5
光を纏った朱螺は、笑みを浮かべた。久しぶりの魔法行使だが、すこぶる調子がいい。
少女の光が、徐々に突き刺した剣の上に移る。
それは円陣を描いた。
円陣は、意匠が金糸で描いたのかと思わせる程に繊細で美しいものだった。
すでに詠唱は終わっている。
後は、少しお願いするだけ。
「………氷舞、行ってらっしゃい」
朱螺がそう言うと、白い光が一層強く輝いた。
次の瞬間、円陣から何百もの氷の鎖が大蛇に向かって巻き付いた。
大蛇は暴れるが、鎖はより一層強く締め上げていく。
見ると、鎖が巻き付いた所から大蛇の焔が消え始めた。
蛇の体からは、大量の水蒸気が立ち昇る。
その様子を、無表情で朱螺は見ていた。
辺りは水蒸気で満ち、視界が悪くなり始めた。
水蒸気の中、陰影しか見えなくなった蛇は動かなくなっていく。
「……さよなら」
その時、大蛇の大地を震わす様な断末魔が轟いた。
未だに晴れない霧の中、永和は歩いていた。
「魔法には巻き込まれなかったけど、結局は水蒸気には巻き込まれたか……」
視界不良の中、永和は大蛇の動向をを見ていた。
水蒸気の中でシルエットしか見えないが、もう息絶えているようだ。
少しすると視界も開けてきた。
彼は、ゆっくりと大蛇に近寄っていく。
水蒸気が散ると、そこには冷気を湛えた氷の山が現れた。
先程までのた打ち回っていた大蛇は、完全に凍りつき息絶えていたのである。
永和は、改めて魔法の凄さに感嘆の声をあげた。
冷凍蛇から意識を戻すと、朱螺がさっきまで居た場所を見た。
しかし、朱螺が見当たらない。
「……どこ行ったんだ?」
永和は、剣を鞘にしまって冷凍蛇の周りを探すが、どこにも居ない。
「……朱螺、どこにいるんだ?!」
「ここよ、上にいる」
すぐ上から声がした。
見ると、朱螺が冷凍蛇の上に立っていた。
彼女は永和と目が合うと、下にいる彼の目がけて飛び降りた。
永和は、慌てて朱螺をきちんと両腕で受け止める。
その瞬間、盛大に顔をしかめた。
……朱螺には失礼だが、異常に重い。
見ると、彼女の腕の中には蛇の額にあった核石と呼ばれる石があった。
近くで見ると、闇の様な漆黒と薔薇の深紅を合わせ持つ、美しい色をしていた。
朱螺は、するりと永和の腕から降りた。
その空いた永和の腕に、持っていた核石を渡す。
石は見た目によらず、かなりの重さだった。
朱螺は歩き始めた。
永和は、戸惑いに声を上げた。
「ちょっ、こんな重いの持って町探しなんて無理だって」
冗談じゃないと彼は思った。
これから、どこにあるかも分からない町を探さなくてはいけないのだ。
……こんな重い物を持って、歩き回っていたら体力が保たない。
彼が、非難の声をあげていると朱螺は振り返って笑った。
それは、悪魔の微笑み。
永和は、ひっと情けない声を出して硬直した。
そのまま彼女は永和に近付き、背伸びをして彼の頭を両手でとらえる。
「……なっ!」
永和は、金縛りの様に動けなくなった。
無駄な抵抗しようとする彼の耳元に、小さな声で朱羅は囁く。
「言うこと聞かない子には、おしおきよ?」
彼女は、彼の額に軽く口付けをした。
動揺した永和の腕から、石が滑り落ちる。
静かな砂漠に、核石が落ちる重い音がした。
その瞬間、あっという間に永和は10歳ほどの少年になってしまった。
「………朱螺」
引きつった笑顔で朱螺を見るが、彼女はニヤリと笑う。
「ふふ、可愛いわよ。呪いも、たまには使えるじゃない」
彼女は、満足げに言うと颯爽と歩き始めた。
永和は、呆れつつも彼女について行こうと、核石を持ち上げた。
しかし、子供の体になった彼は、筋力の違いでよろめいた。
先程の数倍の重さにも感じる。
「……鬼だ」
永和は、軽快に先を歩く朱羅を恨めしそうに見る。
絶対、いつかは負かす。
また決意を新たに、彼はふらつきながら歩き始めた。