神様のいない街
本土の大学都市は私が生まれ育った町とは何もかもが違っていた。
バスを降り立ったターミナルは週末のショッピングモールのように人で溢れ返っている。
空は高いビルディングに四角く切り取られ、潮の匂いのかわりに排気ガスと埃の乾いた匂いがした。
人の流れ。
その誰も私を知らない無関心な波に押し流されそうになりながら、私はトランク一つを引きずり住所だけを頼りにアパートへと向かった。
海が見える坂の途中にある六畳一間。
そこが私の新しい城のはずだった。
ドアを開けた瞬間、ツンと鼻をつく古い埃の匂い。
窓の外の景色だけが唯一の救いだったが、部屋の中はがらんどうであまりにも冷たかった。
私はトランクを部屋の真ん中に置いたままその場に座り込んだ。
本当に来てしまった。
本当に帰る場所を捨てて一人で来てしまったのだ。
急に恐ろしくなった。
父も母も祖父もいない。
私のあの掠れた声を聞いても眉一つ動かさなかった、あの故郷の優しい静けさもここにはない。
ここで私は生きていけるのだろうか。
日が暮れていく。
部屋の電気はまだ通っていない。
私は近くのコンビニでパンとお茶だけを買い込み、部屋の隅で膝を抱えながらそれを食べた。
味がしなかった。
故郷のあの最後の晩餐の味が蘇ってきて、涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
夜が来た。
アパートは不気味なほど静かだった。
隣の部屋の物音一つ聞こえない。
病院の閉鎖病棟で聞いていた他の患者の寝息や看護師の足音の方が、どれほど安心できたかわからない。
完全な静寂と暗闇。
それがこんなにも怖いものだとは知らなかった。
私はコートも脱がずにトランクを背もたれにして、床に座り込んだまま目を閉じた。
眠れるはずもなかった。
頭の中で最悪の想像ばかりが膨らんでいく。
私は震える手でポケットから携帯電話を取り出した。
そしてあの番号を表示させる。
『佐藤先輩』
この街にいるたった一つの光。
私の神様。
電話をかけたい。
今すぐその声を聞きたい。
「助けて」と言いたい。
指が通話ボタンの上を何度も何度も彷徨う。
しかし押せなかった。
もし彼が電話に出なかったら?
もし「忙しい」と言われたら?
もし私の期待がまた裏切られたら?
私はもう立ち直れないだろう。
私はただその液晶の光だけを見つめ、神様の名前を握りしめ、
たった一人、
新しい街の長くて冷たい最初の夜を、耐え抜くしかなかった。




