過去の記憶
アレオロがベイルと出会ったのは人亜戦争の時だ。戦争は終わりに近づいており、戦局は人側に有利に傾いていた。その頃のアレオロは騎士団の第二部隊の部隊長であった。第二部隊は前線維持が主な役割であり、その中で指揮を取っていた。そんな戦場の中にあってアレオロは秩序を失うべきではないと常々考えており、部隊の者にも戦闘要員でないものには手を出すなと厳命していた。
ある時、哨戒を行っていた者から亜人の目撃報告があった。アレオロは伏兵の可能性も踏まえ部隊を編成し確認に向かったのだが、そこにいたのは逃げ遅れた亜人の集団。その集団のリーダーこそが、獣人であるベイルであった。最初ベイルは警戒心を顕にし、今にも飛びかかってきそうなほどであった。そんなベイルにアレオロは言った。
「無為な虐殺は行いたくはない。だが、私の言葉を聞かずに襲いかかってくるならば、私はお前を殺さねばならない。その牙と爪を向けるのが、後ろの者たちを守るためなのであれば……、まずは私と言葉を交わすのだ」
「……ならば剣を捨てろ!武器を持つ者をなぜ信用できる!」
部下からは、言葉など交わす必要はない。戦う意思を見せているのだから殺すべきだと進言されたが……アレオロは他の者を下がらせた。そして馬を降り、剣を捨てて亜人の方へ歩みを進めた。
「これで良いか?」
「……馬鹿な。私を信じたのか?」
「そうではない。だが、悪辣に言葉を振るえば、人は獣と同列に落ちる。そう考えているだけだ。……君は獣か、それとも人か?」
「……なるほど。これまでこの戦場で相見える人族など、ただ血を求める獣ばかりであった。だが……初めて人と呼べる者に出会えたようだな……」
ベイルはニヤリと笑って肩の力を抜き、それを受けてアレオロも気を緩めた。そして二人は互いに名乗りあう。不思議な事にアレオロは、この少しのやり取りだけでベイルとは気が合うと確信できたのであった。
だがゆっくり話す時間などはない。これからどうするかをすぐに決めねばならない。とは言え彼らを捕虜にした所で、無残な結末が待っているだけである。捕虜を扱うのはアレオロの担当ではないし、そもそも捕虜を傷つけてはならない、などの条約は亜人に対しては結ばれてはいない。
そこでアレオロは彼らに比較的危険が少ないであろう逃亡ルートを教えることにした。彼らの中にはこちらを信じきれない亜人もいたようだが、最終的にはベイルに従うことにしたようだ。そうして去っていく亜人達の背を見送りつつ、アレオロは思う。
(残酷なものだ、運命とは)
出会い方が違えば友人になれただろうか、などとと考えた所で……実際にはこの戦争がなければ生涯出会えもしない二人だ。この一時の邂逅と別れしか許されないのであれば、いっそ出会わない世界であれば良かったのにと、そう思わざるを得なかった。
……そうして時は流れ、戦争は終わり……。最後の大規模戦闘での負傷により脚が不自由になったアレオロは、騎士団に留まることは出来なかった。だが、それまで戦果は評価され、それによって国から与えられた地位がタニアの町の長であった。
どこを見てもガタガタのタニアは、立て直すのにどこから手を付けるべきかと悩む程であった。その中でも急務であったのが治安維持だ。町の内側もそうだが、外の安全もある程度は確保せねばならない。そこで、大型の魔獣などが住み着いていないかなどを調べる為に付近の森の調査を行っていた。
本来であれば脚を悪くしたアレオロが実地調査になど参加はできないのだが、この時は違った。亜人の姿が確認されたからである。どの辺りに潜んでいるのかまでを調査隊が絞り込み、どのような対処をするのか指示を求められたのだ。
ゆくゆくは亜人との友好関係を望んでいたアレオロとしては、なるべく排除はしたくない。だが、町に危険が及ぶ可能性があるならば、町長として厳しい判断も下さねばならない。難しい判断ゆえに実際に会わねば分からぬと、調査隊をお供を連れ現地に赴いたという訳である。
そうしてアレオロは足場の悪い森をなんとか進んでいたのだが、目的の場所までもう少しという所で急に何者かが目の前に立ちはだかった。それは、獣人であった。
「そこで止まってくれ。できれば殺したくはない」
そう口にする獣人の顔を見て、アレオロは酷く驚く。あの時通じるものを感じつつも、惜しくも別れざるを得なかった人物が眼前に立っていた。
「ベイル……、ベイルなのか?」
「……なぜ私の名前を……いや、その顔はまさか、アレオロか?」
名前を呼び掛けるとベイルも気付いたようで、驚きと喜びを順番にその顔に浮かべた。
調査隊の面々には知人だといって待たせ、ベイルとアレオロはしばし語り合う。ベイルが言うにはアレオロと別れた後、主戦場となる場所からは無事に脱出できたとのことだ。だが身を寄せる場所も見つからず、安住の地を求めて逃げ隠れながら彷徨っていたそうだ。
アレオロがこちらは一つの町の長になったと伝えるとベイルは、良い町になるだろうな、と言って微笑んだ。そんな風にここまでの経緯を軽く話し合って……それからベイルは、決心したように切り出した。
「それで、どうする。……できればあの時のように……見逃しては貰えないか」
「……それはできない。あの時とは立場が違う」
「……そうか」
ベイルは悔しげに顔を伏せる。だが、アレオロはその勘違いを正すため、言葉を続けた。
「我々はもう、敵同士ではない。戦争は終わったんだ!今度こそ君たちを助けたい。君たちの背を見送るだけだなんて、そんなことはできない!」
アレオロの言葉にベイルは目を見開き、その目からは涙が零れ落ちた。ベイルはそれを隠すように、急ぎ顔を覆う。
「す、済まない。涙など……見せるつもりでは」
「その涙が、同情を誘うためでないことくらい分かる。……私の手を取ってくれるな?」
……そうして、アレオロの屋敷にベイルと数人の亜人が住み込むこととなった。戦時中に出会った時よりも人数は減っており、ベイルを含めても五人しかいなかったが、アレオロはその事についてなにも聞いたりはしなかった。
保護とは言ったが、社会的な名目としては奴隷の保持となる。亜人にはその立場しか許されていないからだ。とは言えアレオロにはそのように扱うつもりはもちろん無かったのだが……ベイルはこのように言って仕事を買って出た。
「亜人と人の友好を目指しているんだろう。なら、小さな交流から壁は崩れていくものだ」
他の亜人たちも細かな仕事などをしてくれたが、特に獣人であり戦士でもあったベイルは力仕事で大いに役立った。最初は怪しんでいた町人達も、すぐに打ち解けていった。それ以外にもアレオロとベイルは色んなことを話しあった。無二の友人として。
町は順調に発展していった。それからミラを夫人として迎え、子供を授かりカイネと名付けた。ベイルも名前を一緒に考えてくれた。
順風満帆だった。……だが悲劇はいつでも、突然にやってくる。
その日は、ベイルと些細なことで口論になった。アレオロは内容も覚えていない、それほど些細な事だった。互いに一旦頭を冷やそうと別れ……。
次に会った時が、最期だった。
アレオロはその時勤めていたメイドに、庭で大変なことが起きたと呼ばれた。その内容は全く信じ難いものだったが、アレオロはすぐにその場へ駆け付けた。現場ではベイルが酷く息を荒げていて……、そして、冷たくなりつつあるカイネがそこに居た。呆然としながらも、アレオロは何とか言葉を絞り出す。
「君が……やったのか。ベイル……」
「アレオロ……、違う、私では……!」
「黙りなさい!複数のメイドが、あなたが首を絞めているのを目撃しているのです!」
「……馬鹿な……そんな」
「旦那様。人に手を出した亜人奴隷は、殺処分となります。こちらを」
ベイルを一喝したメイド……ネイクは、アレオロになにか、重たいものを握らせた。剣だ。この剣で……ベイルを斬れと、そう言っているのだ。
「アレオロ!……私は……っ」
ベイルは何か言葉にしようとして……詰まらせた。ここでベイルが何を言おうとしたのか、アレオロには分からない。……そしてベイルは一度目を閉じて……独白を始めた。
「……私は二度も君に命を救われた。私だけではない。仲間もそうだ。だと言うのに……私は君の、何よりも大切な息子を守れなかった」
「ベイル……?」
「誰の思惑によるものかはともかくとしても。私はここまでなんだろう」
「何を……?何を言っている」
これまで沢山のことを話し合って、考え方も良く知っている相手だ。なのに今、ベイルがなぜこんな話しをするのかアレオロには理解できなかった。
「いつか真実は明るみに出るだろうか。それすら分からないが……。これが君の友人として最後にできる事だ」
そう言ってベイルは指を自らの首に添えた。
「さらばだ、友よ」
鋭い爪が首を掻き斬る。吹き出す鮮血。悲鳴を上げて逃げ出すメイド。ベイルの血に濡れるカイネの死体。
(これは、現実なのか?)
死体も血も見慣れているはずなのに、アレオロは目の前の現状を受け止められない。ベイルが倒れるのを呆然と眺めながら、アレオロもその意識を手放した。
……一瞬にして息子と友人を亡くしたアレオロであったが、そこからも地獄は続いた。ミラが精神に異常をきたしてしまったのだ。その目には何も映さず、言葉も発さず、ベッドの上で虚ろに日々を過ごすだけ。そして……時折泣くのだ。顔を拭ってやると、ミラは少しだけアレオロを見る。相変わらず何も話しはしない。だが、その目が言っている気がするのだ。
お前が亜人なんかを囲うから、と。
結局、ミラは一年程で亡くなった。食事もまともに取らずに衰弱している中で、重い風邪にかかってしまった。確かに悲しいのに、なぜか涙の一滴も出なかった事をアレオロは覚えている。
賑やかだった屋敷はすっかり静かになってしまった。屋敷に残っていた他の四人の亜人については、奴隷商を呼んで引き渡した。彼らは最後まで、ベイルはそんな事をしない、と叫んでいた。
勤めていたメイドも殆どが辞めた。こんな事件があったのだから、仕方のない事だろう。だが一人だけ残った。それがネイクだ。彼女はとても優秀で、秘書のような役回りも務めてくれた。なぜ残ってくれたのか、詳しい事情をアレオロは知らない。知る気もなかった。
それからアレオロは、町長としての仕事にのめり込んだ。それ以外のことを考え出すと、死にたくなるからだ。だが時が経ち、町の状況もだいぶ良くなった。喫緊の課題と言えるものも少なくなり、否が応でも空き時間ができてしまう。
その頃からアレオロは、ネイクに提案されてとある集会に出るようになった。亜人から受けた被害を語って慰め合う。新興宗教の集まりだった。
彼らの痛みに触れ、辛い思いを抱えているのは自分だけではないと感じるのは、実際慰めにはなった。だが彼らの亜人への憎悪だけは、飲み込み切れなかった。
訳の分からぬ内に全てを失ったアレオロからすれば、誰が悪かったのかすら同様に分からない。それでもそんな環境に身を置いてしばらくすれば、心は揺れてくる。周りの人間は、誰もが亜人を悪しき獣だと言う。しかし、アレオロはベイルを信じたい。けれども、あの時いたメイド達はベイルがやったと証言している……。堂々巡りの中で、ネイクの一言がアレオロに道を示した。
「であれば、亜人の本性を確かめればよいのです」
アレオロにとって、それは天啓のようにも思えた。早速、親しい間柄の亜人を二人まとめて買った。本性というものは追い詰められた時に出る、と言うネイクの助言に従って、買った亜人に躾と称して虐待を行った。十分に追い詰めたら、武器を一つ与えてこう言うのだ。
「片方だけ解放する」
亜人が周りの者たちが言うような存在であれば、争い殺し合うだろう。彼らが獣か否か、はっきりすると思ったのだ。
一組目は友人関係であった。ナイフを与え様子を見ると、片方が躊躇なく拾い、それを振るった。
「もう嫌なんだよ!痛いのも苦しいのも!」
止めてくれ、という声は聞こえなかったのか、無視したのか。返事の代わりにナイフが振るわれ、刀身が血に染まる。
「やった……やったぞ。解放してくれ!」
「……」
「おい、聞いてるのか!?おい!」
「お前は獣だ。獣に……人としての解放が与えられると思うな」
「……は?どういうことだよ……!おい、おい!!」
他者を手に掛けた亜人は殺処分。当然の事だ。事後処理はネイクが行うとの申し出があったので、全面的に任せる事にした。……仮にネイクがしくじって明るみに出たとしても、アレオロにとっては自らの人生に諦めがつくだけの事だ。罵声を吐く亜人の声を背に、アレオロはその場を去った。
二組目は姉弟であった。姉がナイフを握ったが、弟は傷だらけになりながらもそれを奪い、返り討ちにした。
「ち、違う。僕は殺したくなかった!僕のせいじゃない……、お前が、お前が僕を殺そうとするから!」
(殺してしまった後悔よりも、正当化による自己防衛が優先か。こいつも……獣だ)
ここまで……見たくもないものを見せられている。これが亜人の本性なのかと気分も沈んでいた。それでもまだ、アレオロは続ける。最早、何を求めているのかすらも見えなくなっていたが、それに気付けないほどにアレオロは壊れていた。
そうして三組目。今度は幼馴染。……それが、イチとフタバであった……。
〜〜〜
亜人が獣であると確信できたなら、少なくとも納得は得られた筈だ。しかし、イチの自己犠牲はまたも道を途絶えさせた。答えのでない問いかけが頭に渦巻く。アレオロは、それに溺れるような感覚に苦しみ悶える事しか出来ない。
……その時、不意に部屋のドアが勢いよく開かれた。アレオロは焦点も合わない目でそちらを見るが、それでもネイクではないと分かる。それは……よく見てみれば覚えのある顔であった。
「……君と会うのは明日の予定だったはずだがね」
そこに立っていたのは……数日前に訪ねてきた冒険者、マコトであった。




