Part 1-5 Residue 残留物
902 Madison St. Brooklyn NYC NY. 10:11 21th Dec./
FBI Laboratory Quantico VA. 16:17 21th Dec./
34th Street Penn Station, Eighth Avenue Line Express A , Manhattan Subway New York City, New York, 15:37 Dec 21th
12月21日10:11ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン マジソンストリート902番地/
12月21日16:17バージニア州クワンティコ連邦検察研究所/
12月21日15:37 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・サブウェイ34丁目ペン・ステーション駅8番街線急行A系統
熱された鏝先に触れる糸半田が溶け白い煙り上げランドから突き出た被覆剥かれよられたリード線に半田が広がり馴染むと半田鏝先をランドから離した。
長い不精髭を生やした暗いオリーブ色の皮膚をした中東人の男ら二人は離れた机で電子基板に何本ものカラフルな電線を次々に半田付けしていた。
その部屋に別な中東人の男が入ってきて尋ねた。
"كم عدد القنابل الجاهزة؟"
(:爆弾は幾つ仕上がっている?)
半田付けしている片方の男が顔を向け気怠そうに応えた。
"تم الانتهاء من ست مجموعات"
(:六組み仕上がっている)
"سوف آخذ كل ما تم صنعه"
(:出来上がったすべて貰っていく)
無駄口もなくそう告げ部屋に後から入ってきた男は大きめのボストンバッグに完成品の手製爆弾を次々に入れバッグの口を閉じるとそれを下げ机から離れようとしてボストンバッグを机の角にぶつけてしまい痙攣したように動き止めた。
すると個数教えた男が冷ややかな視線向け呟いた。
"احرص"
(:気をつけろ)
バッグ提げた男は強張った表情でドアを叩きつけるように閉じて部屋を後にした。
工場を後にした男はそのまま住宅街を二時間近く歩き続け商業地区の三十九番ストリートの一角の建物の前に来ると通りの前後を見回した。
路駐車は並んでいるが、人が乗ってる車はウインド越しに見えず一軒の建物に入った。
中には六人の男らがおりソファや木の椅子に座っていて、入ってきたボストンバッグ下げた男に顔を振り向けた。
その六人は長老ではなく、彼は部屋を抜け奥の小部屋に行くと白髪の鼻から顎に掛け髭伸ばした歳嵩の男が一人掛けのソファにおり顔を上げバッグを持ってきた男に尋ねた。
"هل احضرته؟"
(:持って来たか?)
手製爆弾を運んだ男は頷くとボストンバッグをその座っている高齢者の男の前のテーブルにそっと置いた。
ワシントン・ダレス国際空港から一時間かけ森林の中を走り抜け、連邦検察の敷地にある広い駐車場にレンタカーを駐車させたダイアナ・イラスコ・ロリンズ──ルナは連邦検察局の訓練施設に下り立った。
FBIクワンティコ本部は一般にFBI捜査官の育成だけでなく法執行機関の要員訓練も行うトレーニング施設だが、敷地内に犯罪や武器に関する研究施設もあり、国内の重罪犯罪の押収証拠品の鑑定も行っている。
だが部外者の立ち入りは禁じられており、ルナは国家安全保障局のマーサ・サブリングスにより来客パスで訪れていた。
中央棟の中へ入って行くとすぐに彼女は武装警備員に止められ、身分チェックをされ無線でセキュリティ・ルーム通し本部長にまで確認通され、職員の一人がエントランスに迎えに来るまで足止めされた。
「お待たせしましたダイアナ・イラスコ・ロリンズ様。本部第一課課長のヴァージル・オコーナーと言います。英国王室の来訪者は初めてです。何とお呼びさせて頂ければよろしいでしょうか?」
手をもみ合わせ明るく話すその男が寸秒も視線逸らさず硬い眼差しをしていることでルナは出迎えたヴァージル・オコーナーという人物が捜査官上がりの事務職だと思った。
「ルナで結構ですヴァージルさんでよろしい?」
そうルナが問うと、どうぞと言って握手の手を差し出してきたので彼女は軽く握手交わした。
「それでは敷地内では必ずこれを首に掛けて下さい。またどこへ行かれるにしても私が随行致します」
ルナは受け取った来客のカードを胸に下げヴァージルに問うた。
「NYから来るのに時間掛かりましたが、これから本日早朝NYで発生した爆破テロの証拠押収品を確認させて頂けますでしょうか? それともここでは全員が9時5時なのでしょうか?」
「いえ、鑑識部門は交代制の7日24時勤務ですので構いません────ところで民間の貴女がどうして証拠品の確認など?」
「民間というのはNDCということですね。当社のセキュリティ部門は事案が一時のものでなくさらに連続性があると断定しており、マンハッタンの治安のみならず全米規模の脅威とみなし法執行機関との協力の元に早期事件解決をガーランド社長から指示されております」
流暢に説明するとヴァージル・オコーナーが一度頷いてこちらですと歩きだしたのでルナは横に並んで歩き始めた。
「押収証拠品を民間の方にお見せするのは特例なのですが、捜査上守秘義務がありまして、局外への漏洩は連邦法上重大な──」
「心配御座いません。漏洩は致しませんし、証拠品を確認し気づいたことはすべて鑑識部門の担当者に報告します」
「それでも鑑識部門の職員達は優秀で、たとえ貴女がMITを卒業されているとしても──」
「入学も1位の成績で卒業は総代ですのでご心配なく。鑑識部門の職員方と上手に打ち解けると思います」
その学位がMITでどれだけ困難かをこの捜査官上がりの事務職員は理解できないだろうとルナは思った。私とレヴェル7で記憶共有したマリア・ガーランドが五年近くになるのに工業技術全般でまったく話し相手になれないのがその証拠とルナは寸秒両口角を吊り上げ表情を戻した。
建物を渡り歩くのかと思いきや、中央棟の一角に鑑識研究部門があり、ルナが部屋に入っても誰もが一瞬視線向けただけですぐに作業に戻った。
ヴァージル・オコーナーが鑑識の責任者らしい女性に声をかけ内容は省いてルナを紹介した。
「この方が連合王国王室のダイアナ・イラスコ・ロリンズ様です」
するとその女性責任者が恭しくお辞儀してルナに身分名乗った。
「ようこそ王女様、私は鑑識部門部長のレイラ・ベレンセです」
「王女様は必要ありません。継承七位の異端児ですから。レイラさんオランダ出身かしら? どうしてFBIの鑑識課に?」
父方の母国を言い当てられ鑑識部長は隠しようもなく驚いてルナに問い返した。
「どうしてオランダ出身だとおわかりに?」
「ファミリーネームがオランダで見かけるお名前だったのでそう思いました」
「鋭いお方なのですね。今朝のニューヨークで起きた連続爆破テロの押収証拠品をご覧になりたいとか? どうぞこちらへ」
部屋二つを渡り奥の部屋に入りルナは揃えられた分析装置の種類と数に驚いた。
「この感じですと、さらに奥の部屋に電子顕微鏡までありそうですね」
振り向いたレイラが微笑んでルナに教えた。
「ええ、二種類の電子顕微鏡があります」
だがルナはうちのカリフォルニア・ラボラトリーの粒子加速検査装置を見たらこの部長は顎を落とすだろうと思った。
四人の鑑識職員がいる別室に入りレイラが鎌掛けてきた。
「ではダイアナ様、まず何からご覧になります? 鉄球? 爆薬? 粉砕された基板?」
「破砕片としての鉄球はあまり意味がありません。工業汎用品のボールベアリングの類でしょう。精々、真球度からどこかの汎用品型番まで辿り着ける程度です。爆薬はすでにこちらのガスクロマトで分析済みでしょうからそのデータグラフを後で見させて頂きます。運が良ければ横流しされた軍需品の軍の倉庫がわかりますが、先の追跡は困難になります」
そこまで説明し一言も口差し挟まぬ鑑識部門の部長にルナは要望を告げた。
「電子部品の残骸と思われる押収証拠品を見せて下さい」
すぐにレイラが大机の端にビニールの小袋に分けられたものが入った箱へルナを招いた。
「各小袋は車内外で発見された場所を示す分類コードが表記されています。同じセットが三駅分あります」
一駅分で小袋が四百ほどある。
ルナはハンドバッグからラテックス手袋を取り出し素早く指通すとその幾袋かを手に取り天井灯のもっとも光り強いところにかざして中味を確認した。
次々にそれを行い、僅かに緑がかった樹脂片を見つけ、レイラにライト付き拡大鏡を頼んだ。
リング状のLEDライトが付いたアーム支持の拡大鏡を指示され、ルナはその机端にハンドバッグを置いて椅子に座りLEDを灯し、最初はビニール越しにその小片をルーペで見ていたがレイラに頼みピンセットを借り、証拠品を袋から取り出す許可を得た。
ピンセットで摘まんだコンマ・ゼロ7インチほどの小片を角度変え見つめているルナは観測した事実を述べ始めた。
「電子基板は単品の手作業でエッチングされた片面プリント基板でなく、機械量産された二層基板です。ですが僅かに残る銅パターンの厚みが極めて薄く、GPUクラスの精密半導体基板を加工できる限られた工場で作られたもの。パターン表面の酸化も見られず薄いコートで的確な防錆処理もできる老舗の手堅い基板加工会社です。恐らくは国内か台湾、日本、韓国で纏めて発注された基板ですが、国内なら二十社ほどだと思います」
樹脂小片を袋に戻しチャックして箱に戻そうとルナが立ち上がり振り向くと四人の鑑識職員らとレイラがじっと見つめており、ルナは気にするでもなく袋を箱に戻し次の袋に指を掛けるとレイラが尋ねた。
「貴女いったい何ものなんですか?」
「世界最大の複合企業NDC副社長です」
次にルナが手にしたのは半田が溶け張りついたリード線の一部先端部だった。一部割れたベークボード片と切れたベースが半田で残っており、ツイストした銅線への半田の広がり具合と半田鏝先を引き抜いた形状の潔さにルナは呟いた。
「とても鏝先の操り具合が良い。テロリストらは一時凌ぎの工房でなく、本格的な爆弾工場を半年以上掛けて準備してきた────ベテランだわ」
マリア・ガーランドは15:00になり職務を総務部長のエリザベス・スローン──リズに任せ爆破現場の一つ34丁目のペン・ステーション駅に向かった。
護衛は必要ないと言ったがレノチカが駄目ですと言い切りセキュリティのセシリー・ワイルド──セスとリー・クムを引き連れペン・ステーション駅へと社用車のGMキャディCTSで向かった。
ペン・ステーション駅はNDC本社ビルに近くマンハッタンのチェルシー地区──7番街と8番街の間の30番街から34番街に広くまたがる。
ペン・ステーション駅とは愛称でペンシルベニア駅が正式名称のニューヨーク市で最大のターミナル駅の一つであり、ロングアイランド鉄道、ニュージャージー・トランジット、アムトラック、および複数の地下鉄路線が乗り入れている合衆国で最も利用客の多い大きな駅だった。同名の愛称の駅が全米に他に二駅ある。
ペン・ステーション駅はマンハッタンの大動脈の一駅で爆破テロの影響で一時全ホームが閉鎖されたが、午後から捜査や復旧に支障のない路線ホームが再開されマリーらは普通に駅に入れた。
ペン・ステーション駅建物や円形のマジソン・スクウェア・ガーデンから路線ホームへは入るには幾つもの出入り口があるが、各ホームは地下2階、地下4階にあり南北に伸びるアルファベットと数字系統6ホームが上階層にあり、その下階層に東西に伸びるニュージャージー/フィラデルフィア方面系統、ロングアイランド/ボストン方面系統のホームが合わせ11ホームある。
日本の新宿駅のように各路線ホームが離れていて統一された法則性がない巨大駅に比べ案内指示板で直感的に移動が出来る整備された駅だが利用者数は極めて多く細いコンコースが多々あるので歩き辛い駅でもある。
爆破テロが起きたのは地下2階の西あるA系統路線でその出入り口には市警警察官が立ち規制線を張っていた。
「どうするんですかチーフ? 8番街線A系統ホームには行けませよ」
そうセスに小声で言われマリーは横目で警察官を見つめ応えた。
「ついて来なさい」
マリーがホーム出入り口の一つへ歩き寄ると警備につく警察官が気がつきホームが使えないことを告げようと片手を上げ制止しようとした。
寸秒、その警官の眼が胡乱としたものに変わりマリーは横をすり抜け後にセスとリーが怪訝な面もちで動かなくなった警察官を見つめながら通り過ぎセスが前を行くMGに尋ねた。
「どうやったのですかチーフ?」
「警察官の意識に憑依したのよ。パトリシアがよくやるでしょ」
三人はホームに下りると爆発のあった先の方へ向かいホームにいる警察官やFBI捜査官を次々にマリーが沈黙させ止められたままの電車の爆発でドアが吹き飛んでホームとの間に刺さり込んでいる場所に来た。
「何を探すんですか?」
セスに問われ、マリーは二人に命じた。
「誰も近寄らないようにしてくれればいいわ」
そう言いマリーはドア外れた電車の昇降口の車内の床を見つめ次元の外にある特異点パラメーターを意識した。
膨大な数億進数のソースコード。その蠢く何千京もの言の葉がさらけ出すもの総てを見渡す────。
残留物のパラメーター値を見つめた寸秒、その分子構造がルナの知識から不純物を僅か含むトリメチレントリニトロアミンに似ていると気がついた。
だがワックスが僅かしか見あたらずTNTも比率が微量で可逆剤もそう見当たらなくコンポジットAやB、Cではないと思った。
ルナの爆発物エンサイクロペディアにある一つの分子構造式を見つけだし驚いた。
ただのRDXでなくRSーRDXという軍でもまだ一般に使われていない衝撃に5倍鈍感な新しい合成爆薬だった。
それを知っただけで十分だと判断したマリア・ガーランドはセスとリーを引き連れホームを後にした。
爆薬の種類が希少でまだ研究上レヴェルのものなら幾つものテロ組織のどれが爆弾テロを画策したか見つけだすにそう難しくないとマリーは思った。




