籠の中のソナタ
二十四歳の朝は鉄格子の嵌まった窓から差し込む弱々しい冬の光と共に始まった。本土の大学都市、その精神科閉鎖病棟。私の世界はこの白く冷たい箱の中に完全に収められていた。「統合失調症」。年末に下されたその新しい宣告は私を縛る鎖の名前が変わっただけでその重さや冷たさは少しも変わりはしなかった。
私の日常を変えたのは病名よりもむしろ「薬」だった。
「今日からお薬が変わりますからね」
朝の服薬の時間看護師はこともなげにそう言った。それまで飲んでいた数種類の抗うつ薬や睡眠導入剤に代わり私の手のひらに乗せられたのは「抗精神病薬」と呼ばれる新しい錠剤だった。リスパダールあるいはジプレキサ。そんな異国の響きを持つ名前だったと思う。
主治医の説明によればこの薬は私の脳内で暴走しているドーパミンという神経伝達物質の過剰な活動を抑制する働きがあるらしかった。幻聴や妄想といった派手な症状(陽性症状)を鎮めるための化学的な手錠。それがこの小さな錠剤の正体だった。
私は言われるがままにそれを水で飲み下した。
効果は劇的だった。そしてそれは決して良い意味だけではなかった。
飲み始めて数日が経った頃。あれほど私の頭の中でやかましく鳴り響いていた監視者たちの囁き声が少しずつその音量を下げていった。壁の染みが人の顔に見えることもテレビが私に話しかけてくることも少なくなった。嵐のように荒れ狂っていた私の精神世界に強制的な静寂が訪れたのだ。
しかしその静寂と引き換えに私は多くのものを失った。
まず思考が働かなくなった。頭の中に分厚い灰色の霧が立ち込めているようだった。何かを考えようとしてもその霧に阻まれて思考が前に進まない。本を読んでも数行で内容がわからなくなる。人の話を聞いてもその意味を理解するのにひどく時間がかかる。私はまるで分厚い水中メガネをかけて世界を見ているようだった。すべてがぼんやりと歪んで現実感がない。
次に身体が動かなくなった。一日中ベッドの上で横になっているだけなのに常に全身が鉛のように重くだるい。少し廊下を歩いただけでも息が切れ動悸がする。手足が自分の意思とは関係なく微かに震えることもあった。
そして何よりも辛かったのは「感情」が完全に消え失せてしまったことだった。嬉しい楽しいという陽の感情はもちろんのこと悲しい辛い悔しいという陰の感情さえもどこかへ行ってしまった。テレビで感動的なドラマを見ても面白いお笑い番組を見ても私の心は凪いだ湖面のようにぴくりとも動かない。
私は生きている屍になった。狂気という嵐は去ったかもしれない。しかしその後に残されたのはぺんぺん草一本生えない荒涼とした不毛の大地だけだった。
これが治療なのだろうか。狂わなくなるということは何も感じなくなるということなのだろうか。私はこの感情のない灰色の世界でこの先ずっと生きていかなければならないのだろうか。
その問いに答えてくれる者は誰もいなかった。




