殿下、お探しの婚約者は隣にいます
「ユリシーズ、本当に君の姉上はこの学園に通っているのか?」
王太子エルヴィス様の問いに、ユリシーズ様はライムグリーンの瞳を役者のように瞬かせました。
「もちろんです。見ていただければわかるように」
ユリシーズ様は華奢な指を揃えて貼り出されたテストの順位を示されました。
1位、ユーフェミア=ルーメロン
2位、カレン
3位、‥‥‥
一年生の学年首席、ユーフェミア様はエルヴィス様の婚約者様です。ちなみに二年生の学年首席はエルヴィス様です。
お二人は七年前にご婚約されましたが、六年前からユーフェミア様が体調を崩されてしまい、以降六年間ユーフェミア様はエルヴィス様の面会を断られているそうです。
ユーフェミア様が王立学園に入学されるにあたり、ようやく会えるとエルヴィス様は嬉しそうにされていました。
しかしエルヴィス様の期待とはうらはらに、ユーフェミア様は姿を見せられませんでした。
貴族と平民が入り交じる王立学園は、好きな時に好きな授業を受けて(人気の授業は予約制ですが)、定期テストを受けて合格ライン以上なら進級できるシステムなので、ユーフェミア様はテストの日だけ出席しているのかと思われました。
ですがユーフェミア様の双子の弟のユリシーズ様いわく、ユーフェミア様は毎日学園に通っているとのことです。
愛する婚約者様に会いたいエルヴィス様は、毎日懸命にお探しになっていますが成果は獲られず、少しおかわいそうです。
エルヴィス様とユリシーズ様を眺めていると、不意にエルヴィス様と目が合いました。
「クラリッサ!」
私と目が合ったエルヴィス様は、気さくな笑みを浮かべてこちらに近づいてこられました。
「エルヴィス様。今回も学年首席、おめでとうございます」
「ああ。君も変わらず2位をキープしているな。さすがだ」
「ありがとうございます。エルヴィス様には敵いません」
二年生首席のエルヴィス様と2位の私、クラリッサ=シシンリアの成績順位は、私達が入学以降ずっと変わっていません。
「ところでクラリッサ、再来月の国際パーティーなんだが、パートナーを頼めるか?」
「もちろんです。私でよろしければ」
ユーフェミア様が体調を崩された六年前から、側妃候補の私がエルヴィス様のパートナーを務めさせていただいています。
私は代役で本来エルヴィス様のパートナーはユーフェミア様のお役目なのですが‥チラリとユリシーズ様を伺うと、ユリシーズ様はスッと視線を外されました。
ルーメロン公爵家直系特有のライムグリーンのつり目。バサバサの長いまつげにツヤツヤの唇。私とさほど変わらない身長。女性と並んでも細い首に狭い肩幅。傷ひとつない白く華奢な小さい手。
ユーフェミア様はどうして男装してユリシーズ様のふりをしているのでしょうか?
凡庸な私ではユーフェミア様の意図がわからず、わからない以上お二人の問題に介入するのは過分と考え、知らないふりをしています。
「あっ、エルヴィス様ー!」
「カレン」
溌剌とした笑顔のヒマワリのような女の子、カレンさんは特待生枠で入学された優秀な平民の一年生です。
カレンさんは学園入学前から、お忍びで城下町に出向かれていたエルヴィス様とご友人だったそうです。
エルヴィス様が王太子だと知ったときのカレンさんの驚きようといったら、目がこぼれ落ちてしまうのではと思うほどでしたが、王太子だと知っても変わらず気安く接してこられるカレンさんをエルヴィス様は気に入っていらっしゃるようです。
「クラリッサ様とユリシーズ様も。こんにちは!」
「ごきげんよう」
「どうも‥」
明るく元気なカレンさんを見てると元気をもらえます。ですがユリシーズ様(ユーフェミア様)はカレンさんが苦手なようです。
「またユーフェミア様に負けちゃいました。エルヴィス様の婚約者さんすごすぎです」
「ああ。ユーフェミアはすごい。色んな事業を成功させてる天才だしな」
そうなのです。ユーフェミア様は病弱(という設定?)にもかかわらず画期的な発想で次々と新事業を立ち上げ、成功させる天才実業家でもあります。
「へー!なんで姿を隠されてるんですかね?」
「わからん。ユーフェミアは絶対に俺と同じ気持ちのはずなんだが」
「見た目はどんな方なんですか?やっぱりユリシーズ様に似てますか?」
「俺も最後に会ったのは十歳の時だからな‥今はどんな容姿なんだ?」
お二人の視線がユリシーズ様(ユーフェミア様)に注がれます。
ユリシーズ様(ユーフェミア様)は青ざめて目を泳がせました。
「え〜っと‥その‥普通です、普通」
「普通って普通に似てるってことですか?」
「ひえっ」
ずいっと近づかれたカレンさんにユリシーズ様(ユーフェミア様)は怯えているようです。
「ユリシーズ様、そういえば二人きりでお話したいことがあるんです。よろしいですか?」
「え?うん‥」
「クラリッサ、二人きりで話とは、」
「乙女の秘密です。失礼いたします」
ユリシーズ様(ユーフェミア様)の腕を取って人気のない場所まで移動しました。
「クラリッサ様、話って‥」
「ありません。嘘です」
「嘘?!なんで?」
「お困りのようだったので。ご迷惑でしたか?」
「いや、助かった。ありがとう‥あの、やっぱ気づいてる‥?」
こちらを伺うライムグリーンの瞳が揺れていました。
「気づいてるとは、ユリシーズ様が本当はユーフェミア様ということでしょうか?」
「やっぱり!!有能モブ怖い!」
「ユウノーモブとは‥?」
「あっごめんこっちの話」
今ならば。ユーフェミア様の真意を聞けるチャンスかもしれません。
「ユーフェミア様は‥ユリシーズ様としてエルヴィス様と仲がよろしいではないですか」
「まぁ」
エルヴィス様はユーフェミア様を探すうちに、ユリシーズ様(ユーフェミア様)と親友といえるほど仲良くなられました。
私はエルヴィス様をお慕いしてるので、正体を隠されていてもユーフェミア様に惹かれてしまうエルヴィス様に切なくなります。
エルヴィス様の正妃はユーフェミア様以外ありえないのでしょう。
「エルヴィス様がお嫌いというわけではないんですよね?」
「うん。今のとこ嫌いじゃない。私をしつこく探す以外は普通にいい奴だし」
「ではどうしてお姿を隠されているのでしょうか?」
「それは‥話すと長くなるし信じられないと思う」
「お話してくださるのであればそれを疑ったりしませんし、口外しないと約束いたします」
私達はじっと見つめあいました。
「‥わかった。話すね。結論を言うとユーフェミア=ルーメロンは悪役令嬢で、エルヴィスとカレンが恋に落ちて、私は卒業パーティーで断罪されるの」
悪役令嬢?エルヴィス様とカレンさん?断罪?疑問だらけです。
「それで私は考えたってわけ。ユーフェミアが存在しなきゃ断罪もされないでしょ。だったら別人になればいいじゃんって」
「???」
「ホンモノのユリシーズを他国に行かせたことと、私が表舞台に姿を表さなくなったことで、モブの貴女が側妃候補になったことが原作にどう影響すんのかわかんないんだけど、私の代わりに貴女が悪役令嬢ポジになったらゴメンってかんじ」
私が悪役令嬢ポジ‥?
「悪役令嬢というのは?」
「ヒロインのカレンを虐めて断罪されて流刑地で奴隷みたいに働かされるの」
「私がですか‥?カレンさんを虐めた記憶はありませんが‥」
「うーん、それはそうなんだけど。物語の強制力とかあるかもしんないし」
「物語‥?」
「ここは小説の世界なんだ。私には前世の記憶があって、ユーフェミア=ルーメロンは悪役令嬢で貴女はモブ。小説の最後はエルヴィスとカレンが結婚してハッピーエンドってわけ」
私の見立てではエルヴィス様とカレンさんの間に恋愛じみた甘い空気は感じられません。
仮にもし本当にお二人が恋仲になったとしても、王太子と平民が結婚するのは難関です。
カレンさんを養子に迎える高位貴族がいれば法的に可能ではありますが、その場合ルーメロン公爵家を敵に回すことになります。
「ユーフェミア様のお話を否定するわけではないんですが、エルヴィス様は一途にユーフェミア様を思ってらっしゃいますよ?」
六年間も拒絶されてもなお、エルヴィス様はユーフェミア様を求めて探していらっしゃいます。
王太子としての公務、生徒会長としての仕事、勉強、忙しい合間の隙間時間はほとんどユーフェミア様を探す時間にさいていらっしゃいます。それはエルヴィス様の隣にいるユリシーズ様(ユーフェミア様)が一番わかっているはずです。
「そうなんだよね。なんであんなに私に執着してんだろ?」
「愛ではないでしょうか」
「うっ‥溺愛も執着もお断りしたいんだけど。原作の流れ変わっちゃったのかなぁ」
正直なところユーフェミア様のお話は荒唐無稽で信じられませんでしたが、口には出しませんでした。
秘密を共有したことでユリシーズ様(ユーフェミア様)と親しくなり、時おりルーメロン公爵邸へ招待されたり、二人でお茶会をしたりするようになりました。
#
「最近ユリシーズと親しいみたいだな」
本日は王宮でエルヴィス様とパーティー用の衣装合わせです。
「そうですね」
「っ‥そうか」
「はい‥?」
なんだかシュンとされています。
お友達を奪われたような気分なのでしょうか。
「ユリシーズ様と一番仲がよろしいのはエルヴィス様なのでご安心ください」
「そっちじゃない」
「?」
次の衣装は初夏らしい水色の涼しげなデザインに決まりました。
「領収書はシシンリア侯爵家に」
「いや、王宮のエルヴィス宛にしてくれ」
パーティーがある度にエルヴィス様はドレスをプレゼントしてくださいます。
「エルヴィス様、私は婚約者ではないので予算を使っていただくわけにはいけません」
私はあくまで側妃候補です。側妃になれば予算を割いていただけると思いますが、側妃になれるのはエルヴィス様とユーフェミア様が無事にご結婚された後のこと。
現時点ではただの侯爵令嬢にすぎない私に国庫を割くのは大丈夫なのか心配です。エルヴィス様は不正を犯すような方ではないので必要経費として受理されているのだと思いますが、年に何度もとなると心象がよくないでしょう。
「予算?いやいつも俺の個人資産から出してるから大丈夫だ」
「だ、大丈夫ではありません」
エルヴィス様の個人資産を崩すなんて。正式な婚約者のユーフェミア様であれば、王太子妃用の予算が組まれていらっしゃるのに。
「大丈夫だ。というかクラリッサが着るドレスは俺が選びたいし、贈りたいんだ。俺のわがままを叶えてくれないか?」
手を取られて指先にキスをされました。
上目遣いのエルヴィス様がカッコよくて心臓に悪いです。
「‥ありがたく受け取らせていただきます」
「良かった!この後時間があれば庭園でお茶にしないか?クラリッサの好きなアマリリスが見頃だ」
「ええ、是非」
エルヴィス様は側妃候補でしかない私にすらこんなにもお優しいのですから、求めてやまない婚約者のユーフェミア様には尚のことでしょう。
ユリシーズ様(ユーフェミア様)がエルヴィス様に正体を明かす決断をするのを願うばかりです。
#
パーティーは下準備が大切です。国際パーティーですと尚のこと、参加者の目星と下調べ、各国の特産物、情勢、自国との関係性など。
交流による関係性向上も大切ですが、地雷を踏まないように注意を払うことが私の役目だと思っています。
「パルム王太子のパートナーが王太子妃ではないな」
「王太子妃殿下は出産を控えているようです。まだ正式には公表されていません」
「アドワーズ帝国は第二皇子が出席してるようだ」
「皇太子殿下はとある男爵令嬢に夢中になり、公務を放棄しているとの噂です」
「リゴ公国の特産物は綿と麦だったな」
「ええ。ですが今年は干ばつで不作のようです」
挨拶を一通り終えると、自国の外務大臣が近寄ってこられました。
「いやいや相変わらず仲がよろしいようで。まるでクラリッサ侯爵令嬢が婚約者のようですな」
私を見定めるような視線を向けてこられる外務大臣は、ルーメロン公爵家もといユーフェミア様の熱烈な支持者です。
毎回ユーフェミア様の代わりにエルヴィス様のパートナーを務める私を警戒しているのでしょう。
「とんでもございません。私のような未熟者が、ユーフェミア様の代役を務めさせていただけることを光栄に思っております。国母となられるユーフェミア様、そして王国の太陽エルヴィス殿下ご夫妻を臣下としてお支えできるよう、これからも精進して参りたい所存です」
「‥まぁ、思慮深いクラリッサ侯爵令嬢であれば側妃になられる資格はおありでしょう」
エルヴィス様が小さく舌打ちをされました。
「俺はクラリッサを側妃にする気はない」
え?
私はエルヴィス様の側妃になれると、側妃候補としてそれなりに親しくさせていただいてると自惚れていました。
ですがエルヴィス様はそのつもりはないとハッキリ否定されました。
私はエルヴィス様の側妃になれない。
あまりのショックに、その後続いたエルヴィス様と外務大臣の会話も耳をすべっていきました。
「クラリッサ?顔色が悪いようだが‥」
「あ‥すみません、少し目眩がして‥」
「なら少し休もう」
「いいえ、大丈夫です。もうおさまりました」
いくらショックを受けても公務中にぼんやりするなんていけません。側妃にする気はなくても、エルヴィス様が私をユーフェミア様の代役に任命してくださったのですから。
気持ちを切り替えてパーティーに集中し、帰宅したその足でお父様の書斎に相談しにいきました。
#
「クラリッサ、次の平和記念パーティーなんだがパートナーを頼みたい。ドレスは‥」
「申し訳ございません。お声がけいただけて光栄ですが、今後エルヴィス様のパートナーは辞退させてください」
「‥辞退?何故だ?」
「私もそろそろ婚約を決めなければなりませんので‥今後は自分の婚約者と参加したいと思っております」
「こここここんやく?!?!」
私の願いであったエルヴィス様の側妃になる未来が叶わない以上、他の誰かと婚約を決めなければなりません。
本心を言えばエルヴィス様以外の殿方と結婚したくはないのですが、シシンリア侯爵家を継ぐお兄様のためにもいつまでも実家にいるわけにはいきませんので。
もう十代後半なので、同年代の家格の合う貴族令息の多くはすでに婚約が決まっています。
ご本人に結婚する気のなさそうな伯爵令息、奥様と死別された若い侯爵、一回り年の離れた辺境伯などお父様のお眼鏡にかなった殿方達とのお見合いが控えています。
「クラリッサ、婚約ってどうして‥」
「すみませんエルヴィス様。約束がありますので失礼します」
「クラリッサ!!」
本日の放課後はユーフェミア様にお誘いいただいて、ルーメロン公爵邸でお茶会です。
「うーん、私なら辺境伯かな。細マッチョ童顔イケメンいいじゃん」
私のお見合い相手の釣書を見比べたユーフェミア様がおっしゃいました。
男装用のウィッグを外されたユーフェミア様の長い髪は、鮮やかな赤色です。
「決め手は見た目ですか?」
「見た目は重要でしょ。好みど真ん中のイケメン平民と、貴族でも油ぎったブヨブヨのスケベ爺ならイケメン平民のほうがよくない?」
「私は家の利になるほうですね」
「ウケる。骨の髄まで貴族じゃん。でも今更婚約者探しって、私の代わりにエルヴィスのパートナー務めてたせいだよねぇ」
「いいえ、私がエルヴィス様のお気持ちを見誤っていたせいです。それよりまだ正体を明かす気はありませんか?」
私がパートナーを辞退したことで、エルヴィス様は新たにパートナー探しをしなくてはならなくなってしまいました。
エルヴィス様の正式なパートナーであるユーフェミア様が出席を決められたら憂いは晴れるのですが。
「うーん、でも、次のパーティーではカレンをパートナーにして物語が進むかもしれないし‥」
「ユーフェミア様はカレンさんに王太子妃になってほしいのですか?」
「なってほしいほしくないじゃなくて、そういう物語なの。エルヴィスが私に執着してるのは想定外だけどぉ‥あ、そうだ!クラリッサ、婚約者にちょうどいい物件あったわ!」
そう言ってユーフェミア様は部屋を飛び出していかれました。
数分後、ユーフェミア様が連れてこられたのはユーフェミア様より頭ひとつ分身長が高く、ユーフェミア様が男性化したようなユーフェミア様に似た美しい男性でした。
「こいつが本物のユリシーズ!ちょうど一時帰国してたんだ」
そうだと思いました。
「どうも‥」
「初めまして。シシンリア侯爵家のクラリッサです。お会いできて光栄です」
「ユリシーズです‥で、何?」
ユリシーズ様が胡乱げにユーフェミア様を見やりました。
「あんた達婚約しなさい!」
「「へ?」」
「婚約者がいないモブ同士でちょうどいいでしょ。ほらほら、若い二人で庭でも散歩してきて!」
グイグイと背中をおされて部屋を追い出されてしまいました。
ユリシーズ様は深い溜め息を吐かれました。
「‥姉がすみません。あの人一度思い込んだら強引っつーか、自分の思い通りにしたがるっつーか、思想が強いっつーか‥」
「いえ」
帰る前に釣書を回収しなければなりません。今すぐはドアを開いてくださらなそうなので、一人でお庭を散歩させていただこうと思ったのですが、意外にもユリシーズ様がエスコートを申し出てくださいました。
さすが公爵邸の庭園は季節の草花が定規で揃えたように美しく剪定されています。
「昔の姉は年相応のワガママお嬢様ってかんじだったんすけど。六年前、熱で倒れてから人が変わったみたいに悪役令嬢とか、わけわかんねーこと言い出すようになって‥」
六年前というと、ユーフェミア様がエルヴィス様との面会を拒絶し始められた頃です。
「次々色んな事業立ち上げて莫大な資産を築いたものだから、両親は姉に盲目になってしまいまして。両親二人とも姉の言うことは全部正しいみたいな姉信者なんです。僕を海外に留学させたのも姉の一存です」
「それは‥大変でしたね‥」
ユリシーズ様のご意思とは関係なく、ユーフェミア様の一存で留学を決められたなんてお気の毒です。なんて言えばいいのかわかりません。
「ま、向こうで妻にしたい女に出会えたからいいんすけど」
あら、恋人がいらっしゃるようです。
「素敵な出会いがあったんですね」
「はい。両親には婚約したい相手がいるとは伝えてるんですが、姉が僕とクラリッサ様を婚約させたいと言えば、両親は姉の言いなりなので僕達を婚約させようと強行するかと」
それは怖いです。ユーフェミア様とユリシーズ様のご両親は、王家の次に権力がある「ルーメロン公爵夫妻」です。
「いい加減に会わせろ!」
門のほうが何やら騒がしいです。
ユリシーズ様と顔を見合わせて、様子を伺いに行きました。
ルーメロン家の門番が対応している、閉ざされた門の向こうにいらっしゃる訪問者は。
「何故だ?俺とユーフェミアは同じ気持ちのはずなんだ‥!」
「エルヴィス様!」
門の柵を握りしめるエルヴィス様は、私に気づいて目を丸くされました。
「クラリッサ?!どうしてそこに‥」
私は小声で隣のユリシーズ様にお伝えしました。
「エルヴィス王太子殿下です」
「あー‥」
私達は門に近づきました。
「クラリッサ‥君は?」
エルヴィス様はじろっとユリシーズ様を睨まれました。
「ご無沙汰しています。ユリシーズ=ルーメロンです。お会いするのは幼少の頃以来ですね」
「!」
私は驚いてユリシーズ様を見ました。
ユーフェミア様がユリシーズ様として学園で生活されていることはご存知のはずですのに。ユリシーズ様はひょうひょうとされています。
「ユリシーズ‥?どういうことだ‥?」
「殿下、本日はどのようなご用件で?」
「ユーフェミアに話をしに来た」
「なるほど。お通ししろ」
ユリシーズ様は使用人に命じました。
「しかし‥!」
「次期当主である僕に逆らうのか?そもそも王太子殿下を門前払いなんて、いくら姉さんの指示でも不敬が過ぎる。命令だ、お通ししろ」
使用人達は押し黙り、門を開きました。
「ユリシーズ様‥」
「いいんです。おかしいのは姉なので。殿下、家の者が失礼しました。姉の元へご案内します」
「‥ああ。君は本当にユリシーズなのか?」
「はい。本物のユリシーズです」
「‥‥本物‥‥なるほどな。そういうことか‥」
エルヴィス様は乾いた笑いをこぼされました。
「クラリッサ、君は知ってたのか?」
「最近知りました。黙っていて申し訳ございません」
「いや、どうせ口止めされてたんだろう。最近ユリシーズ‥ユーフェミアと仲が良い理由が知れて安心した」
安心とは何に対してでしょうか。
ユーフェミア様がいらっしゃる部屋に着きました。エルヴィス様は躊躇なく部屋に突入されました。
「よう。ユーフェミアとしては六年ぶりだな」
「エルヴィス?!なんでアンタがここに‥」
エルヴィス様の登場に、ユーフェミア様は椅子から立ち上がって驚かれました。
「僕がお通しした」
「ユリシーズ!あんた、裏切ったわね!」
「裏切るもなにも‥姉さんが一方的に僕を国外に追いやって、勝手に僕のふりしてたんだろ」
不穏な姉弟の間にエルヴィス様が割り込まれました。
「姉弟ゲンカは後でやってくれ。ユーフェミア、俺はお前に話があってきたんだ」
「エルヴィス‥私は‥」
「色々聞きたいことはあるが、とりあえず早急にコレにサインしてくれ」
エルヴィス様は鞄から書類を取り出し、ユーフェミア様にお渡ししました。
「なにこれ」
「婚約解消手続きの書類だ」
「はぁ?!なんで?私、カレンを虐めたりしてないけど?」
「カレン?カレンは関係ないだろ」
「じゃあなんで婚約解消なんか‥」
「なんでって、お前は俺との婚約が不満だから六年も面会拒否して、学園も弟のふりして通ってたんだろ?俺はお前をユリシーズとして信頼してたから本当のことを話してくれなかったことはショックだが。俺たちは婚約を解消したい、この気持ちは同じはずだ」
「でも‥そんな簡単に‥勝手に婚約を解消なんてできないんじゃ?」
「陛下とルーメロン公爵も了承済みだ。安心しろ。王家との間に婚約解消による遺恨は残らない。後はお前がサインしてくれれば婚約は解消される」
「パパまで?そんなの聞いてない」
「お前が俺を嫌って避けているんだから聞くまでもないだろう」
「別に嫌いってわけじゃ‥」
ユリシーズ様が小首をかしげました。
「姉さん、六年も殿下を拒絶して婚約者の責務放棄してたくせに、まさか婚約継続したいの?殿下のこと好きなのに避けてたわけ?」
「なっ‥!そんなわけないでしょ!私は執着されて困ってたし!エルヴィスなんか全っ然好きじゃないんだから!」
ユーフェミア様の言葉にエルヴィス様はうんうんと頷かれました。
「わかってるから早くサインしてくれ」
「っ‥‥」
ユーフェミア様は書類にサインされました。
「よし。コレは俺が責任持って提出してこよう。クラリッサ、付いてきてくれ」
「へ?は、はい‥」
怒涛の展開です。
なぜか私はエルヴィス様に付き添いを求められ、神殿までお供しました。国の婚約関係の書類はすべて神殿で処理されます。
「これでようやく‥長かった‥」
「お疲れ様です‥?」
エルヴィス様が足を止め、緊張したような面持ちで私に向き直りました。
「クラリッサ」
「はい」
「俺と結婚してくれ」
?????
「けっこん‥?」
「王太子妃として俺の唯一人の妃になってほしい。俺は、人生を共に歩むのは、ずっと側で支えてくれてきたクラリッサ以外考えられない」
私が王太子妃?
頭が追いつきません。
「私は‥側妃として‥エルヴィス様をお支えしたいとずっと‥でも、私を側妃にする気はないとおっしゃってたのは‥」
「側妃ではなく正妃になってほしいからだ。そもそもクラリッサ以外の妃を娶る気はない」
「私は、ユーフェミア様のような才女ではありません‥」
「俺は妃に事業の天才を求めているわけじゃない。というかクラリッサも十分才女だが‥才女じゃなくてもいい。クラリッサが隣にいてくれるだけで俺は癒やされるし、公務も勉強も頑張れるんだ。この世に才女は多数いても、俺が側にいてほしいと願うのはクラリッサ一人だけだ」
「私でいいんですか?」
「クラリッサがいい」
エルヴィス様の指が優しく私の涙をぬぐってくださいました。
「好きだ。頼む、俺と結婚してくれ」
懇願を滲ませたエルヴィス様の囁やきに胸がいっぱいになり、頷くと、頬に手を添えられました。熱に浮かされたような眼差しに囚われ、密度の高いまつ毛が一本ずつ見えるようになったとき、私はゆっくりと目を閉じました。
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あれから三年。エルヴィス様と私は婚約し、学園を卒業して一年間みっちり王太子妃教育を受けた後、無事に結婚することができました。
ユリシーズ様は国際結婚され、ユーフェミア様はさらなる事業拡大、カレンさんは文官になり変わらずヒマワリのようにお元気そうです。
「クラリッサ‥充電させてくれ」
激務でやつれたエルヴィス様に呼ばれ、エルヴィス様の腕の中に収まりました。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくるエルヴィス様の背中をポンポンします。
「好きだ‥」
「私も大好きです」
「‥愛してる」
結婚してわかったのですが、エルヴィス様は思ったより甘えん坊で、思ったより私のことが好きみたいです。
学生時代はいつもカッコいいと思っていましたが、結婚してからは可愛いと思うことが増えました。もちろん今もカッコいいのに変わりはありませんが、カッコいいのに可愛くて愛しいのです。
「不思議なんですが、私、結婚してますますエルヴィス様を好きになってるみたいです」
「俺もだ‥クラリッサを好きになる気持ちに際限がなくて怖いくらいだ」
コンコンと急かすようにドアがノックされました。
「チッ‥新婚なのにゆっくりイチャつくこともできないのか」
怖い顔になっているエルヴィス様の頬を両手で包んでチュッと軽いキスをしました。
「何時になってもお待ちしてるので、ディナーは一緒に食べましょうね」
「‥っ、死ぬ気で仕事する」
「ふふっ」
努力家でカッコよくて可愛くて愛しいエルヴィス様を見ていると、私も王太子妃としてエルヴィス様に相応しくありたいと思え、公務や学びが苦になりません。
きっと一生、私はエルヴィス様の隣でエルヴィス様に恋をしているのでしょう。