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永和は朱螺と出会ってから、たくさんの仕事をしてきた。
ある時は、依頼人の探し物を手伝ったり。
またある時は、一週間、幻の虎を求めて森をさ迷ったり……。
最近の仕事では、いけにえにされる花嫁の身代わりをした。
もちろん退治したが、危うく大人の階段を登らされそうになった……。
考えると、ろくでもない事ばかりだ。
何だか、人生を損しているようないないような……。永和は、何だか少しぐらいは、文句を言っても許される気もしてきた。
しかし、言ってもその3倍は言い返されてしまいのが目に見えている。彼は、また一つため息をついた。
気を取り直し、朱螺を見ると随分と距離が空いている。
永和は歩みを速めて、彼女の隣に並んだ。
横目で朱螺の表情を伺う。
彼女は、機嫌が直ったのか小さく歌っていた。
異国の歌なのだろう。
聞いたことはない言語で歌っているが、耳に心地よい。
「それ、どこの国の歌?」
「んー……、知りたい?」
朱螺は永和の瞳を覗きこむ。
果実のように潤う唇が目に入り、知らず知らずに喉がなった。
急いで視線をずらすと、彼女の炎のような瞳にかち合った。
彼は、そのどこまでも深い紅に囚われる。
その瞬間、朱螺は両手でいきなり永和の頬をつかんだ。
「おわっ! なひをっ?!」
彼女の白い手が引っ張ると、彼の頬は面白いくらいに伸びた。
朱螺は、口の端を楽しげに吊り上げて笑った。
「やっぱり、教えてあげない」
朱螺は、してやったりと嬉しそうにして手を離した。
「っ痛ー……朱螺!」
永和は、つねられたせいか、はたまた恥ずかしさからか頬を赤く染めた。
彼は、この機会に何か文句を言っておこうと意気込んだ。
「本当に朱螺は意地が悪い!」
「鬼族は意地悪だからな」
「いや、鬼族とかの前に、朱螺の本体の性格が悪い……」
朱螺が、意味深に目を細めて笑った。
朱螺は、鬼族だった。
―――鬼族。
彼らは、人間とは違う存在。
長き命に、強靭な肉体。
一族は、武術だけでなく魔術にも長け、その力はまさに一騎当千。
その強大な力を持ち、時には奇跡すら起こす、鬼の子孫達。
朱螺は、まさにその子孫だった。
「へぇ……永和も、言うようになったじゃないか」
永和は、笑顔の黒さに少し後悔した。
「冗談、本当に軽い冗談だって」
その慌てぶりに、朱螺が小さく声をたてて笑った。
こうして笑う彼女は愛らしい。いつもこうであったなら、と永和はため息をこっそりとついた。
それを見て、彼女はまた小さく笑う。
「永和は、いじめると面白いな」
「………はいはい、どうせ単純ですよ」
彼は、もう諦めの境地だ。
朱螺は笑いを収めると、遠く砂漠の向こうを見た。
「まぁ、本当に知らないんだけどね。かなり昔に旅芸人が歌っていた歌。だから、国とかは知らないんだ」
朱螺は過去を懐かしむように目を細め、一人で先に歩き始めた。
永和はただ、黙ってその姿を見た。
その見慣れたはずの小さな背中。しかし今は、知らない少女のような、そんな遠い存在に思わせるものだった。
彼は、小さくため息をつく。
全くもって、彼女は性格が悪いと永和は思う。
彼女は、自分を翻弄し過ぎる。
先を進む小さなその姿に、永和は何とも言い難い気持ちを覚えた。
ふと、朱螺が振り返った。
「何立ち止まってるのー」
「はいはい」
朱螺は何か思いついたらしく、急にニヤニヤと笑った。
永和は、少し引きつった顔で彼女を見る。
「ど、うした?」
「全く、永和はまた変な想像でもしていたのか? スケベだな」
永和は吹いた。
「なっ!そんなことあるか!」
永和は、急いで朱螺の後を追う。
彼女は、可笑しそうに笑う。
毎回、彼女にからかわれる度に永和は思う。
いつかは、絶対にみかえす!
「ほら早く来なさいよ。置いてくわよ」
「ちょっと、今行く!」
何だかんだ言って、永和は朱螺に付いていくのだった。