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砂の街  作者: oz
3/5

遠くでトンビが鳴いた気がして、永和は頭をあげた。

しかし、頭上にあるのは憎らしい程に輝く太陽と青い空だけ。

ため息をつく。


砂漠に入ってから、今日で一週間。

前を歩く、ローブを着た少女と一面の砂漠が変わらずに視界にある。

この一週間、何一つ変わらない景色だった。


未だに町は見えず、それどころか一度も商隊すら見ていない。

そろそろ、食料と水も底を突く。

せめて、水が欲しい。

オアシスがあればいいのだが、周囲には水の気配すらない。

なんとしても、町に辿り着きたい所だと、永和はぼんやりする頭で思った。


歩き続けてた朱螺が、いきなり立ち止まった。

何か、見つけたのだろうか。

永和は、彼女の横で歩みをとめる。

彼女の視線の先。

見慣れた、いつも通りの砂漠だった。

何か、朱螺には見えているのだろうか。


「どうしたんだ、何かあるのか」

朱螺には、魔力がある。

そして、力を感知することや視ることもできる。

しかし、永和には魔力の欠片すらない。

そのため、彼女が見えているものが見えない事がよくあった。


「おかしいと、思う」

彼女は、眉をひそめた。

普段は、はっきりと断言するのだが、今回は何か引っ掛かるようだ。

腕を前で組み、砂漠を睨んでいる。

「おかしいって、どうゆう事なんだ?」

今回も、自分には見えないようだ。

永和は静かに彼女の様子を見ていた。


朱螺は、何かを探るように目を細めていた。

そして、ある一点に視線を注視した。

「……わかった」

彼女は嫌そうな顔をして、前髪を掻き上げた。

「恐らく、ここ一帯の空間が歪んでいる」

「歪み?」

そんな事言われても、よく分からない。

視界には、変哲もない砂漠。

歪みなんて、見えなかった。

「あぁ、この歪みのせいで、私達は無駄に彷徨っていたようだ」

朱螺は、すっと目を伏せた。

不意に、朱螺は右腕を胸の前まで上げた。

腕に、赤い光がまとわり始める。

朱螺は指先に光を集め、印を描き始めた。

指先が通った軌跡が、徐々に円を主体にした魔法陣になっていく。

魔法陣が完成し、鮮烈な閃光が辺りを照らした。


その瞬間、大地が――砂漠が揺れ始めた。

振動で、足下の砂も崩れ始める。

二人は、砂を蹴って来た道を駆けた。

「見ろ、何かくるぞ!」

朱螺のが指を差した。

見ると、砂漠から巨大な黒い大蛇が現れる所だった。


長い体は漆黒の鱗で覆われ、不快な艶を帯びていた。

額には、血の色をした宝石の様な核石が輝いていた。

黄金色の瞳は、二人を品定めするように睨み付けてくる。


大蛇は、こちらを明らかに敵視していた。

「大きいなー」

大蛇を見上げながら、永和は腰に提げていた長剣を抜いた。

その顔は、新たに得た玩具に興味を示す子供の様。

朱螺は、そんな彼に苦笑する。


少女は蛇を一瞥すると、自分の腰に提げていた細身の剣を鞘から抜き出した。

「全く。あの蛇のおかげで、さすがに足腰が限界よ」

彼女は剣を砂漠に突き立てた。

それに呼応し、剣の赤い宝飾が輝き始める。

朱螺は輝く剣を手放すと、魔力をのせた詠唱を始めた。


「……四つ世の門扉を守るカードラスよ……」

すると、剣と朱螺を中心に風が起こり始めた。

永和は、隣で朱螺が詠唱し始めたのを確認し、数歩前に出た。


「うしっ、行くか!」


敵が居るなら倒すまで。

永和は、大蛇に向かって駆け出した。永和は歩みを速めて、彼女の隣に並んだ。

横目で朱螺の表情を伺う。

彼女は、機嫌が直ったのか小さく歌っていた。

異国の歌なのだろう。

聞いたことはない言語で歌っているが、耳に心地よい。

「それ、どこの国の歌?」

「んー……、知りたい?」

朱螺は永和の瞳を覗きこむ。

果実のように潤う唇が目に入り、知らず知らずに喉がなった。

急いで視線をずらすと、彼女の炎のような瞳にかち合った。

彼は、そのどこまでも深い紅に囚われる。


その瞬間、朱螺は両手でいきなり永和の頬をつかんだ。

「おわっ! なひをっ?!」


彼女の白い手が引っ張ると、彼の頬は面白いくらいに伸びた。

朱螺は、口の端を楽しげに吊り上げて笑った。


「やっぱり、教えてあげない」


朱螺は、してやったりと嬉しそうにして手を離した。

「っ痛ー……朱螺!」

永和は、つねられたせいか、はたまた恥ずかしさからか頬を赤く染めた。


彼は、この機会に何か文句を言っておこうと意気込んだ。

「本当に朱螺は意地が悪い!」

鬼族(きぞく)は意地悪だからな」

「いや、鬼族とかの前に、朱螺の本体の性格が悪い……」

朱螺が、意味深に目を細めて笑った。


朱螺は、鬼族だった。


―――鬼族。


彼らは、人間とは違う存在。

長き命に、強靭な肉体。

一族は、武術だけでなく魔術にも長け、その力はまさに一騎当千。

その強大な力を持ち、時には奇跡すら起こす、鬼の子孫達。

朱螺は、まさにその子孫だった。


「へぇ……永和も、言うようになったじゃないか」


永和は、笑顔の黒さに少し後悔した。


「冗談、本当に軽い冗談だって」


その慌てぶりに、朱螺が小さく声をたてて笑った。

こうして笑う彼女は愛らしい。いつもこうであったなら、と永和はため息をこっそりとついた。


それを見て、彼女はまた小さく笑う。


「永和は、いじめると面白いな」

「………はいはい、どうせ単純ですよ」

彼は、もう諦めの境地だ。

朱螺は笑いを収めると、遠く砂漠の向こうを見た。


「まぁ、本当に知らないんだけどね。かなり昔に旅芸人が歌っていた歌。だから、国とかは知らないんだ」


朱螺は過去を懐かしむように目を細め、一人で先に歩き始めた。


永和はただ、黙ってその姿を見た。


その見慣れたはずの小さな背中。しかし今は、知らない少女のような、そんな遠い存在に思わせるものだった。


彼は、小さくため息をつく。


全くもって、彼女は性格が悪いと永和は思う。

彼女は、自分を翻弄し過ぎる。

先を進む小さなその姿に、永和は何とも言い難い気持ちを覚えた。


ふと、朱螺が振り返った。

「何立ち止まってるのー」

「はいはい」


朱螺は何か思いついたらしく、急にニヤニヤと笑った。

永和は、少し引きつった顔で彼女を見る。

「ど、うした?」

「全く、永和はまた変な想像でもしていたのか? スケベだな」


永和は吹いた。

「なっ!そんなことあるか!」

永和は、急いで朱螺の後を追う。


彼女は、可笑しそうに笑う。


毎回、彼女にからかわれる度に永和は思う。


いつかは、絶対にみかえす!


「ほら早く来なさいよ。置いてくわよ」

「ちょっと、今行く!」


何だかんだ言って、永和は朱螺に付いていくのだった。



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