領主の出迎え
アーマードベアを抱えたミルドラルを先頭に、マコト達は街の門にまで到着する。それを出迎えるように、門前には大勢の人影が整列していた。それは鎧を纏い武器を携えた兵であり、それがずらりと並んだ光景にマコトとミレイは面食らってしまう。
一行がその列の前で立ち止まると、兵達の後ろにいた人物がミルドラルの前に歩み出る。その人物はシャツにベスト、その上にゴテゴテしたロングジャケットといった出で立ちで、いわゆる貴族服というものに身を包んでいた。そんな派手な服装ではあったが目立った装飾品は着けておらず、嫌味には感じない着こなしだ。
「ミルドラル。随分と遅かったではないですか」
「おぉ、領主じゃねぇか。えらく物々しいが、アーマードベアにびびっちまったか?」
「次善策というものは常に用意しておくものですよ」
領主と呼ばれた男は軽口をさっと流して、ミルドラルに担がれた巨体に視線を移す。それが確かにアーマードベアである事を確認すると、その目を細めた。
「……本当にこんなところまで来ているとは。ミルドラル、良くやってくれました。報奨は領主館に用意してあります」
「そうかそうか、じゃあ早速……と言いたいところだが、こいつは俺が仕留めたわけじゃねぇ」
「……なんですって?」
「こいつらだよ」
ミルドラルはそう言って大槌でマコトとミレイを指す。ギョッとした二人だったが、ミルドラルに促されるままに挨拶して、そのまま一連の出来事の説明を済ませた。
「なるほど……記憶喪失の者が居るなら、私も挨拶しておくべきでしょう。私はステラヴィルの長を務めております、ザフィスと申します」
ザフィスの物言いは丁寧だったが、その目つきはまるでマコトの品定めをしているようである。そして、ザフィスは続ける。
「マコト、と言いましたか。冒険者証は持っていますか?」
冒険者証なる物が具体的にどういう形状かは分からないが、所持品を確認する限りマコトはミレイの依頼品である薬草位しか持ち合わせていない。もしかするとつなぎ服のポケットにでも入れていたのかもしれないが、だとするなら落として当然だろうと思えるほど服はボロボロだった。
「……そうですか。ならば冒険者名簿の確認を行います。しばし待ちなさい」
「わ、分かりました」
ザフィスの余裕のある振る舞いを前に、後ろの兵達の威圧も相まってか、マコトは思わずかしこまってしまう。
「しかし、アーマードベアを二人で……。しかもミレイは冒険者ではない。金級の上位、あるいは白金級の仕事内容ですが、マコトという名は聞いたことがありませんね」
ザフィスは白い手袋に包まれた細い指を口に当て、考える素振りを見せる。その最中、駆けつけてきた兵士がザフィスに何かを伝えた。
「……分かりました。下がってよろしい。……お待たせ致しましたね、マコト。あなたのクラスは分かりました」
「俺のクラス……」
元のマコトの冒険者クラスには当然興味があった。これからマコトとして過ごすための大事な情報だというのもそうだが、そもそも元のマコトの鍛えられた肉体あってのアーマードベア討伐だったのだ。だからクラスもそれなりに高いのかもしれないと思っていた。だが、マコトの予想は大きく裏切られる事になる。
「マコト。あなたは銅級冒険者ですね」
「えっ……」
マコトは一瞬呆気にとられる。その隙に口を挟むのはミルドラルだ。
「銅級?この少年が?冗談だろう」
「いえ、確かに銅級です。名簿の更新は厳密に行っています。少なくとも、金や白金はあり得ません」
(銅級……最低クラスか。……逆に面白いかもな)
少なくともミレイとともにアーマードベアを倒したのは事実だ。なら、ここからクラスを上げていく楽しみも生まれそうだ、とマコトは少しワクワクしていた。そんなマコトとは対照的に、ザフィスは不穏な雰囲気で呟く。
「しかし……銅級ですか……」
ザフィスはまたもマコトを値踏みするような視線を向ける。ミルドラルがそれを遮り、ザフィスに言う。
「なんだ。報奨を出し渋りやがるのか?少年が嘘をついてるとでも?」
「……その可能性もあるでしょう」
「なっ!マコトさんは死にかけてまで私を守ってくれて……」
「黙りなさい」
疑念を向けられたことにミレイが憤るが、ザフィスの静かで威厳のある声が、ミレイを黙らせる。
「可能性は様々です。嘘ではなくとも本当ではない、という事もありえます」
ザフィスは目を鋭く尖らせ、アーマードベアを見る。
「このアーマードベアは魔群の森の浅い場所で遭遇したということでしたが、本来のアーマードベアの生息域は森の奥深くになります。なぜそんな所まで降りてきたのか……」
「まだるっこしいぞ。何が言いたい」
ミルドラルは面倒くさそうに言う。ザフィスは横目でミルドラルを睨みつけ、話を続ける。
「……このアーマードベアは他の魔物に追われ降りてきたのかもしれません。その際に致命傷を負いながらも逃げ、そして森の浅い所で力尽きた。それをお二人がたまたま見つけた。こういう筋書きも考えられる訳です」
「なっ、なあ……っ!」
ありもしない疑惑を投げかけられ、怒りに震え言葉も発せない様子のミレイ。ミルドラルも呆れたように首を振る。しかし、当のマコトはけろっとしたものだった。
「……まあ、俺たちが倒したかどうかはどうでもいいですよ」
「ちょ、ちょっとマコトさん!?」
「ミレイ。俺たちは俺たちの命を守る為に戦ったんだ。報奨だの素材だのはついでの話だろ。ザフィスに対して証明できる訳でもないし、時間がもったいないよ」
マコトのその言葉に、ここまで鉄面皮を保ち続けたザフィスも、少しばかりであったが驚いた様子を見せる。
「……食い下がらないのですね」
「実力が付けば勝手に付いてくるようなものを、急いで欲しがる気はないですから」
その返答を聞いたザフィスは、三回目になる品定めのような視線をマコトに向ける。そしてほんの少し口角を上げた、気がした。
かと思うと、ザフィスは即座にミルドラルへと向き直り語りかける。
「ミルドラル」
「ああ?なんだよ」
ミルドラルは不機嫌さを隠そうともせずに答える。話の流れを考えると、マコトとミレイが割りを食って終わりそうだと思った為だ。
しかし、ザフィスの続けた言葉はミルドラルにとって全く予想外のものであった。
「このマコトという冒険者。あなたの奴隷に怪しい視線を向けているようですよ」
「はあ?」
こいつはいきなり何を言い出すのか、とミルドラルは困惑する。マコトはそんな事をしていない。
しかし同時に、この冒険者の街の領主が、脈絡もなく意味のないことを言う訳がないこともミルドラルは良く知っていた。
ミルドラルは即座に領主の狙いを考え、そして思い至った。
「……そういうことかよ」
「どうしました?あなたの所有物を守る必要があるのでは……」
「やかましい!ったくよお……」
兜に手を突っ込み、ガシガシと頭を掻くミルドラル。置いてきぼりなのはマコトとミレイだ。二人が何の話をしているのか、さっぱり分からない。そして更に分からないことが起こる。ミルドラルがマコトの前に立ちはだかり、こう叫んだのだ。
「……おい少年!お前、こんな可愛い嬢ちゃんを連れながら、俺のシノに色目を使いやがったなぁ!?」
「あ、ええ?」
内容こそ威圧的な難癖だが、とんでもない棒読みだ。急展開過ぎるのも相まってマコトの頭には全く入ってこない。だがそんなマコトを気にせずミルドラルは続ける。
「ええい、こりゃあよぉ!決闘しかねぇよなあ!」
ミルドラルから“決闘”という単語が出た瞬間、ザフィスがずい、と前に出る。
「ミルドラル。決闘を申し込むとは血気盛んなことですね。マコトはどうしますか?」
「ど、どうって、な、え、決闘?」
謎の展開にもはや自分が何を求められているかも分からないマコトはひたすら取り乱す。そんなマコトを見て、ザフィスがわざとらしげに言う。
「おや、マコト。自分は色目など使っていないと言いたいのですね?ですが、そんな話では水掛け論になります。ですから、この街では揉め事が起こった際には決闘で白黒をつけるのですよ」
ミルドラルが棒読みなら、ザフィスは露骨な説明口調だ。なんなんだこの状況は、とマコトは思う。とにかく、ザフィスが決闘をさせたがっている事だけは分かる。しかしなんの為に?マコトの考えは纏まらず、ただ困惑するのみだ。
そんなマコトの様子を見て、ミルドラルはマコト達の後ろで静かにしていたシノに目配せする。それを受けて、シノはマコトに小声で耳打ちをした。
「マコト様。ミルドラル様を信じて決闘を受けてくださいませんか」
「シノさん」
「建前も、必要なのです」
シノはそう言って後方に戻った。シノの耳打ちを聞いて、マコトは改めてミルドラルに目を向ける。ミルドラルは何も言わずに頷いた。
未だ理解の追いつかないのマコトであったが、どうやら悪いようにはされないようだと判断し、答えを決めた。
「……分かった、決闘を受けよう」
「えぇ!?マコトさん何言って……!」
「よろしい!その決闘、ステラヴィルの長であるザフィスが許可致しましょう」
驚きの声を上げるミレイを遮るように、ザフィスはすぐさま宣言する。
「日取りは……三日後とさせていただきましょう。時間は夕刻。場所は決闘場を使います。よろしいですね?」
ザフィスは宣言の勢いそのままに、テキパキと条件を決めていく。ミルドラルもマコトも、それで問題ないとした。
かくして二人の決闘が正式に確定したのであった。
〜〜〜
「ところで、このアーマードベアですが」
場を仕切り直すようにザフィスはマコトに声を掛けた。ザフィスとミルドラルの雑な演技で作られた緊張感はあっさり霧散する。
「ん、ああ。どうしたら良い?」
「あなた方が倒したかどうかはさておき、所有権は当然そちらに有ります。しかしながら……」
「しかしながら……?」
マコトはまだなにか言われるのかと身構える。が、ザフィスが続けた言葉は意外なものであった。
「このサイズですし、運搬や解体業者の選定など手間がかかるでしょう。いかがでしょうか。このアーマードベアの扱い、私に任せてもらえませんか」
「それは、助かりますけど……」
先程までマコト達に疑念を向けていたのに、この風の吹き回しはどう言うことだろうとマコトは勘繰る。ザフィスはそんなマコトの不信を感じとったのか、意図を説明し始めた。
「私としては、あなた方が本当にアーマードベアを倒した可能性も考えなければなりません。ですので、繋がりを保っておく必要もあるということです。かかる費用もこちらで持ちましょう。どうでしょうか?」
随分虫のいい話だな、とマコトは思う。疑うだけ疑っておいて、保険をかけているのだ。……だが、何の伝手もないマコトにとってありがたい話であるのも確かだ。マコトは少し考えた上で、ミレイにも尋ねてみた。
「……俺はこの申し出を受けようと思う。ミレイはどう?」
「ん……、マコトさんが受けるというならそれで構いません」
「じゃあ、そういうことで」
マコトはミレイの意思を確認すると、ザフィスに対して承諾の返事を返した。
「それでは解体後の素材も私が一度預かります。それをどう扱うかは、また後に話しましょう。そうですね……時間がかかるでしょうから、決闘が行われた後にしましょうか」
「それで構いません」
「では、すぐに代行契約の書面を用意しましょう。……ネスティレ」
ザフィスが名前を呼ぶと、秘書らしき女性がザフィスの側に寄る。目立ちすぎない地味な色のベストと対照的な大きくて赤い首元のリボンが映える。浅黒い肌色に銀色の長い髪を後ろでくくっている。そして何よりの特徴は耳だ。それは明らかに人間より長く、尖っている。ぱっと見た限りではダークエルフという種族が一番しっくりくる。
そんなネスティレは、鞄から紙と筆記具を取り出しザフィスに手渡した。
ザフィスはその紙にサラサラとなにか書き、判子を押してマコトに手渡す。マコトがさっと目を通したところ、それは契約書のようだった。
その理解によって、どうやら言葉の読み書きはできるみたいだとマコトはひとまず安心する。身体が覚えている、という奴かもしれない。
「目を通したら、署名を」
筆記具を渡され、改めて契約内容を確認する。見たところ先ほど話していた内容と相違ない。マコトは契約書に署名し、ザフィスに渡した。
「確かに。アーマードベアはこの場に置いておけば大丈夫です。……さて、ここでの用事は全て終わりましたので」
ザフィスはそこで一度言葉を区切って、後ろで整列している兵達へ向き直る。
「兵の皆さん、ありがとうございました。今回の出動手当は後日支給になります。それでは、解散していただいて結構です。……私はこれで、失礼します」
兵達に呼びかけた後にマコト一行へ振り返り、簡単な挨拶だけしてザフィスとネスティレは去っていった。ザフィスが居なくなると兵達は途端に弛緩し、それぞれがダラダラと帰っていく。
その光景を見て、思いも寄らない事態に緊張していたマコトもまた、脱力するのであった。