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『再生のシンフォニア』  作者: ロングアイランド
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偽りの春一番

新しい年は穏やかな光の中で始まった。

健太先輩との関係は冬の日の和解を経て、以前よりもずっと安定していた。私たちは派手なデートをするわけではなかったけれど、部活の行き帰りに交わす何気ない会話や、当たり前のように繋ぐ手の温もりだけで十分に満たされていた。

彼の部屋で身体を重ねることも、もう、あの頃のような罪悪感や虚しさを伴うものではなくなっていた。それは二人だけの、少し大人びた秘密の儀式であり、互いの所有を確認する、甘い行為だった。


部活では佐藤先輩たちが完全に引退し、私たち二年生が中心となって活動を引っ張っていく立場になった。私はクラリネットパートの次期パートリーダーとして、新しく入ってくる後輩たちを指導する役割を任されることになった。

去年、佐藤先輩にしてもらったように、今度は私が手本となる音を示し、時には厳しく、時には優しく、仲間を導いていかなければならない。その責任の重さに身が引き締まる思いだったが、同時に、頼られることへの喜びも感じていた。


私のクラリネットの音は、自分でも驚くほど表現の幅が広がっていた。

健太先輩との恋がもたらした喜びも、時折顔を出す不安も、そのすべてが私の音色に深みを与えてくれた。「奏の音には説得力が出てきたな」と顧問の鈴木先生に褒められることも増えた。自分の「声」を失った場所で見つけたこの第二の声は、今や私の感情を最も雄弁に語る、かけがえのない表現手段となっていた。


健太先輩は三年生になり、少しずつ受験を意識し始めていた。

部活に来られる時間も減り、二人で会える時間は限られていったけれど、私はそのことを寂しいとは思わなかった。彼の未来のためなのだから、応援するのが彼女としての役目だ、と、どこか健気な自分がいた。

私たちは互いの夢を語り合った。彼は地元の大学で工学を学びたいと言っていた。私は、佐藤先輩にもらったあのCDを聴きながら、音楽大学への進学をぼんやりと考え始めていた。


違う道を歩むことになるかもしれない。

それでも、私たちの未来はずっと続いていくのだと、何の疑いもなく信じていた。

春の訪れを告げる、暖かい風が吹いていた。

その風が、すべての調和を、根こそぎ吹き飛ばす嵐の前触れであることなど、知る由もなかった。

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