運搬の方法
動けるようになって初めにした事は、アーマードベアへの黙祷であった。恨みがあった訳でもない。たまたま出会ってしまったから、戦うことになっただけだ。
マコトが黙祷を捧げる姿を見て、ミレイもそれに付き合ってくれた。マコトはそれを嬉しく思った。
数分後、黙祷を終わらせた二人が考えるべきは今後どうするかだ。とはいえ、もう森にいる理由もないため街に帰るという結論はすぐに出る。だが大きな問題が一つあった。
「この巨体、どうしようか」
そう、アーマードベアの死体である。
「魔獣の素材は武器や鎧、その他雑貨にも利用できる便利なものですが……。薬草収集が目的でしたから、魔獣の解体や素材運搬の準備もありません」
「かと言って、街に戻ってから改めて取りに来るってのも厳しそうだ。このサイズ感だと準備にものすごく時間がかかるだろうし、その間に野生動物に食べられてしまう」
アーマードベアの鎧は背中側のみを包んでおり、お腹側は比較的柔らかく、そこから肉を剥げてしまう。だからこそマコトの最後の一撃が致命傷になった訳だが……。
(お腹は柔らかい、か)
その時マコトは思いつく。戦っているときは夢中だったが、マギはイメージ次第で様々なことができそうだった。
なので、マコトは隣に悩んでいるミレイに提案してみる。
「俺が運んでみようと思う」
「は?」
三秒ほどの沈黙。まるで時が止まったかのようであったが、先に切り出したのはミレイであった。
「いや、無茶でしょうどう考えても!」
「試しにやってみたいんだ。今回の無茶は失敗しても死ぬわけじゃないし……、鍛錬にもなりそうだから」
「鍛錬?」
ミレイは素っ頓狂な声を上げる。何を言っているのか分からないと、その反応が告げていた。
生き物の身体というのは、傷ついた部位が回復する時に強くなる。マコトの拳もそうやって硬くなったし、筋トレの理屈だって同じだ。魔力の補助によってより大きい負荷をかけ、回復術によって回復にかかる時間を短縮する。
鍛錬の効率が段違いではなかろうか、というのがマコトの思い浮かんだことであった。
(元のマコトも、同じこと考えてたかもしれないしな)
今になって思うと、別人の身体をこんなに自由に動かせることもないだろう。なんなら前の身体より鍛えられているかもしれない。その秘密がこれにあるとマコトは踏んだのだ。
それに、魔力の操作も練習したかった。アーマードベアとの戦いでは、初めて魔力を扱ったにしては上手くやれたとは思う。だが、もっと効率良くダメージを与えられたかもしれない。それこそ、最初の一撃で倒せていたら……ミレイを危険に晒すこともなかった。
「それじゃ、ちょっと下がってて」
「うぅ……、無理そうならすぐ諦めてくださいね!」
万が一を考え、ミレイを少し離れさせる。マコトはアーマードベアの前に立ち、強くイメージする。今より大きな体と人間離れした筋肉でもって、数百キロの肉塊を背負うそのイメージを。
魔力は姿を変え、巨人の上半身となりマコトを包んだ。
(まるでロボット……いや、パワードスーツって感じだ)
魔力で形作った手を握ったり開いたりしてみる。その動きにはまだズレを感じた。
「うーん……面白いけど、扱いきるには時間がかかりそうだな」
マコトは魔力で作りだした体の動きを色々と試す。腕を上げてみたり、軽く振ってみたりだ。そのさなか、ミレイがポツリと呟いた。
「……やっぱり、もの凄い魔力量ですね」
ミレイはまたもマコトの魔力量に言及する。マコトからすれば現状の比較対象はミレイしかいないし、そのミレイに対しても魔力量がどうだとかは分からない。だから実感は全くないのだが、ミレイがそう言うならそうなんだろうと思う。それよりも、マコトが気になるのは別のことだ。
「その魔力量っていうのは増やせるのか?」
「マコトさん……ストイックですね」
ミレイは呆れた顔をしてそう言い、続けて説明してくれた。
まずは魔力が満タンの状態で更に魔力を取り込む。そうすると、それを受け入れるために体が魔力保有量の限界を増やす、ということらしい。
「つまり胃袋広げるようなもんか」
「あぁ~言われてみればそんな感じかもですね」
ご飯を多く食べられるのは一つの才能だ。食べれば食べるだけ、それは栄養となり身体を強くする。相撲取りが大きな体を作れるのも、大量にご飯を食べるからだ。
幼い頃から、食事もトレーニングだ!と言われていた事をマコトは思い出した。満腹になってもそこから更にご飯一膳を食べるのだ。
(ありゃ苦しかったなぁ……)
吐き戻しては意味がない。消化が行われるまでの数時間、はち切れそうな苦しみと吐き気との闘いだった。
ある種の精神修行にもなっていたのかもな、などと思いつつ。
「ま、とりあえず今はいいか」
なにはともあれ、本題であるアーマードベアの運搬である。まずは魔力の右腕で、アーマードベアの左脇を持ち上げる。
「ぐぬぬぅ……!」
重い。凄まじく重い。マコトは近代的なウェイトトレーニングを行うこともあったが、あの無機質な重みとは質が違う。生き物の体は言ってみれば肉でできた水袋だ。重みは一点に集中せずあちこちに逃げてしまう。それを支えようとすると更に力が必要になり、結果として実際以上の重みを感じてしまう。
大事なのは持ち上げる対象を安定させることだ。
持ち上げた脇から腹部へ、マコトは自身の背中を滑り込ませる。そうしてアーマードベアの上半身を寄りかからせ、背負いこむ形をとった。
(魔力が切れたら大変なことになるな、これ)
マコトは少し怖くなったが、ミレイがいるし大丈夫だろう、と思い直す。そうして、いよいよ立ち上がる。
「ぐ、ぐ、ぐぐぐぅううう!」
徐々に、アーマードベアの巨体が持ち上がっていく。バランスを崩さないようにゆっくり、ゆっくりと。そして、マコトはアーマードベアを背負うことに成功した。だがその重みにマコトは険しい表情を見せている。
「こ、これはぁ……っ!」
「マ、マコトさん!大丈夫ですか!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、立ち上がったマコトをミレイは心配する。やはりこんな巨体を持ち上げるなんて無茶だったのだ……とミレイが思ったのも束の間。
「良い負荷がかかっているっ!!!」
「は?」
今日二度目の沈黙。またもや時が止まったような空気の中で、ミレイはマコトの行動への理解を諦めるのであった。