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『再生のシンフォニア』  作者: ロングアイランド
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女王の再臨

あの夜から、私の世界の色は完全に失われた。

真っ暗になったパソコンの画面には、虚ろな目をした、二十歳の女が映っていた。佐藤先輩という太陽を失った、ただの抜け殻。価値のない、汚れた存在。それが、私だった。


涙はもう出なかった。

感情というものが、どこか遠い場所へ行ってしまったようだった。悲しいとか、辛いとか、悔しいとか、そんな人間らしい感覚は麻痺してしまっていた。ただ巨大な底なしの虚無だけが私の心を支配していた。


大学には行かなくなった。

行く理由がなかった。彼に認められるためだけに通っていた場所だ。彼がいなくなった今、あの才能豊かな同級生たちの中で私が存在している意味などどこにもなかった。

部屋に引きこもった。

カーテンを閉め切り電気もつけずにただベッドの上で一日中横になっていた。時間が溶けていくように過ぎていく。朝なのか夜なのか今日が何曜日なのかわからなくなる。

食事も摂らなかった。空腹すら感じなかった。水だけをかろうじて口にする。生きるための最低限の義務として。


両親からの電話にも出なかった。

友人からの心配するメッセージも無視した。

世界との繋がりを自ら断ち切っていった。

私は一人になりたかった。いやもうすでに一人だった。この広大な宇宙の中でたった一人だった。


どれくらいそうしていたのだろう。

数週間かあるいは一ヶ月以上経っていたかもしれない。

ある日不意に強烈な飢餓感が私を襲った。

それは空腹という生理的な欲求ではなかった。

もっと根源的な魂の渇き。

何かでこの巨大な心の空洞を埋めなければ私はこのまま消滅してしまう。

そんな本能的な恐怖だった。


私はふらふらとベッドから這い出した。

そして鏡の前に立った。

そこに映っていたのは骸骨のように痩せこけ髪は伸び放題で生気を失った亡霊のような女だった。

しかしその瞳の奥にほんの僅かな光が宿っていることに私は気づいた。

それは怒りの光だった。

私を捨てた彼への怒り。

私を裏切ったKentoへの怒り。

そしてこんな惨めな自分自身への怒り。


そうだ。

私はまだ終われない。

こんなところで朽ち果ててたまるか。

何かをしなければ。この虚無から抜け出さなければ。


その黒い衝動が私を突き動かした。

私はシャワーを浴びクローゼットの奥から一番派手な服を引っ張り出した。

そして生まれて初めて真っ赤な口紅を引いた。

鏡の中の亡霊が少しだけ人間らしい色を取り戻した。


私は夜の街へと出た。

行きつけのバーでも洒落たレストランでもない。

大学の近くにある学生たちが馬鹿騒ぎをするような安っぽい居酒屋。

あの悪夢の始まりの場所。

私はそこに戻ってきたのだ。


ドアを開けるとタバコとアルコールのむせ返るような匂いと若者たちの熱気が渦巻いていた。

その猥雑なエネルギーが私の冷え切った身体に火を灯した。

私はカウンターの隅に一人座った。

そして一番強い酒を注文した。喉を焼く液体が虚無をわずかに溶かしていく。


周りの男たちの視線が私に突き刺さるのを感じた。

好奇、憐憫、そして下卑た欲望。

かつてなら怯え身を縮めていたであろうその視線が今の私にはむしろ心地よかった。

見ていろ。

お前たちが捨てた女が今ここにいる。

まだ息をしている。


「一人で飲んでるの?よかったら俺たちと一緒に…」

案の定数人の男子学生が馴れ馴れしく声をかけてきた。あの夜と同じような軽薄な笑顔。私の中に冷たい炎が燃え上がった。

私はゆっくりと顔を上げた。

そして作りうる限り妖艶な笑みを浮かべてやった。唇の端を引き上げ目を細める。彼らが息を飲むのがわかった。

「…はい」


掠れた、しかしどこか甘い響きを伴った私の声。

それはもう天使の声ではなかった。

すべてを失い闇の中から這い上がってきた堕天使の声。

あるいはこれから始まる狂想曲のファンファーレ。

彼らは私の周りに群がり競うように酒を注ぎ下らない自慢話と安い賛辞を並べ立てた。

「奏ちゃんってマジ綺麗だよね」

「声もなんかエロいし」

私はただ微笑んでいた。心の中は空っぽだった。彼らの言葉は右の耳から左の耳へ通り抜けていく。彼らが私を見ているのではないことはわかっていた。彼らは私の外見と声という記号を見ているだけだ。それでよかった。私にはもう中身などないのだから。この虚しさを埋めてくれるなら、誰でも、何でもよかった。


私は彼らを試すようにグラスを傾けた。

「もう少し、強いお酒、ない?」

掠れた声で、わざと吐息を混ぜて。

男たちは面白いように色めき立ちバーテンダーに高価なカテルを注文した。

私はそれをゆっくりと味わいながら彼らの顔を一人ひとり値踏みするように見つめた。

誰も彼も同じに見えた。若さを持て余し刹那的な快楽だけを求める空っぽの器。

かつての私を汚した男たちと同じ種類の人種。


いいだろう。

お前たちが望むなら遊んでやる。

この寂しさを埋めるためなら。


その夜私はグループの中で一番単純そうで押しに弱そうな男を選んだ。帰り道彼が私の腕を取ろうとした時私はそれを振り払わず、むしろ彼の胸に軽く身体を預けてみせた。

「送ってくれる…?」

上目遣いで、囁くように。

彼は狼狽えながらも必死に平静を装い頷いた。

彼の安っぽいアパートへ向かう道すがら私は一言も話さなかった。ただ時折意味ありげに彼を見つめ微笑むだけ。彼はそれに翻弄され勝手に期待を膨らませていた。

部屋に入り彼が私を抱きしめようとした瞬間私は抵抗しなかった。されるがままに身を任せた。感情はなかった。ただ天井の染みをぼんやりと見つめていた。彼の荒い息遣いと私の空虚さが部屋を満たしていく。これは寂しさを埋めるための行為なのだろうか。それともただの自傷行為なのだろうか。もうどうでもよかった。一時でもこの虚無感から逃れられるなら。

事が終わり彼が満足げな寝息を立て始めた頃私は静かにベッドを抜け出した。散らかった服を身につけ彼の顔を一瞥もせずに部屋を出た。

夜風が火照った頬に冷たかった。そして同時にひどく虚しかった。でも今はそれでよかった。

私の新しい人生がこの猥雑な夜から始まろうとしていた。

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