合格のコラール
すべてを出し尽くし、抜け殻のように眠り続けた数日後の昼下がりだった。
階下から、父と母の潜めた話し声が聞こえる。
それはいつもの日常の音とは、どこか違う張り詰めた緊張を含んでいた。
やがて階段を上がってくる、父の重い足音。
私の部屋の前で、その音が止まる。
コン、コン、というぎこちないノックの音。
「…奏、起きとるか」
「…うん」
重いまぶたをこすりながら、身体を起こす。
そっと開かれたドアの隙間から、父が顔を覗かせた。
その無骨な手に、見慣れない薄っぺらい事務的な封筒が握られている。
「大学から、来とったぞ」
心臓が喉から飛び出しそうだった。
空気が一瞬で凍りつく。
震える手でそれを受け取る。
指先がうまく動かない。まるで他人の指のようだ。
封筒の端を破り、中身を引きずり出す。
一枚の紙。
そこに印刷されていたのは、たった二文字。
「合格」
「…………」
声が出なかった。息ができなかった。世界から音が消えた。
時間という概念がどこかへ飛んでいった。
ただ、その黒くそけない二文字だけが、私という存在のすべてを肯定していた。
「…受かった…」
ようやく喉から漏れたのは、声ともため息ともつかない掠れた音だった。
「…お父さん…受かったよ…!受かった…!」
私はその紙を胸に握りしめ、声を上げて泣いていた。
一年間の孤独と絶望。響子先生の厳しい声。クラスメイトたちの嘲笑うかのような背中。深夜の参考書の匂い。
そのすべてが、報われた。
父は何も言わなかった。
ただ私の目の前に立ち、その節くれだった土の匂いがする大きな手のひらを、私の頭に置いた。
そして一度だけ、ぐしゃぐしゃと不器用に私の髪を撫でた。
「…そうか」
そのたった一言と手のひらの温かさが、私の一年間のすべての努力を肯定してくれているようだった。
「お母さん!じいちゃん!」
父が階下に向かって叫ぶ。
バタバタと慌ただしい足音が階段を駆け上がってきた。
息を切らして部屋に飛び込んできた母と祖父。
二人は涙でぐしゃぐしゃの私の顔と、私の手の中の紙切れを交互に見た。
「奏…!」
母が短い悲鳴のような声をあげた。
私はただ、こくこくと頷くことしかできない。
「よかった…!よかったねえ、奏…!」
母は私に抱きつき、私よりも大きな声で泣きじゃくった。
私を産んでくれたその身体が、小刻みに震えている。
祖父は部屋の入り口に立ったまま何も言わなかった。
ただ、その深い皺の刻まれた目から静かに涙を流し、畳の上にぽたぽたと雫を落としていた。
そして私と目が合うと、ゆっくりと一度だけ頷いた。
私たちは四人で泣いた。
それは私がこの家に生まれてから初めて、家族全員で流す喜びの涙だった。
私の孤独な戦いは、私一人のものではなかったのだ。
この三人もまた、私と同じ一年間を、息を潜めて戦い抜いてくれていたのだ。
その夜、家族だけのささやかな祝宴が開かれた。
母が腕を振ってくれたご馳走。
父がこっそり隠していた高い酒。
そのすべてが夢のように温かく、そして現実味のない味がした。
夜も更け、自分の部屋に戻った私は、震える指で神様に電話をかけた。
佐藤先輩。
数回のコールの後、彼の低く落ち着いた声が鼓膜を震わせた。
『もしもし』
「…あ…せんぱ…」
声が震えて、うまく言葉にならない。
『…奏か?どうした、泣いてるのか』
「せんぱい…!あの…!う、かった…!」
『…ああ』
彼は静かに相槌を打った。
まるで、すべてを知っていたかのように、あまりにも静かに。
「おれ、受かりました…!国立、合格しました…!」
『…そうか。当たり前だ』
「…え…?」
『お前が受からないで、誰が受かるんだよ。俺は、最初から、信じてたぞ』
その言葉は、私が期待していた「おめでとう」という熱狂ではなかった。
しかし、その静かな絶対的な肯定の響きは、私の心の、一番深いところにまっすぐに突き刺さった。
信じていた。
その一言が、欲しかった。
私はこの一言のために、一年間、戦ってきたのだ。
「ありがとうございます…!先輩の、おかげです…!」
『違う。お前が、頑張ったからだ。…じゃあ、こっちで、待ってる』
「…はい…!」
電話を切った後も、私は受話器を握りしめ、その場から動けなかった。
胸が熱い。
彼が待っている。
その事実だけが、私の新しい世界のすべてだった。
十七歳の冬。
私は奇跡を手にしたのだ。
そして本当の物語は、ここから始まろうとしていた。




