地下室へと
少し時間は巻き戻り……。
マコト達は頭を捻らせていた。報告書から感じた違和感についてだが、カイネの首元には引っかき傷が多くついていた。首を絞められ抵抗しようとしたのだろう。殺される瞬間が想像できてしまい痛々しさを覚えるが、それともう一つの事実と照らし合わせると、ある疑問が浮かび上がってくる。ベイルの外傷は自ら切裂いた首の傷だけで、手には傷一つないのだ。爪を立てて抵抗し、首にも傷があるほどであるならば、ベイルの手の甲や手首近くにも傷があってよさそうなものだ。
もしかすると……ベイルはカイネを殺害していないかもしれない。その可能性を追求すると、当然誰がどうやって首を絞めたのか、という話になる。
ここでフィメラトからある情報が語られた。亜人と一括りにされるが、そもそも種族が違えば特徴は大きく変わる。例えばフィメラトの種族であるエルフは長命で精霊の声を聞く。
イチやフタバ、そしてベイルは獣人だ。身体能力は非常に高いが魔力の知識や扱いに関しては不得手な種族らしい。仮にカイネが何かしらのマギで首を絞められていた場合、ベイルは何が起きてるかも分からなかった可能性が高い。それ故にまともな弁明も出来なかったのでは、と言う推理でフィメラトは話をまとめた。
誰がやったのかについてはマコト達の持つ情報ではまだ分からないので置いておくとして、アレオロが亜人に危害を加える動機がこの事件にあるならば、前提が覆るかもしれない。今すぐにでも館へ向かって伝えるべきかと思うが、もう外は暗くなり始めている。門前払いは避けられないだろう。イチとフタバの身の安全を少しでも早く確保したいのは山々だが、何もなしに押し入るのも難しい。どうするかと考えた時、そう言えばと思い出した。
「ミレイ、結局あの人形は渡せたのか?」
「あ、ええ。バタバタしてて伝え忘れてましたね。ちゃんと渡せましたよ」
「よし、ありがとう。じゃあフィメラト、頼めるか」
「そうね、任せて」
そう言ってフィメラトが何事かを軽く呟いた。ミレイがイチに渡した木彫り人形だが、実はウィスパーブリーズが仕込んである。今回の場合は双方向性はなく、ただ向こうの音が聞こえるだけ。つまりは盗聴魔法となる。任意で効果のオンオフもできるとのことで、先ほどの呟きはその為の詠唱である。
押し入るのは駄目で盗聴は良いのかという倫理面での葛藤もあるにはあるが、背に腹は代えられない。虐待が行われている所に現行犯で踏み込めば、多少の言い訳も立つだろう。
向こうの音はフィメラトに届けられるのだが、現在は特になにも起きていないようだ。このまま何もなければそれでいいが、何か起きればすぐ動けるように部屋で待機することにしたのだった。
〜〜〜
それから数時間、軽い食事を買って部屋で食べたり、話をしたりしていた。明日は元々アレオロと会う予定だったが、謎の魔族への対応と大道芸の相談でどちらを優先するかは明白だ。なので、どうアレオロと接触するかについてが主題だったのだが……、話の途中でフィメラトが耳に手を当て眉をひそめた。
「ネイクの声……二人を呼び出してる」
マコトが勢いよく立ち上がるが、フィメラトは手で制する。フィメラトは音に集中しているようだったが、少しして今度はフィメラトが勢いよく立ち上がった。
「ど、どうした!?」
「……途切れた!風を通じて音を届ける魔法だから……風の吹かない場所からじゃ聞こえない……!」
「……っ!」
マコトは急ぎ窓から通りに飛び降りて、そのまま屋敷まで走り始めた。好都合にも町人は家にこもっていて、町中に誰も歩いていない。マコトが走っていると、そこにフィメラトが並んでくる。ミレイの手を掴み、一緒に飛んでいるのだ。ミレイはあまりの速さに目を回しているようだったが、その甲斐あってかあっという間に屋敷まで到着したのだった。そうして足を止めたマコトに、着地したフィメラトがズカズカと詰め寄る。
「ちょっと、一人で先走らないでよ!」
「文句なら後で聞く!それで、風の吹かない場所って具体的にどこなんだ!?」
マコトの問いにフィメラトはしばし考える素振りを見せ、そして答える。
「こんな屋敷の中にありそうなので言えば……地下室」
「地下室……!」
「虐待に使ってる部屋なら、入り口は隠しているかも知れないわね」
「急がないといけないのに……どうしましょう……!」
「……いや、探さなくてもいい」
マコトは思いついた方法を二人に手短に話し、すぐに実行に移すのであった。
〜〜〜
ネイクは牢がある部屋の前で待機していた。亜人の本性を確かめる為の……言わば儀式に、ネイクが立ち会うのをアレオロは拒んだ。だが、儀式が終わった後の処理はネイクの仕事になるので、すぐに指示を受け取れるようにここに立っているのだ。
いつもはただ待つだけの時間なのだが、今日は違った。恐らくは地上から、なにかが爆発したような音と衝撃が響いてきたのだ。何事かとネイクは地下から大きな床扉を上げて屋敷内に戻る。そして急ぎ玄関に向かい、扉を開いて外に出ると……地面にクレーターができていた。ネイクが呆気にとられていると、どこかでパリンと、何かが割れる音がしたのだった。
〜〜〜
作戦はうまく行き、マコト達は屋敷内で地下室への床扉を見つけていた。思った通りの大きな床扉だ。
アレオロは脚を悪くしている。その為、地下に降りる手段としてハシゴでは難しい。必然的に階段であることが予想される。そして、こんな大きな屋敷の地下室と言えば、概ね緊急避難の為のシェルターも兼ねているだろう。何かに襲われた時に逃げ込むのであれば、普通のドアでは地下室の存在を隠せない。つまり床扉だ。床扉から階段を降りられるようにする為にはそれなりのスペースが必要で、当然その分扉も大きくなる。大きい扉というのは軋みやすい。開閉の際にはそれなりに音を立てると踏んだのだ。
それでどのように開閉させるかだが……先ほどイチとフタバを呼んでいたのはネイクだった。それならばネイクは地下にいる可能性が高いと見て、使用人であれば外を確認せざるを得ない状況を作った。……そう、爆発音と衝撃だ。つまり外のクレーターは、マコトが地面を思い切りぶん殴った跡だという事である。後はフィメラトに音の場所を探ってもらい、場所を特定して忍び込んだのだ。
マコト達は床扉を開け、急ぎ地下へ続く階段を駆け下りた。そして石の通路を走り抜け、牢の部屋まで辿り着く。そうして勢いよく扉を開けると、中にいた男……アレオロと目が合った。
「……君と会うのは明日の予定だったはずだがね」
その目は暗く冷たく、マコトを捉えるのであった。




