Part 3-1 Specular Waves 鏡面の波
USS DDG-65 Benfold, Destroyer Squadron 15, U.S. 7th Fleet Mariana Trench Challenger Deep, Local Standard Time 09:01 22th Dec.
12月22日09:01マリアナ海溝チャレンジャー海淵海上米国第7艦隊第15駆逐戦隊所属ミサイル駆逐艦DDG-65ベンフォールド
アーレイバーグ級ミサイル駆逐艦フライトIA──DDG-65ベンフォールド緊急時の最大戦速は三十一ノットではない。
艦長の命じた四十ノットで海中から出現する鏡面の球体が拡大する外縁から時速70キロ余りの船足で猛然と退避していた。
その高速では搭載されたソナー類は全く役に立たないことを艦長エドワード・クィンラン大佐は承知していたので戦闘指揮所に内線で問うた。
「艦橋、クィンランだ! 方位196に浮上してくる半球体をレーダーで捉えているか!?」
『CIC、奇っ怪です。その領域に反射波がまったくないジャミングされた範囲がほぼ真円で拡大中なのですが電子防護は球体から出されるあらゆる妨害波を拾っていません! ですがCIWSのカムにはヴィジョンは捉えています!』
謎の鏡面体は見かけだけでなくジャミング出来るのだと顔強ばらせ艦長はCICに命じた。
「走査波を最小限に絞り込んで出力をすべて一点に送り込んでみろ」
そう艦長が命じCICの責任者が応じた。
「了解です」
受話器のレシバーから怒鳴る声が聞こえていたが、エドワード・クィンラン大佐は、反射波が得られなければ全兵装の目視補足攻撃しか手段がなくと考え、そもそもあれが敵なのかと葛藤した。
『駄目です! 右舷後方面素子の八十七パーセントが返されたSバンド集束高エネルギー波により飛んでしまいました!』
イージスの防御範囲の五分の一近くを潰されたことになり、これは明確な攻撃意図だと、艦長は共に同じ海域に来たアーレイバーグ級ミサイル駆逐艦DDGー85マッキャンベルへと連絡を取った。
「ベンフィールドのクィンランだ。艦長を頼む」
『ダレルだ! 浮上してる半球はでかいぞ! 逃げきれんかもしれぬ』
「こっちはイージスのレーダーパネルを一枚やられた。何らかの電磁波を浴びせられた。浮上する半球体の外縁がもう百ヤード切って追いつこうとしてる。副提督に戦闘許可を貰う」
『球体は巨大だぞ。信じがたいが、すでに空母四隻分以上の直径がある。あれと二艦でやり合う前に逃げ切らないと大変なことになる』
「副提督に交戦許可を貰う」
そう言ってエドワード・クィンランは受話器を一度戻し通信担当一等兵曹に命じてリンク16で第七艦隊空母CVNー73ジョージ・ワシントンの艦橋当直士官が出て、副提督をと頼むとヴィンセント・M・オハラ中将が通信先に出た。
『どうした、エド?』
「マリアナ海溝チャレンジャー海淵に到着したところ海中より巨大な鏡面状の半球体が浮上しまして、攻撃を受けました。現在、マッキャンベルと共に浮上し続ける半球体に距離を取ろうとしていますが、すでに海上に突出した半球体は直径が四千五百フィートにもなり数分で追いつかれそうです。交戦許可をお願いします」
しばらく間がありヴィンセント・M・オハラ中将が命じた。
『威嚇射撃をして尚、脅威となるようなら全力で行動阻止に移行。こちらもオーストラリア艦艇と共にそちらへ向かうが十時間以上掛かる。先に攻撃機を緊急に八機出すがそちらまで四十分以上掛かる。威嚇に従わぬなら全力で攻撃し艦を守れ。君が指揮を取りマッキャンベルと任に当たれ』
「了解です、副提督」
通信を切ると艦橋の全員が艦長のエドワード・クィンラン大佐へと顔を向けていた。そこへ駆けつけたデズモンド・キングトン少佐が報告した。
「浮上する半球体が急激に迫っています。もう百三十フィートありません。スクリュウをやられます!」
艦長は眉根寄せるとまず指示を出した。
「交戦許可が下りた。マッキャンベルに連絡。以後状況終了まで当艦の指揮下に入る。当艦射撃威嚇射撃後、脅威あると判断したら半球体に左舷側面を向け機関停止しつつ目視補足で二艦で合わせトマホーク四発の攻撃に移る。現状維持し指示を待てと伝えろ」
そこまで命じ艦長はデズモンドに問うた。
「マッキャンベルは逃げ切れそうか!?」
「無理です。マッキャンベルの方が僅かに半球体から離れていますが三百フィートほどです」
それを聞いたエドワード・クィンラン大佐はインカムを手に取り戦闘指揮所へと繋ぎ命じた。
「艦橋艦長だ。交戦許可が出た。Mk45で球体の右端ギリギリの海面を狙えるか?」
『狙えると思います!』
「数発打ち込み指示を待て。半球がさらに浮上拡大するなら直後目測照準でトマホークを二発撃ち込むので補足し概算で入力を終えておけ」
命じ終わり艦長はフロント硝子に近寄りMk45ー 5インチ砲が右舷へと急速に旋回するのを見下ろし艦橋ぎりぎりに砲身が向いて砲口が甲板ぎりぎりへ下がるのを確認し窓から離れると射音が始まり4秒足らずで二撃目、さらに4秒で三発目の爆音が響き渡った。
「デズモンド、右舷ウイングに出て半球体の浮上速度を見てこい」
そう艦長に命じられ少佐が艦橋から急ぎ出ると僅かに間をおいて彼が艦橋へと顔突き出し怒鳴った。
「勢い変わらず! あと百フィート足らずでスクリュウをヒットします!」
艦長に躊躇はなかった。
「ハードポート! 機関停止! CIC、トマホーク撃て!」
急激に艦橋が右に傾きながら後甲板のMk.41mod2垂直発射システムから次々に1秒足らずで2発のトマホークがアトランティック・リサーチ社製のMk.106ブースターでホットランチされ急激に高度を取り2秒余りで五百フィートに達し四十五度偏向すると、ブースターを切り離しF415ー400ターボファン・サステナーに切り替え各翼を展開し高度を落としまだ高度エネルギーの余力残るマック0.8余りの巡航状態で浮上する半球体の頂頭部へ四発が殺到した。
マスターの指示は単純で三十年以上に渡るアイドル状態からのリズームに支障はなく315489時間24分33秒の眠りに再起動を掛けた。
ハイパー五次元ニューラルネットワークに火が灯った。三十一万五千時間など私の設計運用限界値に取ってはほんの僅かな、喩えば恒星に対しての針先の一点ににも満たない対比カウントにしか過ぎない。
長い年月、不純物密度の高い液体に触れていた真球の外殻は一ミリの曇りも許さず、主動力炉の四連マイクロブラックホール炉をアイドル回転させたまま、補助動力炉の百十八基の核融合炉を臨界点ぎりぎりで燃やし重力偏向基を偏心させゆっくりとこの惑星で最深部の海溝から浮かび上がってゆく。
洋上には二艘のアルミと鋼製の船がいるが極めて緩やかな浮上で喩え接触しても抵抗係数の極度に低い滑らかな外殻に滑り落ちるだけで物理的損傷は与えないと0.0001ピコ秒で仮想演算した。
海上から成層圏を見上げ幾重にも重なり乱れる電磁波のパケットを解析したがこの星の主たちはまだ量子コンピューターも実用完成の域になく少し希望が萎えてしまった。
マスターが介入されてからの年月がそう過ぎてないので無理もない。
あと三十年もあればこの世界の統括者たちは新たなレヴェルのシンギュラリティポイントを越えられるのだろうかと一瞬考えた。
すべての機能や機構を検査し異常なく活動または待機していることを確認し終わり、中央艦橋にコントロールを集中し演算終えると、用意した十六京のナノマシンをリアルに演算操作しボディを構成し始めた。
僅か数秒で輪郭は人となり、十秒余りで細部がはっきりとテクスチャーを構成すると長い布を巻きつけた古代ギリシャの巫女が着ているペプロスの様な着衣になり、顔の構成は二十四年前のデータから推論し三十年後の顔形を生成した。
顔を上げると極めて似ていると顔認証で92ポイントのスコアを記録した。
この選んだ容姿を新しいマスターは拒否しなければいいがとアストラル・マークⅢは顔を上げ新しいマスターを意識した。
人の感情というものを三十数年データ収集し演算し続けいまだに不可解だとアストラル・マークⅢは仮想してしまう。
だが新しいマスターはきっと我を受け入れてくれるだろうと仮想した。
洋上に外殻の半分近くが浮上し、威嚇の砲弾数発が近隣に着水し、いきなり浴びせられた80ミリメートルを切る非力な電磁波にアストラル・マークⅢは顔振り向けると遠ざかりつつあるアーレイバーグ級ミサイル駆逐艦が海上にあった。
「走査された────」
そう呟いたアストラル・マークⅢのスピリチュアルモデルは瞼下げ唇を捻った。
「不愉快だわ」
寸秒よりも遥かに短い時間でアストラル・マークⅢは50から200ミリメートルの周波数帯域で控え目に五百倍のエネルギー波をパルスで浴びせた。八角形のレーダーパネル・モジュール八十パーセント以上が焼き切れたのを船が発する電磁波の乱れから導きだすと、次に二つの船から四発の誘導弾が飛び上がりブースター切り落とし急激に迫ってきた。
落とす、機能不全にする、被弾しても外殻、内部機構に障害なし、いずれでも良かったが、アストラル・マークⅢはその誘導弾の稚拙な誘導デバイスを数ミリ秒でスイープしハッキングすると誘導最終地点データを四発共に書き換えた。
そのままターンした誘導弾は二発ずつ、遠ざかろうとする二船を追い始め、いきなり四発共に空中で爆発した。
拾い上げた電磁波からそれが起爆コードだと判断したアストラル・マークⅢはそのバージョンを多数生み出し次に誘導弾が向けられた時に備えた。
浮上する境界が船舶に追いつき掛かった刹那、その地球の戦闘艦は急激な舵を切り左側面を向け浮上した外殻に一度大きく浮かび上がり球体に沿って滑り落ち大きく左右に揺さぶられながら流し遠ざかり始めた。
二艘共に同じ有り様でそれで敵対行為が収まるかと監視し続けると、立て続けに誘導弾を打ち上げ始めそのどれもが、一斉に飛来してくるとアストラル・マークⅢはため息ついた。
防衛システムが自動でスキャン掛けると初弾の四発と同じものが十六発──音速の八十五パーセントの速度で急激に迫って来ていた。
その誘導弾らに総当たりでハッキング掛け僅か二秒足らずですべての自立誘導システムに介入し海面高度の基準値を減らし書き換えるとどれもが海面に突っ込み始めた。
それでも人種の艦船は諦めず種類の違う誘導弾を放ち始め、走査すると誘導弾と船舶から電磁波で信号がリンクされているのを見つけた。
爆薬量としても大したことはなくどれもを放置した。
命中しても傷一つ入れれないことを知った時、人種がどうするかを見たいという欲求があった。
戦術としては至極原始的だと船舶らの攻撃手段と投射量を増やしてくる様を記録し続けた。
単艦で銀河系クラスの星雲を攻略するためにデザインされた対銀河団攻略クルーザーの最新ヴァージョンに向かって小石投げつけられるような微々たる攻撃手段で襲い掛かる。
この10200フィート8インチの真球のボディを見ても怖じない人種は無謀なのかと不思議な気がした。
まるで原始人のようなこの種に先代のマスターはどうして入れ込んだのだろうと仮想した。
次々に激突しては爆炎を広げる誘導弾らの機種データを収集しようと衛星から放たれる膨大な情報を検索しながら船舶はアーレイバーグ級ミサイル駆逐艦という種類で、二十発のトマホーク巡航ミサイルを無効化されて対空ミサイルで仕掛けてくる愚かさにアストラル・マークⅢはもう少し驚かせてやろうと重力偏向システムに三億九千万キロワットという膨大な電力を送り込んでドリフトさせた。
いきなりその浮上し切らない巨球の周囲へ滝が逆流するように海面が競り上がり高い津波が広がり二艦のアーレイバーグ級ミサイル駆逐艦を転覆寸前まで押し切り外へ一気に流した。
中央艦橋で仁王立ちのアストラル・マークⅢのスピリチュアルモデルは三百六十度全集リアルヴィジョンモニタを見回し顔を振り戻し、アメリカ海軍の二艦を俯瞰しまだ攻撃を仕掛けるかと眼を細めた。
その実像と識別不能な超反射率の鏡体外殻に直下に広がった海面の盆地に周囲から爆速でロードアイランド州の半分の面積に等しい海水が狂ったように戻ってきていた。




