を見つめながらきっぱりと言った。
「そう、か……そうだな。そんなきみに、渡したいものがある」
そう言って、先生が私に手渡してきたのは。
「……官史試験の、申込書?」
「うむ、きみは入学から卒業まで常に特待生を維持するほど優秀で、生徒会活動などで改革意欲も高く実績もある。その力を国のために活かしてみないか」
「……先生……!」
そんなふうに思ってくれていたなんて。感動したわたしは、思わず先生の両手を取って握りしめた。
「な、なな……。や、やめなさい! 我々はまだ教師と生徒という立場であるからして……不用意な身体接触など、は、は、破廉恥なっ」
「……? はーい」
怒られてしまった。
「し、しかし、きみが卒業した後であれば…………しょ、食事ぐらいは…………」
「……? わたしこれ早速提出してきますね!」
そうして、わたしは卒業後、平民初の官史の道を歩き出した。
ここは乙女ゲームの世界じゃない。逆ハーレムもチートもない。
異世界に転生したって、前世と同じく窮屈でうまくいかないことばかりだ。
でも、自分次第で世の中は変えられる。
それを学園で教えてもらったから、わたしはもうあきらめない。
あっそうそう、卒業式の後、先生が本当に食事に誘ってきたのは、また別の話……。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!!




